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Fuck and Shit

朝起きて、顔をあらって、ご飯を食べて、仕事して、お風呂につかって、次の日のためにベッドで眠る。

そんな日常が、うれしかったり、さみしかったり、悲しかったり、退屈だったり、愛おしかったり。

本日は歯のホワイトニングへ

先日、家の近くに新しい歯医者ができたので、のこのことホームページを調べてみたらホワイトニングキャンペーンをやっていたので、

しめしめ、これはいいチャンスだぞ、というような具合で今日は初回1回目。

ずっとホワイトニングしたいと思ってましたが、なかなか機会がなく、この無職の際にせっかくなのでやってみようと心に軽く決めて行ってみた。


いきなりホワイトニングレポートとかいって、歯のことについては全然詳しくないんだけど、

とにかく私がやったのは「ポリリン プラチナ」とか言う、ちょっと間の抜けた印象の薬剤を使用して行うホワイトニングらしく、

いままではホワイトニング後はワインとか、コーヒーとか紅茶とか、着色するものを摂取しちゃいけなかったのに、この薬剤はOKと言われたので、嬉しかった。おわり。


いや、おわりというのは噓です


とにかく今までの3倍白くなるだの、痛くなりにくいだの、しみにくいだのともらったパンフには色々と書いてあったけど、

一番いいと思ったのは食べ物に制限がないことと、あとは着色というよりも、透明感を残す、みたいな説明にひかれてトライした。


ホワイトニング3回で、しめてだいたい5万円くらいらしい。高いか安いかはよくわからない。


歯医者に縁遠い私でしたけど、初めてのホワイトニングはとにかく歯茎が痛かった!

ありゃ激痛といってもいいね!

薬剤が歯茎にはれて、なんか紫外線なのかな、あれは、とにかくビームみたいのを8分あてて、薬剤つけて8分待つ、ってゆうのを3セットするんだけど、歯茎にたれた薬剤がまじで痛い!

薬剤を歯につけるときはぴりっとくるくらいでそんなに痛くない。

どのくらい痛いかってゆうと、テクマクマヤコンの押すところを舌でなめったくらいの「ピリ」レベルだからたいしたことないです。

でも歯にぴりっとくることは、覚えてる限り人生初の体験だったので、「おぉっ…」とビックリした。


歯に薬剤をつけられてからは、「いたいいたいいたいいたい」と8分たえ、ふがふがマウスピースをはめながら「あのー、歯茎がいたいです~」と訴えると保護材を多めにつけてくれて改善しました。

これ3回もやるのか…、とほほほ、と憂鬱になりましたが、まぁ、やってみたかったからとにかく続けよう…、と少し涙をうかべながら帰りましたとさ。


さっき歯磨きしたら、下の前歯の歯茎からちょっと血がでてるし、やっぱあの薬剤は相当に協力ね。8分たれてただけで歯茎から血がでるなんて…


肝心の歯は1回目でけっこう白くなりました。
クリーニングしてもらったのもあると思うんだけどね。


今の歯医者はライトもなんかヒュッてセンサーでつけたり消したりできるし、うがいの自動マシーンも水吐き出すときに流す水を出してくれたりして親切だと感心しました。

次回のホワイトニングは2週間後。別にいつやってもいいらしいんだけど、歯茎への(精神的な)ダメージもあるためちょっと長く感覚おくことになった。


せっかく5万円もかけるんだし、ちゃんと白くなるといいなぁ。歯が白くなると美人度があがるらしいですからね、ふんふん(鼻息)



ということで今日はホワイトニングに行き、おばーちゃんの施設に遊びに行き、なんとなく充実した一日でした。


ちなみに彼のうちからは一時的に退散してきており、家が片付いたらぼちぼち戻る予定になっている。

おとといから彼のうちにはダックス2匹(実家にいた彼の犬)と暮らすこととになって、ちょっとワクワク。


やっぱりね、ちょっと自分が困ることないと、

男は自分から何も行動しないわよね…と今回のことで学びを得た私。

どの男もそうかは不明だけど、少なくとも周囲の男の話をきいてると、絶対的に生活に関しての関心が薄くて、やれって(しつこく)やらないとめんどくさがって何もやらない。

仕事から帰ってきたら、ご飯食べてパズドラやってスタミナなくなったら風呂に入って、またパズドラやって、セックチュして眠って起きたら朝食と弁当できてるだけの生活してたら、

どんどんダメな方向に生活がすすんでいく。


人を甘やかすことと、尽くすことは表裏一体なんだなぁと実感しつつ、それが下げマンと呼ばれる所以か…と納得。


自分も最終目的は彼にどうしてほしいか、自分の生活をどのように構築して行きたいかという目標を明確にして、計画的に取り組んで行きたいと思います。


ということでしばらくは実家生活。


まぁぼちぼち満喫しよっと


さて、深夜になりましたが別に予定がないので早く寝る理由もあんまりない。

昼は散歩でもしようかなぁ



ふふふ。おやすみなさい


専業主婦というのは、軽自動車に乗ることに似ていると思う。



いろいろなことを考えたり、考えなかったり、いいところもあって、物足りないとこともあって、

結果的に軽自動車に乗る選択をするように、仕事をしないで毎日生活をすることは、なんというか、それに似ている。


いや、まぁ、まだ専業主婦じゃないんですけどね。ただの無職です。



北海道の田舎では車なしの生活は不可能なので、おとといなけなしの貯金をつかって車を買いました。

まさか自分が軽自動車を買う日が来るとは想像してなかったけど、それでも母親や彼や友人たちの「2台あるんだったら長い目でみて軽のほうが絶対いいよ」という意見を聞いて、
ホンダの軽自動車None(赤)/カーナビ・タイヤ・もろもろ装備つけて、ポッキリ180万円。

はじめに買うとき、軽自動車ってすっごく高いのね。どこ行ってもそのくらいの値段だったわ。180万って…。


車にこだわりを持ってるわけじゃないけど、それでも乗りたいと思ってたのはある。

日産のあれもかわいかったし、ワーゲンのあれが第一希望だったし、ミニだって気になってた。


こだわりはないけど好みはあるのだ。



いろんなことを考えて買った車。心から納得してるし、来るのが楽しみだけど、

あたしはもともと軽自動車を乗りたくて買った訳じゃない。

乗りたい車と、そうしたほうがいい車とは、別の話だ。


世の中に数多くの軽自動車あれど、心から軽自動車が好きで軽自動車にどうしても乗りたくて、軽自動車がよくて、軽自動車に乗るのが夢だった人は、ひとにぎりだと思う。

そういうと軽自動車ユーザーに怒られそうだけど、少なくとも私の認識としては。


車を購入する書類に自分の名前をサインするとき、この先、あたしはこういう気持ちで仕事や何かを選んでいくのかなとチラリと思った。

車にわくわくや人生を求めてる人は、軽自動車にはやっぱり乗らないし、
仕事にわくわくや人生の意味や価値や喜びを見いだしてる人は、専業主婦にはならないのよね。

どっちが価値があるとか、好んでるとか、好きだとか、こだわりとかじゃなく、好みの問題で。




何度も言ってますけどまた言うよ。言います。

選んでるのは自分、人生の方向性を決めてるのも自分で、

仕事も選べる、仕事しないことも選択できる、やりたかったこともできるなんて状況のあたしは心から恵まれている。

というかそういう人を、ものを、人生を選んできてるんだから当然なんだけど、まぁそれでも幸運であることは間違いないし、幸せであることもあってる。


納得できてないのはあたしだけ。

今まで仕事に人生の意味や、価値を見いだしてたから、今の状況を需要できずに悶々としてるのはあたしだけなのだ。


最近本棚の整理で読んだ20歳くらいのときに購入した自己啓発本に、
「今の状況を楽しめずにつらいと感じているのは、楽しめないあなたの実力不足」みたいなことが書いてあって、

ふ~ん!ふ~ん!!(鼻息)と深く納得してしまった。


今の状況を楽しめないのはあたしの実力不足…。



今まで仕事ばっかりしてきたわけじゃないと思ってたけど、それでもやっぱり7年以上も生活の基盤だったからそれなりにやりがいもあって、

だからといって、こんなに重きを一つのジャンルにおいてたなんて…、
そんな自分に驚くし、自分の人生のバランスってこんなにも偏ってたんだ。


仕事してるときはあんなにつらくて、もう披露しきって限界だと思ってたんだから、そりゃそうか。


今の自分が、周囲の友人もまだまだバリバリすごい音たてて働いてるし、そういうのから取り残されるようで、

何かから攻められてるような気になってたけど、状況を受容できてないのはあたしだけか。


てゆーか攻めてるの、あたしか。

もう考えるのやめて、いまの状況を楽しめるように肩の力抜こう。アホらし!




今は軽自動車に乗ってるけど、あたしだって真剣にその気になりゃレクサスだって買えるし、BMWだって買えるし、アルファロメオだって買える。

その気になりゃ、もしかしたら学者になれるかもしれないし、ハワイに留学できるかもしれないし、論文が世界学会で発表されるかもしれないし、無職で沖縄に住むこともできるかもしれない。
今年30歳だけどぜーんぜん関係ないね!


いまは80歳でもエベレスト登頂する高齢社会ですからね!



結婚してたって、結婚してなくたって、自分の人生は自分で決められる。


いつだって自由でいること、状況のなかで最大限にやる気だせば、だいたいのことはなんだってできるってことだけを忘れないで、今は無職の期間を楽しみませんか。はい、そうします


人生は一回しかないし、今は彼氏もいるし、お金だってなくても大丈夫(親がいるから)し、どうしようもなくても楽しければいいや。




生活が整わないことと、恋人が非協力的であることがストレスで、奈落の底まで落ち込んでたけど、ブログ読んでくれた方々からメールや電話やコメントをもらい、心配してもらってうれしかったし、元気でた。ほんとうに。

ありがとなのね~

やっぱり気持ちを吐き出すことは大切なのね~(マキバオー風)




そして勇気をだして悶々して張り裂けそうな私の気持ちを、昨夜は彼に伝えることができて、
恋人は想像通りに史上最強にめんどくさそうな態度で、あまりの感情の起伏に気が遠くなったが、

なんとかアサーティブに伝えることができたし、

そういやあたしの恋人は高校生のときから心と口がフィルターなしでそのままつながっていて、悪気や意図なしに感情を表出する人だということを思い出すことだできたのでよかった。



なにその報告。しょーもな。



この人を選んだのは自分なんだし、ちゃんと乗りこなせるようにあんまり振り回されないようにやっていこう。

あたしほんとバランス感覚ないな。バランス感覚って超だいじなのに、どうしてこんなに無いんだろうね。生まれつきかな




今日は朝から朝食つくって掃除して選択して犬の散歩してパズドラして、漫画読んでブログ書いて最高だ。そして今ちょっと眠いから昼寝しようかなどと考えている。


さすがにこれで眠るのは気が引けるので、彼が帰ってくる前にハローワーク行って買い物してごはんつくろうかしらん。




東京行きてぇなぁ


今頃セールかよ、ちくしょ、うらやましいなぁ


という一日でした。また明日。


もう7月か…

なにやってたんだか、私、という最低な6月だった。



とくに今日はため息ばっかりついてしまって、ブログでも書かなくちゃやってらんない。



実家に帰っていろいろできることがあるし、やることがある、みたいなある種の使命感とやる気を持って戻ったのはいいけど、あたし、この1ヶ月、何したっけ?


ろくでなしブルースの1コマで、葛西が池袋サンシャインの前でぼうっとつったって、魚は泳いでないと死んじゃうんだ…、はぁはぁ、みたいなシーンがあるんだけど、

私も働いてないと生きてる実感がないのかもしれない。

何かに集中したり真剣になったりしてないと、生きていけない体質?なのかも。てゆうか、そういうのって誰でもそうなのかしら。


子供でもいりゃ別なのかもしれないけど、毎日誰かのために食事をしたり洗濯をするために生まれてきたんじゃない…などとしょーもない、けれど確信をもって思ってしまう。

あたし、今、なにやってんだろ、なんて。



がむしゃらに働いてる自分のことを自分らしいとは思わないけど、だけど働いてなくてぐだぐだしてる今の自分を自分らしいとも思わない。

どんな人生を過ごしたかったんだっけなんて考えると、切なくて、涙でてくる日曜日。


一度家を出た実家はもう母の家となっており、子である他者がともに生活する場所ではなくなっており、
一緒に住む予定である彼はいっこうに部屋を片付ける動作を始めずにへらへらして、俺のペースでやるから、なんて言ってるし、一人で住んでた頃のほうが、どんだけ精神的安寧を得られていたかと、そんなことも考えて悲しくなる。


あたし、何がしたくて北海道にもどったんだ?


「働きたいんだもん」とそう言うと、彼は怪訝な顔をして、「へぇ。なんで?」と私にきく。

「へんなの、そんな人もいるんだね」とさらに絶望する一言を添えて。



男女がともに生きていくことは、こんなに我慢の多いものだったんだっけ

それとも彼の一言一言がこんなにも考えてしまうのは、私の心の余裕がないだけなんだっけ

真剣じゃなかったら冗談でも人を傷つけてもいいんだっけ

それとも真剣に言ってない一言を真に受けて傷つく方が余裕がないんだっけ

仕事してたら疲れて部屋の片付けをしなくてもいいんだっけ

それとも無職のあたしが部屋の片付けくらいしてもいいんだっけ

一時的に無職な状態でも、この先就職や子育てで状況がかわったらやってくれる期待をもっていいんだっけ、それともいまその状態だったらこの先もきっと今のまま、何もしないんだっけ




相手に対して私が好きでいられるようにしててよ、と望むのは無理なことなのかな

いろんなことを考えてしまうのは、私が恋愛に不向きなだけなのかな

それともそもそも彼との相性が合わないのかな

みんないろんなことを抱えて、それでも誰かといるために、いろんな努力をした結果、幸せな生活を構築していってるのかな

問題を逃げちゃダメなのかな

そもそも恋愛ってこんなに体育会系だっけな



いろんなことを言って考えてたらボロリと涙のほかに鼻水がでて、立ち上がった瞬間にわたしの鼻水がカーペットに落ちた

彼はそれをみて、「鼻水、カーペットに落ちたんだけど」と言う。

「感情の起伏がはげしくて、情緒不安定で大丈夫?」と言う彼の表情を、これって苦笑い?それとも半笑い?と思いながら眺めて、

あたし、こんなことを思うんだったら、一生一人の方が幸せなのかもしれない、などとわざと心の中で思ってみた。



Time(時間)、Place(場所)、Occasion(場合。Opportunityと使われることもある)の頭文字をとって、「時と場所、場合に応じた方法・態度・服装等の使い分け」を意味する和製英語。

~Wikipediaより~


…久しぶりに夏に北海道に遊びにくる横浜の友人と電話をしていて、
横浜美術館の前に新しい商業施設が建設され、そのなかにロンハーマンと、そしてロンハーマンカフェがはいってるって話になった。

「そうそう、それニュースでみたみた」なんて言いながらインターネットでサイトを検索し、入ってるブランドなどをながめ、ため息をついてるあたしに、友人は「なんかオシャレな感じだったわ」と感想を述べていた。

「うん、それ伝わるわ。だけどね、もう着ていくところもないからね、大丈夫、欲しくないの。」

上記は都会から田舎に引っ越しをした私のセリフ。なんともまぁ。噓ですけどね。

あ、言ったのはほんと。



北海道に帰って来て、クレジットカードの使用頻度が明らかに激減。

当たり前に使用する場所がないから、時々Amazonで安いお茶を購入したり、なかなか街のドラッグストアでは買えないヘアケア用品をぽちっと地味に購入するほかは、

クレジットカードで購入するような商品は欲しくもないし、そして買う場所もない。


しかも私のアメックスは街のスーパーでは使用することができず、さらに不便に拍車がかかり、いいや、カード使えないんだったら買わないでおこう…という心境に到達。

今まであんなに服や靴やなんちゃらやかんちゃらや、買いたいものがたくさんあったのに、いや、今でもめっちゃ欲しいけど、だけど、だけど、しかし。



私の住んでいる街から2時間くらい車で走ったところに、
メーメーベーカリー」という超キュートなパン屋さんがあって、

そこは本当に道路と山と空と海と川と風と雲と少しの人のすみかしかないような所にあるらしいんだけど、とにかくパンがおいしいという話をダイエット中の幼なじみから聞いた。

以前友達3人で遊びにいったけど、そのパンも噓みたいに美味しかったし、ついでにその近くにあるカフェで自分ところでやいたポットとかマグとかで、それまた噓みたいにおいしいコーヒーが飲めるし、あそこはまじで最高だったよぉ、と幼なじみは言う。

えっ、まじっ、いきたいっ、超イキたいっ、と競歩しながら私はさけび、ダイエット活動から帰宅して彼に、

ねぇねぇ、かくかくしかじかだからここに行きたいと話すと「俺もめっちゃ行きたいけどなんせ遠くて、しかも週末+αしかやってないから、気合いいれないと行けないよ」と却下された。


しょぼんとしている矢先に、ダイエットはしてないけどヒマしている友人が、明日ヒマだからどっか行こうよ、と誘ってくれたので、「んじゃ、メーメーベーカリー行きたい!」と希望したのが昨日。

結論から言うと寝坊してメーメーベーカリーには行かず、近くの河川敷でフリスビーとキャッチボールして遊んだだけだったんだけど、そのときの写真を写真アプリ上にアップしたことについて、電話口で友人は言う。

「わたし、あんたの生活全然想像できないよ、…なんかさ、どこにいるんですか?って感じ。あんたのFacebookとか、インスタとか、もう景色が違いすぎて生活が想像できない、とか思ってた。私、北海道行ったことないし。」

「そぉ?」

「うん、U子は北海道が地元だからそんな風に思わないかもしれないけど、なんか、景色とか、すごいんだもん。」


まぁ夏に色々遊びに行こうね、なんて言って友人と電話をきったんだけど、

そうか、私も忘れてたってゆうか今までちゃんと意識したことなかったけど、北海道というのはそういう場所だったのか。



メーメーベーカリーに行く(予定の)前の日、私は実家にいて荷物の整理や服の片付けをしており、夜遅くに彼が迎えにきてくれ、

数枚の服を持って玄関を出るときに、
明日天気いいんだったら、あのサンダルはいていこっと、と何気なく、今年の3月に購入してまだ2度しか履いてないピッピのサンダルを靴箱からひょいっと取り出して玄関を出ようとしたとき、

母親と彼に「あんた斜里に行くのに、そんな靴はいていくの!?」「たかが斜里行くだけなのに!?」「斜里だよ!?東京に行くんじゃないんだから、そんな馬鹿みたいなサンダルはいて行く人いるか!」「クマしかいないような所に行くのに誰も見てないっつーの!」などとヤイヤイと言われた。

「ちょ、ちょっと!斜里行くって言ったってね、別に山歩きしに行く訳じゃないし、車でいくんだし、別にいーじゃん!何が問題なの?別にそんな気合いはいった靴じゃないでしょ、これだよ!?」と反論したが、

「斜里に行くのにそんな変な靴」「ヒールなんてはいて馬鹿か」などと言われ、
「もう分かった分かった!!分かったってば!!」とかわゆいピッピは靴箱に戻し、
今年4年目になるボロボロのバレーシューズ(ホームレスの靴というニックネームがある)に足をつっこんだ。

彼は車の中で「あんたねぇ、横浜でちょっとカフェ行くってゆうんじゃないんだよ」とか追加で告げ、

家に帰ってからも、
「なんてゆうかさ、もうあの靴をメーメーベーカリーにはいていくセンスがもう信じられないよね」
「U子さ、TPOって考えたこと、ある?俺がベーカリーの店員だったらさ、森の中でひっそりと店員やってるのにさ、あんなサンダルってコツコツって音たててやってくる人に、お店に来てほしくないって思うよ。やっぱりさ、お店に来るひともさ、ある程度どんな人に来てほしいってビジョンはあると思うなぁ」などと追加で言ってきたので、

「わーーーーかったっっつーの!あたしがお店の人だったらそんなこと思わないって!たいしたサンダルでもないくせに、うるさいうるさーーーいっ!もうだまって!いいじゃん、履いて行かないんだもんいーでしょーっっ!」と反論して論議終了。


たった5センチ程度のヒールでぎゃーぎゃー言っちゃって、なにさ、だから地元って嫌よ、オシャレなもの排除ってゆうか、なんてゆうか、ぶつぶつぶつぶつ…。


でも、そういえば、TPOってなんだっけ?

そういえば、ここは北海道でしょう?

私ってハワイ好きだよね?

だけどハワイのどこが好きって、「ハワイっぽいところ」が好き

ハワイのオシャレなところとか、ハワイのスタイリッシュなところとかじゃなく、好きなのは「ハワイっぽい」感じ

ハワイのキュートなロコたちが、ニューヨーカーの彼女みたいなオシャレで先進的で刺激的なじゃないところは「ダサい」ってゆうのとは全然別もの

とてもかわいいあの感じは、Tシャツとビーチサンダルと日に焼けた肌とそういうのがマッチしてるから素敵なのかも。



そういや昔はせじゅん(大好き)が、雑誌のインタビューで、地元(ハワイ島)のパーティーに呼ばれてちょっとキメて行ったら、みんなラフですっごく恥ずかしくって、こういうのってダサいってゆうか格好わるいなって思った、みたいなこと言ってたのが印象的だったけど、

そうか、TPOってそうか、そういうことかも

そっかそっか、そっかそっか、彼がねちねち言ってたのはそういうことかも

沖縄の人たちが東京の人たちと一緒だったらなんかやっぱり変だ、
カナダの人がニューヨーカーを意識してたらやっぱり変、

それといっしょで、北海道の人たちが東京の人と同じようなスタイル意識してたらやっぱり変!ってゆうか不自然!!




そういえば、私にとって、ファッションやインテリアは、場所が大事だと思ってるし、

人は自分の好きな格好をすればいいし、自分で楽しめればオッケーだし、満足してりゃいいのはいい、それがファッションだけど、そんなのそうだけどね、

だけど、それがファッションだったら、やっぱり北海道の人は北海道っぽく素敵なのが素敵だわ!



ファッションやインテリアが、誰かの生活そのものを反映してるとして、

北海道産の私、横浜に住んでた、色んなことがあって今はまた北海道に住んでる私のこれからのスタイルも、少しずつ変わって行くのは当たり前で自然なことなんだなぁ、ってことを納得した今日でした。


長くなったけど、住んでる場所に根付くファッション、インテリア、色んなことがマッチして、心地よく自然に過ごせるようにちょっとずつ馴染めるといいな。

やっぱりネルシャツにスニーカーかしらね。


参考までに最近の写真も公開。

私の住んでる土地のイメージが少しでも伝わるといいなー。


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子牛も見に行きました~ もぉ~もぉ~ と鳴いていた


どうも私です。

本日は彼のうちでブログ更新。


起きるか起きないかのせとぎわで更新するのはハラハラするなぁ。

別に起きてもいいんだけど、人がいるとブログはかけない。




毎日何をしているのかと言うと、朝おきて、朝ご飯とおにぎりとお茶をつくり、仕事にいく彼を見送り、それが終わったらコーヒーでも飲んでテレビを30分ほど干渉し、

ぐだぐだしてたら眠くなり、こっそり1時間ほど眠る。

1時間ほど眠ってあれれ、もうこんな時間じゃんなどとハッとしながら掃除機をかけ、選択をし、引っ越しの荷物を徐々に片付け、キッチンをつくり、

小腹がすいたので昼食を食べたり、実家の母親と昼ご飯を食べたりしていると、時間はあっと言う間にすぎていく、


という生活を送っています。


会う人も彼と、家族と、そのほかは幼なじみや友人。



毎日何をしているんだろ?と自分でも思うけど、何もしないでも時間は過ぎていくもので、

時間の早さは、仕事をしてるときの早さと、仕事をしないで家にいるときの早さは、さほどたいしてかわらないものだったのかと生まれて初めて気づいた。



毎日たいして大きな物事にぶちあたることもなく、へらへらと過ごしているのは不安になる。


ドラッグストアやスーパー、たまにケーキ屋などにたちよって買い物をして、永遠に続く休日みたいな日々は、どんどん自分を鈍感にさせているようで、

ってゆうかたぶん実際にどんどん自分を鈍感にしていて、

本も読まなくなったし、映画もみてないし、ただクックパッドと友人たちのFaceBookやtwitterをチェックしてて、本当にあたし、大丈夫なのか。


大丈夫ってなにが?


それもよくわからないけど。



それでも彼はご飯をつくって待ってるとすっごく喜んでくれ、にこにこと今日もありがとう、ごちそうさまでした、と満足げに一日を終わらせている様子をしげしげと観察し、

誰かの生活を支えることは、思ったよりもずっとずっと大変なことなのかもしれないと思う。



自分を犠牲にしているとは思わないけど、けれど過去には母が犠牲にしてくれた私の幸せが、きっとたくさんあったはずだ。




ということで今日も何事もなく平穏に一日が終わり、


そして明日も、平穏な一日が始まり、一日がおわるんだろうな



いや、全然不満とかあるわけじゃなく、

母親もいるし、兄もいるし、彼氏もいるし、友人もいるし、もちろん心から、幸せっちゃ幸せなんですけど、


「えーと、あたし、これでいいのか?」って疑問は、どのみちをどのタイミングで選択してても抱くんだろうけど、

それでも、がむしゃらに働いて、好きな分遊び散らしてた生活が、もはやずいぶんと遠く感じ、

その世界にいる友人たちと距離ができてしまうことが、きっと一番不安なんだと思う。



環境とともに自分がかわるのが嫌だ。

だけど、何度も言うけど、選んだのはあたしだし、

環境が変われば人がかわるのは当然だし、そんなことを嫌がってること自体が馬鹿げてるよなぁ



ということでおやすみなさい。


みなさまの一日が平穏でありますように…


とかってコメントの一つ一つが、なんつーか、こうなるとまた自分のなかでの意味が違うのよ、まじで。