手術後目が覚めたのはICUだったと思います。
まるで夢を見ているようで、SF映画のワンシーンみたいに渡り廊下みたいなので繋がっている真ん中で自分の寝ているベッドが浮いているようで、その渡り廊下の向こうから看護師さんがいらして、処置をして、またその廊下を渡っていく、という感じで、私はさしずめ別の星の生物か、珍しい病気になってしまった何かか、、、
とにかく手術が終わった後の患者というよりは、珍しい検体になった気分でした。
家族は窓ガラスの向こうから様子を伺っている気配、、、
天井がまた変わっていて、では行きますよ〜と言われてベッドごとお散歩のようでしたが、天井の模様だけがスクリーンみたいに変わっていただけかもしれません。プラネタリウムのような綺麗な星空が映し出されて、元気だったらわあ、綺麗!となったと思うのですが、眩しくて、その眩しさが辛くて目を閉じてしまう、、、といった感じでした。
今回は顔面麻痺がかなり強く出たので、右目は閉じられず、カバーを付けてくださっていました。
首から上は全く動かず、左目だけがキョロキョロしていたと思います。
そして今回はせん妄がひどく、とにかくここから逃げ出さなくちゃだめだ!ここにいてはダメだ!の強迫観念が凄く、亡くなった母や、娘の名前を叫んでいました。
ご迷惑をおかけしました。不穏が落ち着かないのでということで病室に戻るのが一日延びました。
この辺り、記憶がかなり曖昧で、どのくらいの時間ICUにいてから一般病棟に戻ってきたのかが全くわかりません。片目は開くけれど(右目は開きっぱなしなのでガードされていました)あとはほとんど身動きはできず、食事なども点滴だけだったのかな、、、
リハビリ先生が来てくださいましたが手と足先のマッサージをしてくださったかな、、、
口をきくのもほとんど無理で、微かにはい、いいえ、と答えるくらいでした。
1週間くらいその調子だった体感だけれど、実際は2〜3日だったみたいです。
面会は面会用の個室にベッド毎移動していただいてました。
身動きが取れないのが本当に辛くて、痛み止めなどはNPの方が調整してくださって多めに点滴を入れてくださっていたので激痛とかは無かったのですが、とにかく動けない。何かに抑えつけられいる恐怖感がすごくて、家に帰りたくて仕方なくて、もう全部終わりにしたいと強く願ってました。
精神科チームも派遣され、何か具体的なイメージや数字は思い浮かびますか?と聞かれました。それは何も思い浮かばなかったけれど、ひたすら亡くなった母に迎えに来て欲しいと祈り続けていました。
目が覚めると、ベッドに対して自分が垂直に浮いていて、窓枠も縦に見えて、なんだかまずい気がして目を閉じて、しばらくじっとして目を開けると体が少し斜めになっていて、それを何回か繰り返したらやっとベッドに寝ていた、というのを何回か繰り返しました。私は脳の手術の後遺症かなと思っていたのですが、後から家族や友人にその話をすると、それは魂が身体から離れそうだったんじゃないの?と言われました。どうだったんだろう、、、、、
手が少し動くようになったら酸素マスクも外しちゃったり、もう本当に終わりにしたくて、何も頑張りたくなくて、呼吸も乱れて、先生に、20秒かけてゆっくり息を吐いて、それから吸う、みたいな指導もしていただいたり、、、精神状態は最悪で、手のかかる患者だったと思います。ごめんなさい。
術後数日はそんな感じでした。
スマホが見られるようになったけれど、SNSはあまり見ない方がいいよ、って子供達に言われました。
まあ、見ちゃったけれど。
サイパンで研修していた整形外科の女医さんが、たくさんの頭の検体の前でピースサインをしていました。炎上してましたね。
私もどうせ検体みたいなものだよねって、ネガティヴに戻りそうになりました。
家族は毎日面会に来てくれて、頑張れママちゃん、と励ましてくれるけれど、もうママは頑張りたくないの、、、もう終わりにしたいのと呟くばかりで、とうとう娘が、「ママがあまりに辛そうだから、手術をお願いしたことを後悔している。」と呟きまして、、、、、
ここでやっと私の目が覚めました。
このままここで死んでしまっては、娘が一生後悔することになる。
とにかく一旦元気になって退院して、手術を受けさせてくれたから、そのおかげで元気になって退院できたよ、って言わないと、って。
2024年が暮れようとしていました