「ご~ち~そうさ~ま~で~ち~たぁ~!」
『さぁ~!はじまるよぉ~
覚悟はいぃ~?
今日も容赦なく奴はやってくるよ!
九州女子たるもの、怯むことなく立ち向かうんだ!!』
幼稚園の時、”ごちそうさま”はこれから過ごす何十分かの、
「孤独」という敵と戦うゴングだった。
息を吸ってぇ!
気合い入れてぇ!
戦闘モード全開!!
「しーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん」
敵は毎日のようにうっくんに襲いかかり
惜しむことなく「孤独」という強烈ストレートを
これでもか、これでもかと繰り出してくる。
(イタイっ イタイっ やめてあげてぇ~~!)
幼少時代、物心ついた時には周りに友達はいなかった。
当時は(幼稚園から中学卒業まで)、
友達に「いじめられていた」と思っていたんだけど、
電波系少女事件が発端となり、
幼少時代のことを少しずつ思い出してみた。
今、大人になって考えると、
まあ、たぶん一言でいうと
「協調性のない子ども」
だったんだろうという結論がでた。
そのうち、その幼少時代は綴っていこうと思うんだけど。
幼稚園から中学まで同じメンバーで繰り上がった。
「いじめられている」
と思っていたうっくんにとっては、
その幼少期は思い出したくない過去だったんだけど、
今にして思えば、「シカト」という「シカト」を受けたわけじゃないし、
まあ、ちょっとした意地悪な発言をされたことはあったけど、
話しかければ普通に話してくれていたように思うし。
特に、何かいたずらされたり、いやがらせされたこともなかった。
なんていうか・・・
空気のような存在?的な?
さぁ、読者のみなさんハンカチの準備はいいですか?
たとえば昼休みの過ごし方はこうだ![]()
グラウンドに置かれていた朝礼台の下にもぐりこみ
ひたすら昼休みが終わるのを待っていた。
(↑それじゃまるで空襲から身を守る戦時中の子どもだよ!あんた、立派に昭和50年台の生まれだから!)
また、ある時は
登園拒否になり3カ月ほど休んで、
『自分の誕生日に行けば、
みんなが少しはちやほやしてくれるんじゃない
』
とウキウキしながら登園したら![]()
や、す、ん、で、ま、し、た、か、ら!!![]()
(この3カ月、この日にどれだけ賭けてたか語ったろーか?!)
っていうか、
↑再び
むしろ、来たことに気づかれてぬあ~い!
(お願い!気づいてセルフィーナ! 誰だよっ)
と、う、え、ん、し、て、ま、す、か、らー!!!
この行き場を失った手、どこに引っ込めたらいいですか?!
(↑うん、そっとしまおう
)
うっくん、一世一代の勝負に敗北。
みんなとの共存を諦めた6歳 夏の出来事。


