おじいちゃんのお葬式が終わって、
病院に戻った次の日、
母は、天井を見つめて寝ている父に、
「お父さん?おじいちゃんがね、
亡くなっちゃったんよ・・・。」
といった。
その時、
医者から意識はないと言われていた父の目から
涙がこぼれた。
父は、意思表示が出来ないだけで、
やっぱりちゃんと、わかってくれている。
ちゃんと、みんなのこと、見てくれている。
と思った。
病室で二人きりになったとき、
「お父さん?こんなダメな娘でごめんね?
無理させちゃってごめんね・・・。
お父さんが、うっくんのお父さんでよかった・・・」
きっと、父には届くだろうと信じて、
今まで言えなかった想いを、伝えた。
5月の半ば、
父はとうとう、個室からICUへと移った。
「会わせたい人がいるなら、
呼んでください。」
担当医のその言葉が、どんな意味なのか、
当然、みんなにわかっていることだった。
東京の叔父と叔母2人が父に会いに来た。
ICUに入ってからは、
うっくんは昼休みも、
車を運転しながら昼食を済ませて、
面会に行くようになった。
片道20分はかかる場所だったので、
5分ほど会ったら、またすぐに会社に戻らなければならなかった。
それでも、その5分が、
本当に本当に大事な時間だった。
今までは、
仕事が終わって、病院に寄って、
夜中の12時くらいに病院を出て、
アパートに帰る生活をしていたけれど、
父がICUに入って以来、
病院に寄って、病室で夕食を取り、
一旦、アパートに帰って、
お風呂などを済ませて、
病院にまた戻って、待合室で朝まで寝ていた。
そうして数日過ごし、
季節はもう、5月の下旬になろうとしていた。
待合室でいつものように寝ていた。
扇風機の風が、異常に寒い。
うっくんはガタガタと震えていた。
「寒い・・・寒い・・・寒い・・・」
ガタガタ震えて眠っているうっくんに気づいた母。
「うっくん、寒いと?今、暑いよ?
具合悪い??」
母の声で目が覚める。
寒い・・・
「ちょっと・・・トイレに行ってくる・・・」
立ち上がって廊下に出た瞬間に、
嘔吐した。
そしてまた嘔吐。
・・・また嘔吐。
そのままフラフラとトイレに向いながら、
廊下にバタッと倒れてしまった。
待合室で毛布を何枚も借りて、朝まで我慢した。
言っても、ここは病院。
朝一で内科で診てもらうと、
なんと食中毒だった。
うっくんは、そのまま自宅に戻り、
4~5日、寝込んだ。
父との貴重な時間を、
食中毒になったせいで、一緒に過ごせないことを、
うっくんはすごく悔んでいた。
それからなんとか回復し、
仕事にも復帰し、
仕事帰りに、いつものように病院に寄った。
夜の面会を終えると、
母が、
「うっくん、病みあがりなんだから、
もう帰りなさい。」
と言った。
「やだ。」
「帰りなさい。明日も仕事でしょう?」
「んー・・・でも・・・。」
「帰りなさい。」
なんだかすごく帰りたくなかった。
絶対に帰りたくないと思った。
母がどうしても帰りなさいというので、
帰ることにした。
外に出ると、
夜の空が、雲に覆われているからか、
小さな、ゴロゴロという雷の音がしているからか、
今までに感じたことのない、
背中がゾクゾクするような、
胸騒ぎのような、イヤな感覚があった。
・・・やっぱり帰りたくない・・・
一度、また夜間出入り口に向かったけれど、
母にしかられるだろうな・・・と思って、
母の言う通り、体調が万全になるまで、
おとなしく面会時間だけ病院にいることにしよう・・・
と思った。
次の日、
アパートから直接会社に行った。
その日は、昼休みに病院には行けなかった。
夕方近く、
携帯が鳴る。
携帯の画面には「総合病院」と出ていた。
まさか・・・まさか・・・っ!!!
鼓動がクレッシェンドする。
震える手。
携帯の、通話ボタンを押すのが怖かった。
「もしもし」
「総合病院ですけど・・・
お父さんが危篤です。
来ていただけますか?」
とうとうその知らせが来てしまった。
会社を早退し、
バタバタと病院に向かった。
病院に急いで車を走らせた。
そういえば、母以外の連絡先は、
病院に一番近いうっくんになっていた。
母は、連絡なんかできる状況じゃないだろう。
自分だけ病院に向かっていたけれど、
だんだん冷静になり、気づいた。
長女の職場に連絡。
二女の職場に連絡。
これから、
色々とバタバタするだろう。
落ち着かなければ・・・。
そっか・・・トイレには行っとこう。
こんな時に、
そんな冷静さを持つ自分が不思議だった。
病院について、
トイレに行き、
鏡を見ながら深呼吸した。
「しっかりしなきゃ・・・。」
ゆっくりと、階段を上る。
ICUに近づく。
消毒をして、
自動ドアがゆっくりと開く。
「ピピピピピピッピピピピピピッピピピピピピッ」
けたたましい心拍モニターの警告音が鳴っていた。
一瞬、立ち止まる。
医者が、電気ショックを加えた。
「ドンッ!!!」
父が跳ね上がる。
やめて・・・!!!
物みたいに触らないで!!!
そういう嫌悪感を抱く映像だった。
恐る恐る近づく。
「ドンッ!!!」
また電気ショックが加えられ、
父の心臓が、また動き出した。
母はガタガタと震えていた。
「おとうさん・・・おとうさぁん・・・」
涙でグシャグシャになった顔で、
消え入る声で母は父を呼んでいた。
「お父さん・・・うっくんだよ。
わかる?がんばって。
つらいけど、頑張って!!!
お願い!!!」
父の手を握り、何度も叫んだ。
「お姉ちゃんたち、今来てるから、
お父さん、もう少し頑張ってよ!!」
母が何度もそう叫んだ。
それから何分経ったかわからない。
「お父さん!!わかる?
私よ?わかる?
がんばって!!
今やっと顔見れたんだから!
がんばって!!」
長女が福岡から到着し、
そう言いながら、父の手を握った。
父は、長女の顔を見ると、
まるで、
「お前を待ってたんだよ」
という目で一度顔を見ると、
安心したように、目を閉じた。
「お父さん!!!」
母も姉もうっくんも、
大きな声で叫んだ。
父は一瞬、
「もう一度!!」
という気合いで少しだけ目を開いて、
そのまま眠りについた。
バサッ!!!
バッグが床に落ちる音がして、
「お父さん!やだ!!」
二女がその時到着し、
父の逝く姿しか見ることができなかった。
二女は床に座り込み、立てなくなってしまった。
うっくんが大学3年になってから、
父は入退院を繰り返し、
入院中ということもあったので、
最後の学費は、長女が手伝ってくれていた。
父や母が大変な時期や辛い時、
いつも助けて、支えになっていたのは、
まぎれもなく長女だった。
だから、父は、
きっと最後に、長女にお礼が言いたかったんだと思う。
父と長女は、家族の中でも一番の仲良しで、
長女はベタベタなファザコンだった。
いつもはしっかりものの長女も、
放心状態で、会話ができるような状態ではなくなっていた。
二女は、父の最期に間に合わなかったことに、
すごくショックを受けていて、
二女もまた会話のできる状態ではなくなっていた。
母も、ボロボロで、
何も声を掛けられないほど、
ただ茫然としている状態だった。
そんな姿を、
なんだかすごく遠いところから見ているような、
心が空っぽのうっくんがそこに突っ立っていた。
感情がすっかりなくなっていた。
父が、痙攣を起こした時も、そうだったように、
妙に冷静なうっくんがいた。
霊安室に移され、
ちょっとずつ親族が集まってくる。
「葬儀場はどうするね?」
親戚のおじさんが母に言う。
「・・・。」
まるで声が聞こえていない。
「お母さん・・・葬儀場は?」
「・・・・・・。」
「どこでもいい?」
コクン。
母が頷く。
うっくんは、携帯を握りしめ、
病院の外に出た。
プルプルプル
プルプルプル
「ほぉーい♪
どうしたどうした!?珍しいなぁ!
おチビからかけてくるなんてなぁ!!」
いつもの調子狂うこの声さえも、
今はとても支えになる気がした。
「・・・トン先輩?」
「おう!なんやぁ!?
何?お前、泣いてんの?
・・・・・・
・・・どした?」
「・・・泣いてはないですけど・・・。」
「・・・?どした?なんかあった?」
「・・・あのぉ~・・・
父が今、亡くなったんですけど・・・
トン先輩のところに、お任せできないですか?」
「・・・マジか・・・。
・・・大丈夫か?
俺には・・・ただ仕事することでしか、
お前にしてやれることはないけど・・・。
任せろ。何も心配せんでいいよ?全部。」
「・・・はい。じゃ、お願いします。」
「うっくん?」
「はい?」
「今はしっかりしろ。
あとで、どんだけでも泣いていいから。」
「はい。」
霊安室に戻る。
母が、
ぼーーーーっとしながら、
ぽつりぽつりと話し始めた。
「お父さんがね・・・倒れる前日の夜にね?」
「・・・うん。」
「布団の中で、言ったんよ」
「・・・うん。」
「『お母さん、お前は誰よりも長生きしろよ』・・・って。
手をつないできて、言ったんよ。」
「・・・。」
「まるで・・・こうなることがわかってたみたい・・・。」
「お母さんはその時なんていったの?」
「『なーに言ってんのよ』って笑った。」
「・・・。」
「そしたらね、お父さん、
『お前は、長生きして、
今よりもっともっと幸せになれ』って。」
「そっかぁ。お父さんらしいね。」
「・・・お父さん、調子悪かったんだろうなぁ・・・無理させちゃったなぁ。」
母はそう言って、また泣いた。
違う。
無理をさせていたのは、うっくんだ。
うっくんが、もっといい子に育っていたら、
お父さんは4年大なんて行かせずに済んだんだもん。
生意気ばっかり言ってた罰が当たったんだ。
お父さんが、命を削って、
必死に働いて、出してくれた4年間、
うっくんは何をやっていたというのだろう。
友達と遊んで、
恋愛して、
自分の遊ぶためのバイトして・・・
サイテーだ。
自分には、泣く資格すらないように思えた。
「お父さんがね、倒れる寸前にね、
『お母さんのちらしずし、俺も食いたいなぁ~』
って言ったんよ。」
「うん。」
「前日にちらしずし作ってたんだけど・・・
お父さんの体調考えて、
古くなってたらダメだからって、
”お父さんはダメ”って、白いご飯をね、
用意している時に倒れたんよ。
お父さんの大好きなちらしずし・・・
食べさせてあげたらよかった・・・。」
「・・・うん。」
火葬されて小さく小さくなった、
父の白い体。
父のすべてを、
この目に焼き付けようと、
火葬される寸前まで、隅々と見た。
何度も、触れた。
でも、
小さな箱に入った瞬間に、
もうその記憶は、
うっすらとしたものになってしまった。
だけど、
どうだろう?
父の生きざまは、鮮明にうっくんの脳裏にやきついている。
今までの色んな出来事。
男としての姿、
父親としての姿・・・。
父とケンカする度、
父に叱られたり、説教されたりして、
その分、父の考え方を知れて、
この人に育てられてることは、
すごくありがたいことなんだと感じた。
ケンカする度、父を尊敬した気がする。
父の仕事をしている後ろ姿、
その生き様は、
なんてすばらしかっただろう。
それが、「生きる」ことなのだ。
と思った。
葬式が終わって、
しばらく経った時、
母が言った。
「お母さんがね、
お嫁に来た時にはまだ10代で・・・
それまで名古屋にいたし、
洋裁関係の仕事してたのもあって、
チャラチャラしてたお母さんを、
近所のおばちゃんたちは笑ってた。
でも、お父さんは、
一つ一つ、色んな事教えてくれたんよ。
料理一つできないお母さんに、
料理の基本から教えてくれて。
自分の方が数倍料理上手なのに、
失敗したお母さんの料理に、
一度も文句言ったことなかったなぁ。
上手になったなって、いつも誉めてくれた。
お母さんが具合悪い時なんか、
あんたたちの料理も、お父さんが作ってくれて、
お前はゆっくりしとけよって、いつも優しかった。
お母さんは、お父さんと結婚出来て、
最期まで看取ることが出来て、
本当に幸せよ。
決してラクな生活じゃなかったけど、
苦労もいっぱいしたけど、
お父さんと一緒になれて、
それが一番の幸せだった。
お父さんもそう思ってくれてるかなぁ?」
以前、父が、
母の自慢をしていた時のことを思い出した。
夫婦の絆・・・。
うっくんは、
この人たちの子どもに生まれてこれて、
本当によかったと感謝した。
父の最期を看取ることで必死だったけれど、
最後に、二人に、
「大好き!」
のKISSをさせてあげればよかったな、
と
胸がチクっとした。
病院に戻った次の日、
母は、天井を見つめて寝ている父に、
「お父さん?おじいちゃんがね、
亡くなっちゃったんよ・・・。」
といった。
その時、
医者から意識はないと言われていた父の目から
涙がこぼれた。
父は、意思表示が出来ないだけで、
やっぱりちゃんと、わかってくれている。
ちゃんと、みんなのこと、見てくれている。
と思った。
病室で二人きりになったとき、
「お父さん?こんなダメな娘でごめんね?
無理させちゃってごめんね・・・。
お父さんが、うっくんのお父さんでよかった・・・」
きっと、父には届くだろうと信じて、
今まで言えなかった想いを、伝えた。
5月の半ば、
父はとうとう、個室からICUへと移った。
「会わせたい人がいるなら、
呼んでください。」
担当医のその言葉が、どんな意味なのか、
当然、みんなにわかっていることだった。
東京の叔父と叔母2人が父に会いに来た。
ICUに入ってからは、
うっくんは昼休みも、
車を運転しながら昼食を済ませて、
面会に行くようになった。
片道20分はかかる場所だったので、
5分ほど会ったら、またすぐに会社に戻らなければならなかった。
それでも、その5分が、
本当に本当に大事な時間だった。
今までは、
仕事が終わって、病院に寄って、
夜中の12時くらいに病院を出て、
アパートに帰る生活をしていたけれど、
父がICUに入って以来、
病院に寄って、病室で夕食を取り、
一旦、アパートに帰って、
お風呂などを済ませて、
病院にまた戻って、待合室で朝まで寝ていた。
そうして数日過ごし、
季節はもう、5月の下旬になろうとしていた。
待合室でいつものように寝ていた。
扇風機の風が、異常に寒い。
うっくんはガタガタと震えていた。
「寒い・・・寒い・・・寒い・・・」
ガタガタ震えて眠っているうっくんに気づいた母。
「うっくん、寒いと?今、暑いよ?
具合悪い??」
母の声で目が覚める。
寒い・・・
「ちょっと・・・トイレに行ってくる・・・」
立ち上がって廊下に出た瞬間に、
嘔吐した。
そしてまた嘔吐。
・・・また嘔吐。
そのままフラフラとトイレに向いながら、
廊下にバタッと倒れてしまった。
待合室で毛布を何枚も借りて、朝まで我慢した。
言っても、ここは病院。
朝一で内科で診てもらうと、
なんと食中毒だった。
うっくんは、そのまま自宅に戻り、
4~5日、寝込んだ。
父との貴重な時間を、
食中毒になったせいで、一緒に過ごせないことを、
うっくんはすごく悔んでいた。
それからなんとか回復し、
仕事にも復帰し、
仕事帰りに、いつものように病院に寄った。
夜の面会を終えると、
母が、
「うっくん、病みあがりなんだから、
もう帰りなさい。」
と言った。
「やだ。」
「帰りなさい。明日も仕事でしょう?」
「んー・・・でも・・・。」
「帰りなさい。」
なんだかすごく帰りたくなかった。
絶対に帰りたくないと思った。
母がどうしても帰りなさいというので、
帰ることにした。
外に出ると、
夜の空が、雲に覆われているからか、
小さな、ゴロゴロという雷の音がしているからか、
今までに感じたことのない、
背中がゾクゾクするような、
胸騒ぎのような、イヤな感覚があった。
・・・やっぱり帰りたくない・・・
一度、また夜間出入り口に向かったけれど、
母にしかられるだろうな・・・と思って、
母の言う通り、体調が万全になるまで、
おとなしく面会時間だけ病院にいることにしよう・・・
と思った。
次の日、
アパートから直接会社に行った。
その日は、昼休みに病院には行けなかった。
夕方近く、
携帯が鳴る。
携帯の画面には「総合病院」と出ていた。
まさか・・・まさか・・・っ!!!
鼓動がクレッシェンドする。
震える手。
携帯の、通話ボタンを押すのが怖かった。
「もしもし」
「総合病院ですけど・・・
お父さんが危篤です。
来ていただけますか?」
とうとうその知らせが来てしまった。
会社を早退し、
バタバタと病院に向かった。
病院に急いで車を走らせた。
そういえば、母以外の連絡先は、
病院に一番近いうっくんになっていた。
母は、連絡なんかできる状況じゃないだろう。
自分だけ病院に向かっていたけれど、
だんだん冷静になり、気づいた。
長女の職場に連絡。
二女の職場に連絡。
これから、
色々とバタバタするだろう。
落ち着かなければ・・・。
そっか・・・トイレには行っとこう。
こんな時に、
そんな冷静さを持つ自分が不思議だった。
病院について、
トイレに行き、
鏡を見ながら深呼吸した。
「しっかりしなきゃ・・・。」
ゆっくりと、階段を上る。
ICUに近づく。
消毒をして、
自動ドアがゆっくりと開く。
「ピピピピピピッピピピピピピッピピピピピピッ」
けたたましい心拍モニターの警告音が鳴っていた。
一瞬、立ち止まる。
医者が、電気ショックを加えた。
「ドンッ!!!」
父が跳ね上がる。
やめて・・・!!!
物みたいに触らないで!!!
そういう嫌悪感を抱く映像だった。
恐る恐る近づく。
「ドンッ!!!」
また電気ショックが加えられ、
父の心臓が、また動き出した。
母はガタガタと震えていた。
「おとうさん・・・おとうさぁん・・・」
涙でグシャグシャになった顔で、
消え入る声で母は父を呼んでいた。
「お父さん・・・うっくんだよ。
わかる?がんばって。
つらいけど、頑張って!!!
お願い!!!」
父の手を握り、何度も叫んだ。
「お姉ちゃんたち、今来てるから、
お父さん、もう少し頑張ってよ!!」
母が何度もそう叫んだ。
それから何分経ったかわからない。
「お父さん!!わかる?
私よ?わかる?
がんばって!!
今やっと顔見れたんだから!
がんばって!!」
長女が福岡から到着し、
そう言いながら、父の手を握った。
父は、長女の顔を見ると、
まるで、
「お前を待ってたんだよ」
という目で一度顔を見ると、
安心したように、目を閉じた。
「お父さん!!!」
母も姉もうっくんも、
大きな声で叫んだ。
父は一瞬、
「もう一度!!」
という気合いで少しだけ目を開いて、
そのまま眠りについた。
バサッ!!!
バッグが床に落ちる音がして、
「お父さん!やだ!!」
二女がその時到着し、
父の逝く姿しか見ることができなかった。
二女は床に座り込み、立てなくなってしまった。
うっくんが大学3年になってから、
父は入退院を繰り返し、
入院中ということもあったので、
最後の学費は、長女が手伝ってくれていた。
父や母が大変な時期や辛い時、
いつも助けて、支えになっていたのは、
まぎれもなく長女だった。
だから、父は、
きっと最後に、長女にお礼が言いたかったんだと思う。
父と長女は、家族の中でも一番の仲良しで、
長女はベタベタなファザコンだった。
いつもはしっかりものの長女も、
放心状態で、会話ができるような状態ではなくなっていた。
二女は、父の最期に間に合わなかったことに、
すごくショックを受けていて、
二女もまた会話のできる状態ではなくなっていた。
母も、ボロボロで、
何も声を掛けられないほど、
ただ茫然としている状態だった。
そんな姿を、
なんだかすごく遠いところから見ているような、
心が空っぽのうっくんがそこに突っ立っていた。
感情がすっかりなくなっていた。
父が、痙攣を起こした時も、そうだったように、
妙に冷静なうっくんがいた。
霊安室に移され、
ちょっとずつ親族が集まってくる。
「葬儀場はどうするね?」
親戚のおじさんが母に言う。
「・・・。」
まるで声が聞こえていない。
「お母さん・・・葬儀場は?」
「・・・・・・。」
「どこでもいい?」
コクン。
母が頷く。
うっくんは、携帯を握りしめ、
病院の外に出た。
プルプルプル
プルプルプル
「ほぉーい♪
どうしたどうした!?珍しいなぁ!
おチビからかけてくるなんてなぁ!!」
いつもの調子狂うこの声さえも、
今はとても支えになる気がした。
「・・・トン先輩?」
「おう!なんやぁ!?
何?お前、泣いてんの?
・・・・・・
・・・どした?」
「・・・泣いてはないですけど・・・。」
「・・・?どした?なんかあった?」
「・・・あのぉ~・・・
父が今、亡くなったんですけど・・・
トン先輩のところに、お任せできないですか?」
「・・・マジか・・・。
・・・大丈夫か?
俺には・・・ただ仕事することでしか、
お前にしてやれることはないけど・・・。
任せろ。何も心配せんでいいよ?全部。」
「・・・はい。じゃ、お願いします。」
「うっくん?」
「はい?」
「今はしっかりしろ。
あとで、どんだけでも泣いていいから。」
「はい。」
霊安室に戻る。
母が、
ぼーーーーっとしながら、
ぽつりぽつりと話し始めた。
「お父さんがね・・・倒れる前日の夜にね?」
「・・・うん。」
「布団の中で、言ったんよ」
「・・・うん。」
「『お母さん、お前は誰よりも長生きしろよ』・・・って。
手をつないできて、言ったんよ。」
「・・・。」
「まるで・・・こうなることがわかってたみたい・・・。」
「お母さんはその時なんていったの?」
「『なーに言ってんのよ』って笑った。」
「・・・。」
「そしたらね、お父さん、
『お前は、長生きして、
今よりもっともっと幸せになれ』って。」
「そっかぁ。お父さんらしいね。」
「・・・お父さん、調子悪かったんだろうなぁ・・・無理させちゃったなぁ。」
母はそう言って、また泣いた。
違う。
無理をさせていたのは、うっくんだ。
うっくんが、もっといい子に育っていたら、
お父さんは4年大なんて行かせずに済んだんだもん。
生意気ばっかり言ってた罰が当たったんだ。
お父さんが、命を削って、
必死に働いて、出してくれた4年間、
うっくんは何をやっていたというのだろう。
友達と遊んで、
恋愛して、
自分の遊ぶためのバイトして・・・
サイテーだ。
自分には、泣く資格すらないように思えた。
「お父さんがね、倒れる寸前にね、
『お母さんのちらしずし、俺も食いたいなぁ~』
って言ったんよ。」
「うん。」
「前日にちらしずし作ってたんだけど・・・
お父さんの体調考えて、
古くなってたらダメだからって、
”お父さんはダメ”って、白いご飯をね、
用意している時に倒れたんよ。
お父さんの大好きなちらしずし・・・
食べさせてあげたらよかった・・・。」
「・・・うん。」
火葬されて小さく小さくなった、
父の白い体。
父のすべてを、
この目に焼き付けようと、
火葬される寸前まで、隅々と見た。
何度も、触れた。
でも、
小さな箱に入った瞬間に、
もうその記憶は、
うっすらとしたものになってしまった。
だけど、
どうだろう?
父の生きざまは、鮮明にうっくんの脳裏にやきついている。
今までの色んな出来事。
男としての姿、
父親としての姿・・・。
父とケンカする度、
父に叱られたり、説教されたりして、
その分、父の考え方を知れて、
この人に育てられてることは、
すごくありがたいことなんだと感じた。
ケンカする度、父を尊敬した気がする。
父の仕事をしている後ろ姿、
その生き様は、
なんてすばらしかっただろう。
それが、「生きる」ことなのだ。
と思った。
葬式が終わって、
しばらく経った時、
母が言った。
「お母さんがね、
お嫁に来た時にはまだ10代で・・・
それまで名古屋にいたし、
洋裁関係の仕事してたのもあって、
チャラチャラしてたお母さんを、
近所のおばちゃんたちは笑ってた。
でも、お父さんは、
一つ一つ、色んな事教えてくれたんよ。
料理一つできないお母さんに、
料理の基本から教えてくれて。
自分の方が数倍料理上手なのに、
失敗したお母さんの料理に、
一度も文句言ったことなかったなぁ。
上手になったなって、いつも誉めてくれた。
お母さんが具合悪い時なんか、
あんたたちの料理も、お父さんが作ってくれて、
お前はゆっくりしとけよって、いつも優しかった。
お母さんは、お父さんと結婚出来て、
最期まで看取ることが出来て、
本当に幸せよ。
決してラクな生活じゃなかったけど、
苦労もいっぱいしたけど、
お父さんと一緒になれて、
それが一番の幸せだった。
お父さんもそう思ってくれてるかなぁ?」
以前、父が、
母の自慢をしていた時のことを思い出した。
夫婦の絆・・・。
うっくんは、
この人たちの子どもに生まれてこれて、
本当によかったと感謝した。
父の最期を看取ることで必死だったけれど、
最後に、二人に、
「大好き!」
のKISSをさせてあげればよかったな、
と
胸がチクっとした。