小説置き場。腐向けなりー

小説置き場。腐向けなりー

忍、た。まで腐向けなお話置き場。要注意。

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深々と静かに雪が降り続いている。耳が痛くなる程に雪が音も熱も全て奪って静寂を保つ。凍えそうな外とは違い、じんじんと温い気温に包まれ、文次郎は囲われていた。火鉢の炭が時折弾け、それだけが音を生み出していた。凍えている訳ではないが、火鉢の隣に座り微動だにしない。嘗ての目の輝きが失われてただ其処に居た。
此処に囲われてもうどの位になるか、数える事すら放棄した。文次郎を攫い囲っているのは学園にいた頃追い掛け回していた一つ目。にたりと厭らしい笑みに彩られていた目元は忘れられない。一つ目は何時からか文次郎に執着しだした。最初こそは揶揄いだと憤慨していた文次郎に焦れたのか、突然この離れへと攫い鎖で繋いだ。当然反発するも、現役の忍頭に勝てるも無く。最初は身体を奪われた。腐った蜜のような甘さを伴い優しく、無体を働いた。吐き気がする程優しく壊れ物を触るように文次郎を暴いていく一つ目に身体を、自由を奪われた。性行為が初めてというわけではないし、生娘のようにガタガタと恐れ泣いた訳ではない。感情が死に表情が抜け落ちた。
この離れには一つ目しかやって来ない。食事を持ってくるのも一つ目だけだ。何処かで誰かが監視している訳でもなく、此処に文次郎が居る事を知っているのが一つ目だけなのだ。不必要な動きをしなくなった文次郎を鎖で繋ぐのを止め、此処から出ないようにと一つ目は言い含めるだけになっていった。朝、温い蜜の言葉で起き、焼けそうな程の熱い視線に見守られ、噎せ返る程の愛撫で床に就く。その繰り返しだ。どろりとした睦言を流し込まれる度に思考力が薄れていく。薬に漬けられたみたいに。
パキン、と炭が爆ぜた。その音を切っ掛けに文次郎が外に繋がる戸へと手を伸ばし立ち上がった。何の抵抗も無く開く戸を開け、着物一枚裸足のまま外へと踏み出した。さくりと踏む雪は切り付けられているように痛い。ふらふらと雪が降る中彷徨う。行く宛など無い。何故外に出たのかすら分からない。景色全てが白で埋め尽くされている。一つ目の黒と正反対の色。ふと立ち止まった瞬間に温くて熱い黒いものに包まれた。そして微かに聞こえる置いていかないで、という懇願。震えているのは文次郎か一つ目か。そこで一つ目の名前は何と言うのだったか、と空を仰ぎ口を開く。

「曲者」

あぁ、心まで奪われる。
「合同実習、ですか…」

忍術学園四年い組平滝夜叉丸、綾部喜八郎、同じく四年ろ組田村三木ヱ門が揃って一枚の紙を覗き込んでいるのには訳がある。
彼らの眼前に並ぶのは委員会で先輩と慕う人、六年い組潮江文次郎、立花仙蔵、ろ組七松小平太その人だ。

「いつもの学園長先生の思いつきでな、俺達六年生とお前達四年生で軽く実習をしてみろとのお達しだ」

「発想自体は面白いとは思うがな。ただ、組む相手は委員会で親しくしている者以外だそうだ。喜八郎と組んでみたかったのだが、致し方ない」

それまであまり関心を示さなかった小平太が驚いたように文次郎の方を向いて吠える。

「えっ!滝と組んじゃダメなのか?!やだ!私、滝と組みたい!!」

そのまま滝夜叉丸の首を絞める勢いで抱き締める。読んで文字の如く、締めている。傍に居た三木ヱ門が流石に青くなる滝夜叉丸を慌てて助けようとするぐらいにはキマっていた。
駄々っ子に呆れるように文次郎がお前渡された紙を読んでいないのか、と問うても読んでないと返されるだけで更に溜め息をつく羽目になった。四年生に説明すると同時に小平太にも解る様に話すことにした。

「小平太、これは学園長先生がお決めになったことだ。さ、くじで決めるぞ。先に色がついている、私達はこっち。四年のはこっちだ」

仙蔵が三木ヱ門に色が見えないようにくじを渡す。漸く解放された滝夜叉丸と興味無さ気な喜八郎に引かせ、各々色を確認する。その傍ら六年生もくじを引く。

「私赤色!滝は?」

引いたくじをひらひらと靡かせて組む相手を確認しようと小平太がそわそわと滝夜叉丸に近寄る。また首根っこを捕まえようとした時に声が上がった。

「あー。残念ですねぇ。赤色は僕です」

間延びしたような声で喜八郎が言う。色を見せるように持つくじは確かに赤色で小平太と同じ色。それを見て滝夜叉丸と組めないのが余程衝撃だったのか、そのまま一時停止。
喜八郎も余り望んでいた相手ではなかったようでふん、と鼻を鳴らして視線を外した。

「小平太と喜八郎か…、中々破天荒な組み合わせだな。私は青だったが…」

「あ、はい。私が青です。よろしくお願いします立花先輩」

駆け寄ってきたのは三木ヱ門で、ここは火薬の匂いがしそうな組み合わせと相成った。

「残るはお前か。よろしくな平」

文次郎が駄々を捏ねている小平太を宥めている滝夜叉丸に声をかけた。何とか宥め切った様で掛けられた声に反応して軽く頭を下げて改めて言った。

「はい、よろしくお願い致します」

こうして、実習に出かける組み合わせが決まったのだったが、ここからが問題だ。何故ならこの実習は。

「どちらかが女装ぅうう?」

「…また、読んでなかったのか小平太」

応!と元気よく返ってくる返事に最初から読んでない事にして逐一話してやることにした。

「まず、女装を片方がして其々が貰う紙に書かれている任務をこなす。ここまではいいか?組み合わせは中々交流が少ない相手だ。意思疎通が難しいかもしれない。今回の実習はそこに真意があるんだ。自分が合わせる、相手に合わせさせる。これをこなせ、ということだ。だから親しい者と組んではいけないんだ。分かったか小平太」

「…仕方ない…。もんじろー、滝に変なことするなよ!」

「するかバカタレ!!!!」

ゴツン!と拳一つ食らわして己の相手の滝夜叉丸に向き合う。

「女装はお前でいいよな?」

有無を言わさず文次郎が言う。しかしそれも当然と言えるだろう。文次郎はどうにも女装向きとは言い難い体格で目の下には黒くて濃い隈がある。目付きもいいとは言えない。なんというか、男臭いのである。それに引き換え滝夜叉丸はまだ四年生ということもあり文次郎より小さい。体育委員で鍛えられているとは言え華奢と言える範疇だ。仙蔵には劣るものの髪もサラストで顔も中性的と言えるだろう。誰が見ても女装は滝夜叉丸に勧めるに違いない。滝夜叉丸自身もそう思っていたのか直ぐに了承した。

「文次郎、私達はどちらがした方がいいと思う?」

声を掛けたのは仙蔵だ。ここの二人はどちらも女装が似合うであろう。それ故どうしようか、なったようだ。仙蔵が決めても良かったのだが他者の意見を取り入れてみようと思った様だ。

「そうだなぁ、平、どう思う?」

「そうですね、私は立花先輩がなされた方が良いのではないかと」

文次郎が問われてその問をそのまま滝夜叉丸に受け流す。これも一種の指導なのだ。己の考えを言わせ筋が通っているかどうか判断するいい機会だ。試されているのが分かっているのが仙蔵に理由を問われても動じることなく述べていく。

「女装の実習は何回か行っていますので三木ヱ門でも問題は無いと思います。しかし、任務となれば話は別です。立花先輩は女装で任務を遂行したことはもちろんお有りだと思いますが、我々四年生はまだそこまで到達していないのです。それに三木ヱ門は火器を持つのだろう?尚更女装だと不都合なのでは、と思ったまでです」

三木ヱ門が何か言いたそうな表情で見るが反論することなくそのまま視線を逸らしていく。どうやらその通りだったらしい。仙蔵も滝夜叉丸の意見に反論することなく、そのまま乗っかるらしかった。
残るは自由奔放な小平太、喜八郎の組み合わせだが、ここも見た目で判断するなら喜八郎で決まりだった。

「では私達準備して参ります。ほら喜八郎行くぞ!」

ぼーっと向こうの空を見つめていた喜八郎の首根っこを掴んで四年長屋に消えていく滝夜叉丸と三木ヱ門。
六年生達も準備のために長屋へ戻っていった。





「良かったな、間近で立花先輩の女装が見れるんだ。所作や化粧の仕方学んでくればいいんじゃないか?」

「あぁ?…まぁ、それは確かに、そうなんだが…」

準備の最中、不意に滝夜叉丸が三木ヱ門に話しかけた。淀みなく動いていくその手は滝夜叉丸を女へと化けさせていた。隣で喜八郎も不承不承化粧をしていた。三木ヱ門はただ私服となっただけだったので二人を手伝っていたのだった。

「立花先輩の女装はほんと見事だぞ。私が習いたいぐらいだ。あ、喜八郎、そこ塗り過ぎだ!…あーもう…」

自分の化粧が完全に終わってない状況でもせっせと喜八郎の世話を焼く姿はまさしく母親のようで、実習前だというのに少し和んでしまった三木ヱ門はふるふると頭を振って草鞋の状態や苦無、撒菱などを確認することにした。

「滝夜叉丸、お前潮江先輩に迷惑かけるなよ?」

「私がかけると思うか?あっこら、じっとしていろ!喜八郎、お前七松先輩と一緒になって穴掘るなよ?」

「えぇー?」

ドタバタしつつ、四年生の準備が進んでいた。先輩方と、しかも普段余り交流のない先輩との任務に少し浮き足立っていた。

「遅いぞ!」

「す、すみません!!」

開口一番に文次郎に怒鳴られてしまい滝夜叉丸と三木ヱ門は萎縮して慌てて謝った。喜八郎は飄々と仙蔵に似合ってますー?と場違いな事を聞いていた。仙蔵も叱るではなく、似合っていると褒めているものだからそちらにも怒声が飛ぶ。

「滝!」

「七松先輩。どうか喜八郎をよろしくお願いしますね」

そっと頭を下げるその様はやはり母親のようで一瞬暴君と名高い小平太を怯ませた。が、それも一瞬で。

「うぅー、やはり滝と組みたい!もんじ!変わってくれ!!」

「ダメだバカタレ!!駄々を捏ねるな!」

ほんとは飛びつきたかったらしい手がわきわきと動いていた。女装を崩してはいけないという理性が働いたようでその場で地団駄を踏んで文次郎に我侭を言っていた。
四年生を待つ間に出発する順番を決めたらしく、文次郎、滝夜叉丸が最初に発ち、次に仙蔵、三木ヱ門。最後が小平太、喜八郎の順番だ。

「それでは行って参ります。七松先輩、塹壕掘っちゃダメですからね?」

「じゃあな」

そうして最初の組みが発ち、半刻後に仙蔵、三木ヱ門が発った。

「最後ですねぇ。七松先輩、そろそろ行きますか」

「そうだな。行くか」

こうして三組が学園長の思い付きで始まった合同実習に旅立った。



最初に発った文次郎と滝夜叉丸は道中を談笑しているように装い歩いて行った。傍から見れば仲睦まじい夫婦だ。滝夜叉丸の顔は笠で隠れていてあまり見えないが楽しそうな雰囲気だけは醸し出している。

「潮江先輩、あの…」

「文次郎でいい。その格好の時に先輩などと呼んでいたら違和感だろう?…しかし、俺はなんと呼ぼうな?滝夜叉丸では男とバレてしまうし」

「では滝、とお呼びください。それならばおなごでも通用するのではないでしょうか」

つい、と笠を上げてそう言う滝夜叉丸の顔は緩やかに笑っていてとても綺麗だった。つられて、笑んだ文次郎。笠など被ってなければ頭を撫でていたであろう。最初に明言しなかったものの雰囲気で夫婦を演じるのだとお互いがそう思っている様子で、それはそれは自然な夫婦だった。どちらともなく手を繋ぎ、文次郎は滝夜叉丸の歩幅に合わせて歩き滝夜叉丸は寄り添うように付き従うように貞淑な妻を演じていた。小平太が見たら確実に文次郎に代われ!と言いそうな程に。

「話の腰を折ったな。すまない滝、何を言いかけた?」

「いえ、あの、私は目的地を存じ上げないのですが、良いのですか?」

少々のむず痒さを感じながら文次郎に問いかける。今回の任務内容は六年生にしか知らされていないため其々の組が伝えるかそのまま知らせないまま行動するかは自由なのだ。それを踏まえた上での質問だった。自分が知らなくても恐らく文次郎ならば任務完了させることができるのであろう。それでは合同実習の意味を問うことになり、勢いで聞いてしまったようなものだ。滝夜叉丸は優秀だとは言えまだ四年生。文次郎から見ればまだまだ甘いのだが、それを補い実践で教えていくのが今回の六年生に与えられた課題だ。もちろん、それを逆から見れば教えられたことを自分のものにするのが四年生の課題。しかし、そんな甘さも可愛らしく思えてしまいつい笑ってしまい、むっと頬を膨らます滝夜叉丸に今度は顔に出さぬよう笑った。

「そうだな、滝が知らずともいいかと思っていたが。まぁ、教えといて損は無かろう。俺たちが向かっているのはとある屋敷でな。ざっと言えば其処から書物を取ってこいってことだ」

「分かりました」

普段の彼らならこのような内容は矢羽根で会話するのだが、全くと言っていいほど人気がなく、ただただ広がる田園風景を横目に歩いているので小声ではあるが任務内容を話しているのだ。それでも見た目は仲睦まじい夫婦に見えるようにしている辺りは流石である。

「しかし…」

「どうした?」

「いえ、三木ヱ門には立花先輩がいらっしゃるので心配はしておりませんが、あの…喜八郎と七松先輩が…」

言葉を濁しながら言う端々に滲む心配そうな雰囲気で文次郎も気が付いたようで、あぁ、と声を出した。喜八郎が迷惑をかけてないか、七松先輩が飽きて塹壕を掘り始めてないか、マラソンし出してないか、上げていくとキリがない程の心配事。

「っふ、まるで綾部や小平太の母親のようだな、滝」

くっくと喉で笑う文次郎にかぁ、と頬を染める。あれこれと世話を焼きすぎたのだろうか心配が徒労であることを願って口に出すのをやめた。また笑われるのは恥ずかしかったからだ。

「滝、笑って悪かった。だから拗ねてくれるな」

「…拗ねておりません」

ツン、とそっぽ向く様子を見て誰が見ても拗ねているとしか言い様がない。普段は小平太や下級生の世話に追われていて大人びた印象を抱きがちだが、彼はまだ13歳なのだと思い出す。まだまだ子供らしい一面を持っていると少し安堵に似た感情が胸に広がっていった。文次郎にとって感情を殺し任務を行うのは忍者にとって当たり前というところもあるが、まだ後輩には子供らしいところも持っていて欲しいとも思っていたからだ。誰もが忍者になるのではないと知っているからだ。例え難関と言われる忍術学園を六年無事に過ごし卒業できたとしても商人や農民など、家を継ぐ者もいる。だから、感情を殺すことは忍者にとって必要な技術でも一般人には不必要な技術なのだ。まだ彼が忍者になるのかはたまた別の道を行くのかは文次郎にはわからない。

「滝、機嫌を直してくれ」

笠をかぶっていたために頭を撫でることが出来ない為に代わりに頬をそっと撫ぜた。鍛練で堅く無骨な手がするっと滝夜叉丸の頬を滑っていく。その様はどう見ても仲睦まじい夫婦にしか見えなかった。優しく撫ぜる手に観念したのか恥ずかしくなったのか少し顔を赤らめて逸らしていた方向から前に向き直した。

「あの、いつまで撫でているのでしょうか」

「ん、あぁ、すまんな。触り心地が良かったもんだから。滝は肌綺麗だな」

普段じゃ見られないような笑い方で言われてしまえば滝夜叉丸も何も言えなくなって気が済むまで触らせることにした。褒められて嬉しくなってふふ、と緩やかに微笑んだ。何度も言うようだが、これは実習で夫婦を演じてるだけのことであるのに、どこをどう見ても完璧に仲睦まじい夫婦だ。

「文次郎さんまだまだかかるのでしょうか?」

「まぁ、実習の予定日数を考えればまだ先だろうな。なんせ一般人の速度で、という条件を付けられているからな」

「はぁ。学園長先生のお考えになることは私にはいまいちよくわかりません…」

「安心しろ、俺もだ」



一方、仙蔵と三木ヱ門の組は。

「ね、姉さん。あの、あれはなんという植物でしょうか」

「あれはね」

課外授業のようになっていた。こちらは仙蔵が姉、三木ヱ門が弟の設定のようだ。流石は仙蔵といったところか、何も違和感がない女装で見事に姉の立場を演じきっている。三木ヱ門は先輩と実習という緊張もあり少しぎこちない弟になっていた。そこであれやこれや質問して物知らずの箱入り息子のようにしてはどうかと仙蔵が提案したのだ。それであるならば多少ぎこちなくとも支障は無いだろう、というのだ。確かに自然と振る舞えずどうしたものかと思案していたところでもあったので三木ヱ門は素直に頷いた。それから自分が知らぬ物を見つけては仙蔵にあれは何かと問う様にした。

「三木ヱ門、少しは慣れた?」

口元を隠しながら柔らかく笑む姿はとても美しく、それが仙蔵だと分かっていても一瞬見惚れてしまった。

「は、はい。これも姉さんのおかげです」

普段であれば深々と頭を下げるがここは軽く笑って会釈程度に留めておいた。慣れたとはいえそれでもそわそわする三木ヱ門にくすくすと笑う仙蔵。周りに人が居なくなってきた頃に仙蔵が不意に素の声で三木ヱ門に話しかけた。

「文次郎と滝夜叉丸が気がかりなのだろう?」

「えっ!!!!いや、そんな!!!」

大袈裟な程に肩をびくりと震わせて違います違いますと頭を振るその様は肯定を示しているに過ぎなかった。図星を突かれた三木ヱ門は肩を揺らして笑う仙蔵に観念したように頬を染めた。

「文次郎と滝夜叉丸というには語弊があったな。文次郎はともかく滝夜叉丸が心配なのだろう?大変だな」

くしゃりと仙蔵の手が三木ヱ門の頭を撫ぜた。大変、とは。視線が仙蔵に問うていた。その視線を受けてにやりと意地の悪い顔で宣った。

「滝夜叉丸が好きなのだろう?」

今度は音が聞こえるのではないかと思える程赤く顔を染め、それを隠そうと両手で顔を覆った。もごもごと言葉にならない声を出していた。それを先程の意地の悪い顔のまま見つめていた。

「ば、バレバレでした、か…」

「バレバレだったな。もっとも。気付いているのは私や喜八郎ぐらいだろう。小平太は平しか見てないし文次郎は疎いし平も見る限り色恋には疎そうだしな。喜八郎はぼーっとしてるようで中々よく周りを観察しているぞ」

ふふ、と目元だけで笑いかけ、つい、と前を向く。三木ヱ門はもう全てお見通しなのかと観念して顔を覆う手を外した。この際聞いてもらうのも有りかと前向きに思い直し仙蔵の方を向いた。喜八郎程ではないが、三木ヱ門も自分を慕う後輩の一人だ。視線を受けて柔らかく笑って話を促した。

「いつから、というのは分からないんですが、滝夜叉丸に執着してるのは確かです…。最初はただムカつく奴だと思っていたのですが、どうしても目で追っている自分がいて…、あの、なぜ笑っているのでしょうか」

「ん、いや、気にするな」

そう言われても気になるのが心情だ。けれど仙蔵の笑い方はからかう様なものではなく、可愛いな愛しいなといったものが含まれている慈悲深い笑いに近かった為に三木ヱ門は深追いをやめた。前を向いて己が自覚した頃を思い出す。嫌いだと思っていた奴が他の人に笑いかけるのを見て胸の奥がジリジリと焦げるよう熱く苦い気持ちで一杯になって辛くて泣いた夜もあった。嫌に上機嫌で滝夜叉丸が三木ヱ門に突っかかるでもなく言い合いに発展せずにふと笑いかけたのが切欠でこの苦く辛いものは恋なのだと胸が焼けるような感情は嫉妬なのだと思い知らされた。文次郎や留三郎程ではないものの滝夜叉丸と三木ヱ門の仲の悪さはそれなりに学園に知れ渡っている。そんな相手に恋をしたなどと特に滝夜叉丸に知られるなど言語道断。決して外に出ることのない秘めた想いだったはずなのに。こうして想い人ではないにせよ誰かに聞いてもらえる事の安らぎを感じてしまっていた。

「私はそんなにも分りやすかったでしょうか?」

ひたりと三木ヱ門が己の頬をむにむにと触る。表情に出していたつもりは全く無い。

「いや、先程も言ったが気付いているのは私と喜八郎ぐらいだ。私より先に喜八郎が気付いたのだがな」

目元だけで緩やかに笑み、笠をつい、と自然な動作で上げ三木ヱ門を見た。その仕草にこの人は本当に底が見えないのだと思った。まるで狐に化かされている気分にもなる。

「喜八郎が、立花先ぱ…姉さんに仰ったのですか?」

今は任務中だということを思い出して言い直した。自分はこういう所が甘いのだと実感させられ少し落ち込む。その様をくすりと笑み一つ零して三木ヱ門の頭をそっと撫でる。この後輩は見ていて飽きないのだ。ころころと表情が変わり素直に気持ちを吐露する。忍びとしてはまだまだだが、可愛いと思える。

「喜八郎が私に言った、ということは無い。私が勝手に気付いたのだ。修行が足りんな?」

「うぅ…。精進します…。」

撫でられたまま項垂れ、仙蔵はにこりとまた一つ笑みを零した。

「それで、どうするんだ?」

「どう、とは…?」

「鈍い弟君だなぁ。言うのか言わないのか。だよ」

話している最中は決して足を止めなかったのだが、仙蔵の言葉が余りにも予想外過ぎたのか思わず三木ヱ門の足が止まった仙蔵を凝視していた。その顔は赤いような青いような不思議な色合いだった。

「い、言える訳ありません…!!そもそも忍びの三禁が…!」

「流石文次郎の後輩だけあるな。ほら、とりあえず先に進むぞ」

言われてまだ足が止まっていることに気付いて慌てて歩き出し、再び仙蔵の横に付いた。口元を隠しパッと見柔和な雰囲気だが、笑いを堪えるのに必死なのだと真横の三木ヱ門は気付いていた。なんだか深く溜息を付きたい気分になった、その時だった。突然、仙蔵が三木ヱ門を庇うように前に立ち塞がった。視界が暗くなった三木ヱ門は何が起こったのか分からずただ、声を殺した。

「あら、私達に何か御用でしょうか?」

仙蔵が声色を変えて誰かに問いかけている、という事は分かったが三木ヱ門を庇っている理由が掴めない。相手が一般人であったなら庇う必要性も無い。つまり。悪意がある相手、ということなのだろう。怯えた風を装って仙蔵の影からそっと相手を確認しようと顔を出す。そこには黒い忍者が一人ギラギラとした殺気を放ち佇んでいた。何処かやつれていて目が血走っていた。

「お前達は何者だ。調査に来た忍者か?!」

突然の罵声と共に投げ付けられる手裏剣に咄嗟の判断で仙蔵が小刀で防いでしまい、此方が変装している事がバレてしまった。謎の忍者がやはりな、と呟くと何処からともなくわらわらと他の忍者が現れた。此方の話を聞く気はなさそうで、其々が構えを取っている。

「…こやつらが何者か分からないが応戦するぞ。三木ヱ門、いいな?私の援護をしろ」

「は、はい!」

仙蔵が仕方なしに苦無や刀を取り出し、笠を投げ捨てると其れが合図の様に手裏剣が飛んできた。それを躱し相手方に切り込んでいく。三木ヱ門は流石にユリコやサチコを持って歩くわけには行かなかったので焙烙火矢、火炎竹筒等を持っていたのだ。仙蔵が攻撃を躱し切り込んでいる少し先を目掛けて焙烙火矢を投げ付ける。爆発に合わせて全蔵が一人また一人と倒していくのを見て流石は最上級生だと見惚れてしまう。けれど、多勢に無勢。こちらが不利なことには変わりがない。

「無駄に数が多いな…。」

動きにくい女装のままで敵を倒していくのは中々体力の要る事のようで徐々に動きが鈍っていく。後方から飛んできた手裏剣を刀で弾き思いっきり跳躍して上から手裏剣を相手目掛けて放つ。着地した所に苦無が飛んできたのを後転して躱し、それから懐に飛び込み刀で斬りつける。三木ヱ門が焙烙火矢を投げ敵を遠ざけても、限がない。苦無を刀で受け止め、鳩尾に蹴りを入れ相手から距離を取り一旦三木ヱ門の近くへ戻る。自分の事を心配して青ざめている後輩は守らねばならないが、如何せん敵の目的も数も何も分からないのでは守りながら戦うには負担が大きすぎる。かと言って逃げるには土地勘が無く逃げ切れるかも分からない状態だった。仙蔵が下した判断は。

「三木ヱ門、先に行け」

鋭く発せられた声に驚いてまじまじと三木ヱ門は敵から決して目を離さない己の先輩を見た。

「私は、足でまといでしょうか」

「そうじゃない。このままではただの消耗戦だ。だから先に行った文次郎達を呼んできてくれ。小平太達は寄り道してるかもしれないしな」

そう言われても三木ヱ門には暗に邪魔だと言われている気がして目の奥が熱くなった。それでも、この場を切り抜けるには仙蔵の指示に従うしかないのだ。自分が持っていた焙烙火矢や火炎竹筒、撒菱等少しでも足しにそして己が軽くなるように仙蔵に渡し、その場から駆け出した。後ろは見ない。敵から攻撃はされないはずだ。仙蔵が己を行かせるために全て防いでくれている。泣くな、これからもっと強くなればいい、そう自分に言い聞かせてただ前だけ見て走り続けた。徐々に田園風景が広がり、人気のない一本道になる。普段なら此処まで息が上がらないのに動揺しているせいか呼吸がしにくい。早く、早く戻らなければ。その思いだけでただ走る。そしてその目には求めいていた人影。

「し、潮江先輩っ…!!!」

見知った声に驚き文次郎と滝夜叉丸が振り返ると顔を赤く今にも泣き出しそうな三木ヱ門がこちらに向かって走ってきていた。慌てて駆け寄ると急いで来たらしく息が整わず言葉が出てこない。それでも文次郎はそれがどういうことなのか理解したようで真剣な顔付きになって滝夜叉丸に向き合った。

「滝、悪いが来た道を戻って仙蔵の手助けしてやってくれ」

「分かりました。三木ヱ門のことよろしくお願いします」

言葉を聞くやいなや道を駆け出していく滝夜叉丸に驚いたのは三木ヱ門だ。てっきり文次郎が先に行くと思っていたからだ。情けないことに足がふらつき二人に会えた安堵で力が抜けて直ぐに来た道を戻れそうにない。だから同学年の滝夜叉丸と共に後から行くものだと思っていたのだ。その事を視線で問うと、文次郎は意図を汲み取って説明してくれた。

「一体何が起こっているかは分からないがな。仙蔵が敵と応戦しているのだろう?普通ならば俺が行く所だが、体育で小平太についていくくらいなんだ。滝の方が先につくだろうよ。そろそろ、息も整ったろう?お前も戻れ」

へたり込んでいた三木ヱ門を立たせて滝夜叉丸が駆けていった方向に背中を押される。確かにいつまでも座っているわけには行かないと、一歩踏み出してふと後ろを振り返ると文次郎は逆の方を向いていた。

「どちらへ行かれるのですか?」

「俺は仙蔵にどやされない様に野暮用。気を付けて戻れよ!」

今までの一般人の速さとは違い、あっという間に姿が見えなくなる。あの潮江先輩より滝夜叉丸が早いっていうのか?些か疑問を覚えつつ元来た道を走っていく。


「せん、ぱ…」

ぜぇぜぇと息を切らして前を走る大きな背に声を掛けるのは四年い組平滝夜叉丸だ。彼は同学年では体力はある方に分類されるはずだが、それも目の前を疾走する六年ろ組七松小平太と比べてしまえば足元にも及ばない。そもそも彼と比べる事自体が間違っているのだが。
全力で滝夜叉丸が走っても小平太に追いつくことができない。小平太は息も切れていない様で二年という年の差を感じて劣等感が一瞬よぎるも今は見失わないようにその背を追いかけることに専念した。

「滝ー!ちゃんと着いて来てるかー?」

振り返ることもなくただ前を見て後ろにいるであろう後輩に声をかける。その声に反射的にはいっと声を上げる。大きくは無かったが小平太には届いたようだった。笑っているようで時折肩が揺れていた。

「どこ、まで…走るのです…っ!」

「あとちょっとだ!」

普段委員会で走り慣れているとは言え委員会で走っているのは下級生を気遣ってスピードは落としてある。今ほどのスピードで走ることは稀なのである。
楽しげに走る小平太は後ろでぜぇはぁ息を切らして着いてくる滝夜叉丸が愛おしくてたまらない。疲れたともう嫌だと思っていても口にせずに一心不乱に着いてくる後輩の姿が愛おしくてたまらないのだ。彼が初めて出会った時も涙目になりながら自分に着いてくる後輩が可愛くて可愛くてつい早さを上げて当時の先輩に怒られたものだった。今ではなんとかではあるものの見失うこともなくちゃんとついてきている。その成長が嬉しく思う。
そんなことに思いを馳せていたら目的の場所に着いたようで小平太が足を止めた。急に止まった背に驚きつつもぶつかる事もなく滝夜叉丸も隣に止まる。山道を全力で走った為に髪は乱れ、汗が伝いボロボロの装いだ。そんなことも気にせず小平太はにかっと笑いかける。

「着いたぞ滝夜叉丸!」

「は、はぁ…。此処に一体何があるのですか…」

肩で息をしつつ髪の乱れを手櫛である程度直してから小平太を仰ぎ見る。キラキラ子供のような顔で滝夜叉丸を見るその視線にうっとたじろぐ。決して嫌などではなく、余りに真正面から真っ直ぐに見られて照れただけだ。その証拠に頬や耳が走ったせいではない色に染まっている。

「滝、あのな。これを渡したくてな!!」

そう言って差し出されたのは何時摘んだのか花がいくつか手の中に。

「は、はぁ…。これは、千日紅と酔仙翁…ですか」

「綺麗だろ?」

にこにことご機嫌で整えたばかりの滝夜叉丸の頭をぐしゃぐしゃと掻き回す。もう抵抗する力がないのかされるがままで受け取った色とりどりの千日紅と酔仙翁を見詰める。ふと周りを見れば確かに千日紅や酔仙翁が咲き誇っている。しばし思案して撫で続ける手から避け、すたすたと歩きついと座り込む。特に気分が悪くなったとかではなさそうなので小平太は好きにさせていた。自分の目的が果たされて満足したようだ。日差しがじりじりと照っていてそろそろ帰った方がいいかと思っていた頃に、ずいっと目の前に差し出されたものに目を瞬かせた。

「お返しです」

にっこりと笑う滝夜叉丸の手には四葉のクローバーがあった。どうやら座り込んだのはこれを探していた為のようで。そっと受け取ったそれを見詰めて一瞬呆けたもののすぐに満面の笑顔になって目の前の愛しい子をぎゅうぎゅう抱き締めた。疲れているはずだったが、嬉しそうに抱きしめられる滝夜叉丸。
帰りはゆっくりこの幸せを噛み締めて帰ろう、そう決めた小平太だった。





奈緒ちゃんに捧げ物!
千日紅*「変わらぬ愛」「不朽」「変わらない愛情を永遠に」
酔仙翁*「いつも愛して」「ウイット」「機智」「名誉」
四ツ葉のクローバー*「幸福」「私のものになって」


これは私、田村三木からの平滝に対する考察である。
彼は私の一つ上で同級生役の平滝夜叉丸を演じている。
彼と滝夜叉丸は似ているところと異なるところがある。
似ているところは彼は世話好きというところ。
下級生役の子達の面倒もよく見ている。
大勢で楽しそうな声がするところに大概彼はいる。
他にも先輩役の七松小平太にも付き合っている。
役程ではないが小平太さんも体力は有り余っているらしく、良く滝とバスケやらバレーやらスポーツをしているのを見かける。
滝も体を動かすのは嫌いではないようで、苦笑一つで一緒にスポーツをしている。
しかし、やはり小平太さんと同等に動くのは中々大変なようでヘロヘロのボロボロになっていたりもする。
他にも似ている、というか同じところは美人だということ。
あまり外見に私は興味がないのだが、彼は綺麗だと思う。
まっすぐ前を見る横顔の凛とした表情や筋の通った鼻、柔らかく弧を描く唇、長い睫毛に縁どられた瞳、バランスが良いと思う。
知り合いだからという欲目を抜いても美人だ。
そして、彼は優しい。
私と台本読み合わせしているとき、役が抜けきらなくて三木エ門のように喧嘩腰になってしまう時がある。
そんな時は役に合わせて一緒に喧嘩してくれる。
気付いて謝ると役の練習になったから、と笑って許してくれる。
私は申し訳ない気持ちが増長するのだが、一緒に笑ってしまう不思議な空気をつくってしまう。
滝は謙虚だ。
そこが滝夜叉丸と異なるところだろうか。
疎まれている自己主張が無くなった滝夜叉丸が滝。
現場ではいつも誰かと一緒にいる。
笑顔が溢れている空間が、其処にある。
さて、ここで私が滝に対して考察しているのは何故か。

私が滝を好きだからだ。
ただそれだけ。

考察はこれぐらいにしておこう。
もうすぐ撮影の時間になる。
今日は滝と喜八と三人での撮影だ。
私の視線の先には滝と喜八が話に花を咲かせているところだ。
パイプ椅子に並んで座って台本を手元に置きつつ開かれている様子はない。
喜八も喜八郎と同じように滝に懐いている。
懐く、というか好いているのだろうか。彼も私と同じように、滝を。
時折送られてくる視線にはその意味が込められている、そんな気がしてくるのは周りを敵だと思っているからだろうか。
いや、別に私と滝は付き合っているわけではない。
告白すらしていないから、いや、するつもりは毛頭ない。
最初、滝が好きだと気づいたのは三木エ門を演じ始めてすぐだった。
頭はいいはずの滝夜叉丸と幼稚な喧嘩をする三木エ門の気持ちを考えていた時、ふと、三木エ門は滝夜叉丸をどう思っているのだろうか?と、疑問を持ってからだ。
それから、滝や滝夜叉丸の時の滝を観察し始めたのだ。
滝のことを見ているとなんとなくだが、滝夜叉丸のこともわかってきた。
彼のプライドの高さや実力、容姿などは努力からなるものだと。
そして、努力を晒すことは滝夜叉丸にとって恥と捉えている節がある。
滝がその辺をどう捉えているかは私にはわからない為、完全に理解することは難しそうだ。
私が観察を始めてから分かった事は、滝の周りには常に人がいる、ということ。
その理由はなんとなく分かる。
何故なら、傍が心地いいからだ。
役でも体育委員会でさりげなく後輩を助けたりなど、気遣いが出来るキャラクターではあったが、それは滝にも言えたことらしかった。
して欲しいことを先回りして用意してあったり切り出しにくい話題も代わりに話してくれたり落ち込んでる時はそっとただ傍に居てくれたり。
言葉には出来ない、優しい空気で包まれているんだ。
私はそんな滝が好きなんだ。
けれど、役の世界なら男色は嗜み、とも言うが。今は現代。
この時代に同性は悪、とまではいかなくとも歓迎はされない。
元々私はノーマルであるし、男に劣情を含む好意を抱いたのは滝が初めてだ。
最初こそこの気持ちを戸惑いもした。
なんたって滝の迷惑にはなりたくはなかった、滝に嫌われたくはなかったからだ。
表に出さずにずっと隠していくと決めたのは其処から。
そして今に至るわけなのだが。
喜八がちらちらとこちらを伺っている。
隣にいる滝は苦笑しているのが見える。
私は少し距離が離れた所で壁にもたれて立っているので話は聞こえない。
一体何の話なのだろうか。
ふと、滝が私に手招きしてるのが見える。

「なんだ?」

「三木さー、滝のこと見すぎじゃない?」

喜八が言う。
それはそうだろう。
観察しているのだからな、ライバルとして。

「三木は役に対して真面目だな。尊敬に値する」

滝が優しく微笑んで言う。
不思議な罪悪感。
もちろん、言っていることに偽りはない。
観察を始めた切っ掛けは三木エ門を理解しようとしたことだから。

「滝を見てると滝夜叉丸に対する三木エ門の気持ちがわかると思ったんだ」

「それでぇ?わかったの?」

間延びした声で喜八が滝にもたれ掛かりながら私に問う。
重いだろうにしっかり受け止めてやらせたいようにしている滝。

「滝が優しくて滝夜叉丸とは違う事がわかった」

「はぁー、それだけぇ?」

子供のように口を尖らせてぶーぶー文句を言う喜八の額に軽く拳を当てる。
何が不満なのだ。
拳の当たった部分を大げさに抑えてこちらを見つめる喜八の真意がわからない。
目の中を見ても読めない、表情豊かな割には心を読ませない彼は少々苦手だ。
だが、嫌いではない。
真剣に演技に取り組む姿や周りの人に対する態度。
決して悪い奴ではないと教えてくれる。

「別に三木がどうってことはないけどさぁ。ちょっと視線が熱すぎない?」

滝ちゃんが火傷しちゃうよぉ。
間延びした声が私を包む。

「・・・そんなに熱い視線送っていたか?」

「え?あぁ、いや、私は気にしていないし大丈夫だ」

急に自分に振られて抜けた声が出たのが恥ずかしかったのかへにゃりを笑いながら答えてくれる。
とても可愛いと思います。
顔に出さないように心の中だけで満面の笑みで応える。
しがみついている喜八をよしよしと撫でている滝はまるで母親のようで、いつまでも飽きない光景だ。

「三人さーん、そろそろリハ行くよー」

スタッフからの声が私たちに届く。
喜八が猫のようにするりと私と滝の間をすり抜けてセットの方に行く。
それに倣いセットに行こうと歩き出した時、滝がそっと背中を押してきた。

「そんなに見つめられてしまっては気付かない訳にはいかないだろう?」

「・・・え」

悪戯が成功したような子供の笑顔を浮かべた滝がこっそりと耳打ちしてきた。
その言葉の意味が解らなくて呆けた顔で見つめ返した。

「熱視線、穴が開いてしまうよ」

にっと笑って喜八の後を追う滝。
私は、信じられなくて立ち尽くしてしまった。
つまりは、私の気持ちは彼にはバレバレだったということで。
理解したと同時に頬が暑い私は叫んでいた。

「喜八郎ー!穴を掘ってくれ!!!!」

・・・あぁ、埋まりたい・・・。







寝静まった六年長屋に灯りがついたままの部屋がある。
ろ組の部屋だ。部屋の中にいるのは中在家長次。もう一人七松小平太が居るはずなのだが、姿は見えず。その代わりに四年平滝夜叉丸がそこに居た。
しかし、滝夜叉丸は寝ていてその場所は長次の膝の上だ。静かに寝息を立てる滝夜叉丸を優しく撫でてているその手は止まることはなく。
部屋には長次が読んでいる書物のめくる音と二人の呼吸音のみが響く。
時 刻は夜半辺りだろう。居るはずの小平太はいつもの如く鍛錬へと出向いているのだろう。ならば何故此処に滝夜叉丸が居るのだろうか。答えは簡単だ。単に小平 太が呼び付けたのを忘れて鍛錬へと向かってしまったからだ。不幸中の幸いというか、まだ長次が居た事によって部屋に留まり待つ事が可能となった。ただ、そ れが良い事かと問われれば首をかしげてしまうことになるが。
滝夜叉丸が寝てしまってからどれだけの時間が経ったか、ドタドタと忍びからぬ音を立て歩く者が居る。待ち人の小平太だ。

「長次ただいまー!・・・ん?滝夜叉丸?」

「・・・小平太、静かに。呼び付けておいて忘れるのは可哀想だ」

静かな口調で淡々と諭され、少し反省したように見えた。恐らく見えただけだ。小平太の帰宅に気付かず寝たままの滝夜叉丸にむっとしつつ、鍛錬でついた泥を叩いてから部屋に入る。そうしないとすぐに廊下に逆戻りさせられるからだ。

「長次、滝、どれぐらい寝てるの?」

忍服のままの滝夜叉丸の正面に座り込んでその顔を観察する。なんとも安心しきった顔で不穏な気持ちが胸に渦巻いていく。優しく撫でる長次にもじりじりと焼けるような気持ちになる。読んでいた書物を閉じ、小平太に向き合う。

「・・・小平太が鍛錬に出てからすぐに来て・・・その一刻後くらいに寝始めた」

「ふぅん・・・」

「小平太、もう少し平に優しくしてやれ」

だから寝てしまったのだ、と。サラサラの髪を撫でて優しい眼差しで滝夜叉丸を見る。その目を見たくなくて寝ている滝夜叉丸を強引に抱き寄せる。その勢いに流石に目が覚めた滝夜叉丸は状況が解らなくてパチパチと瞬きをするに留める。

「・・・ちょっと出てくる」

「小平太、」

「長次も好きだけど滝は渡さない」

未だ状況が分かっていない滝夜叉丸を肩に担ぎ、帰ってきたばかりの部屋を後にする。

「な、なまつせんぱ・・・っ、あの、どうなさったんです、か」

担ぎ上げられている為に振動で言葉が途切れ途切れになってしまう滝夜叉丸に言葉を返すことはなく、ただ歩く小平太。
返 答がないことに不安を覚え、しかし成す術はなく。大人しく担がれるのみ。小平太が向かう先はどうやら空き部屋らしく。六年にもなると、向いていないと辞め ていった者も多くなり、他学年より部屋が空いていたりするのだ。乱暴な手つきで戸を開け、投げるように滝夜叉丸を其処に押し入れる。四年ともなれば受身ぐ らい取れるが、多少の痛みは伴う。体勢を整えてから自分を放り投げた彼の人を見る。
元より今は深夜なのだ。月は出てはいるが微かな光で当てにはならない。暗い中、小平太の表情は読めず、滝夜叉丸に緊張が走る。

「七松先輩、如何されたのです・・・」

恐る恐る声をかけてみるとじわりと汗が吹き出してくる。滝夜叉丸が思っていたより緊張しているようで。それもそのはず。本来であれば向けられる筈もない殺気が小平太からにじみ出ているのだ。何に対して怒っているのか滝夜叉丸には解らない。

「滝夜叉丸は、長次が好きなのか?」

漸く口にした言葉に余計に理解が及ばなく。一瞬呆けた顔になってしまったことが余計に癪だったようで。

「私より!長次の方がいいのか!と!聞いている!!」

「っ!何を、仰っているのか、分かりません・・・っ」

びくりと肩を揺らし、後ろに下がってしまう。それを見て開けたままの部屋の戸を締め切り、滝夜叉丸に迫る。それが恐怖で。

「あ、の。七松、先輩、何かしてしまったのなら、謝ります、ですから・・っ」

「私が聞きたいのはそんなことじゃない」

ダ ンッと両肩を強く押され、床に縫い付けられる。肩を抑えられたら起き上がることは難しい。そもそも、体格差のある相手に押し倒された時点で起き上がること は難しいだろう。滝夜叉丸は何に対して怒られているのか解らなくてただ恐怖で微かに震えていた。それに気付いてはいたがそれよりも己のどす黒い感情が抑え られなくて、唇を噛んだ。

「優しい長次の方がいいのか?私じゃあ配慮が無くて嫌なのか・・?」

言葉に勢いが少し無くなって押さえつけている手からも力が抜けた。

「七松先輩・・・?何のことを仰っているのか分かりかねますが、私は七松先輩が好きです、よ・・?」

少し自由になった手でもふもふの髪をやんわり撫で付けて少しでも小平太の気持ちを沈めようとしたのだが、その手も取られ。
床に再び縫い付けられることとなった。その力強さにじわりと嫌な汗が滲む。

「滝、私はお前を手放すつもりはない」

勢いがなくなったと思ったのも束の間。ギラリと光るその眼の奥には獣が潜んでいる。狙いは滝夜叉丸だ。肌が泡立つ感覚を感じてこれから起きる事を予感した。抗ってでも逃げなければ、体を捩っても力の差で勝てるはずもなく。

「逃げるつもり、なのか?」

いつもの小平太の話し方よりずっと落ち着いて静かな声に一層恐怖を煽られる。

「い、やです、やめてくださ、い」

ガ タガタと体が震えるのを抑えられなくてじわりと瞳が潤む。その怯えた様子が気に食わないのが眉根に皺が寄り、手を拘束していたのを外し滝夜叉丸の鎖骨あた りを圧迫して起きれなくした。それから空いてる片手で帯を外した。その行為にびくりと体が揺れる。するりと入ってくる小平太の手に息を呑む。

「な、なまつ、せん、ぱ・・・お願いします、やめてくださ、い」

圧 迫されている手に縋りながら溢れた涙もそのままに滝夜叉丸は小平太に懇願する。その姿にぞくりと嗜虐心が芽生えるのを感じ、目を細めた。か細く震える手を 無視して手を進めていく。袴の中で蠢く感触が気持ち悪くてなんとか逃げようと身を捩っても小平太から逃れれるはずもなく。滝夜叉丸自身に触れられて、びく りと体が跳ねる。乾いた感触が緊張で敏感になった肌に触れる度にじりじりと焼けるような感覚に腰が浮く。するりと小平太の手が擦り上げてじわりと快楽を起 こそうとしていた。やわやわと握るように刺激を与える度に堪えているような息遣いが聞こえる。

「ぅ、やめ、せんぱ、い」

ぼろぼろと滝夜叉丸の目から涙が溢れるのを見て探る手が止まる。

「滝、私のことは嫌いか?」

「ぇ、」

圧迫していた手から力が抜け、滝夜叉丸の頬をなぞって滑る。優しげな手付きに目を見開いて小平太を見る。微かに見える表情は泣きそうで悲しそうで滝夜叉丸を 見詰める目に先程の獣が姿を潜めている。そろりと撫ぜていく手が先程と同じものとは思えなくてただ戸惑いが胸に広がり、滝夜叉丸は返答に困っていた。普段 であれば先輩として尊敬しているし、好きだと思う。だが、小平太の好き、はこれとは同じではないのであろう。

「私より、長次のほうがいい?」

すっかり暴君は身を潜め、悲しげに項垂れている。

「わ、たしは・・・、あの、」

混乱したままの頭でどれだけ伝えれるのか。確かに、乱暴されかけたのは怖かったし、嫌だったのは事実だ。それでも嫌えない事も事実だ。

「七松先輩が、嫌いではありません。ですが、七松先輩の望む答えは持っていません」

「・・・長次は?」

「中在家先輩、ですか・・・?えっと、嫌いではありませんが・・・。先程から何故中在家先輩の名前が出てい
らっしゃるのでしょうか・・・?」

むぅ。と口を尖らせて、むくれた様な顔を見せる小平太は滝夜叉丸が知っている普段の小平太に近い。それにほっと安堵して体から力が抜ける。

「あの、七松先輩、起こしてもらえませんか?背中が痛くて・・・」

「ん、あぁ。そうだな」

よっと軽く滝夜叉丸を引っ張って起こす小平太はすっかり普段通りのようで。滝夜叉丸はちゃんと向かい合った小平太の奥に獣が居ないかじっと目を見る。その視線に気付いたようにがりがりと頭を掻いて目を逸らす。その仕草にふ、と息を漏らし乱れた袴を直す。

「あー、と・・・すまん、理性が飛んでた」

「・・・七松先輩が呼んだんですよ?」

「・・・うん」

「それを忘れて鍛錬に行ったのは七松先輩ですよ?」

「・・・すまん」

「その内戻ってくるだろうと中に入れてくださったのは中在家先輩ですが特に何もありませんでしたよ。私の不覚で寝てしまいましたが」

「そう!そこ!!なんで滝夜叉丸は長次の膝で寝てたんだ!」

外していた視線が勢いよく戻ってきて少し反射的に後ろに仰け反る。怒っているような表情を浮かべた小平太を諌めるように前に手を出して弁解する。

「実は私もよく分からないんです・・・。気付いたら先輩が居ましたし・・・。恐らく寝辛そうだったので膝を貸していただけたのではないでしょうか?」

純粋に善意だと信じている目をされては小平太も布団に寝かせばいいではないか!と反論しづらく、うぐぐ。と黙るしか無かった。とりあえず小平太の確認したかった事は出来たと言えばそうなのだが、これ以上無体をして嫌われでもしたら元も子もない。そう思えば正気に返れた。

「七松、先輩。あの」

「滝」

遮るように言う。

「私は諦めないからな!私の傍から離す気はない!もちろん長次にやるつもりもないからな!」

「・・・望むところだ」

「中在家先輩!?え、いつから居らしたんですか?!」

すらっ開いた戸には長次が立っていた。滝夜叉丸は目を白黒させていたが小平太は気付いていたようで挑発的な眼差して見ていた。

「あの、話が、見えないんですが」

一人中心人物のはずなのに何故か蚊帳の外で小平太と長次が本人を目の前に戦いが始まっていた。
とてもやっかいな戦いに巻き込まれたことだけは確かで。そっと、これからを憂いため息をついた。しかし、きっとこの先輩たちを嫌いにはなれないのだろうという予感もした。そっと小平太と長次を見て自然と笑顔になれた。


リクエストのものでした。