小説置き場。腐向けなりー -2ページ目

小説置き場。腐向けなりー

忍、た。まで腐向けなお話置き場。要注意。


「先輩、七松先輩。そんなになんで不機嫌なんですか?」

六年長屋の廊下に座って居るのは四年生の平滝夜叉丸。
ある角度から見れば滝夜叉丸が毛玉の化け物に襲われているようにも見える光景だが、毛玉の化け物には胴があり手足もある。
それは毛玉の化け物等ではなく、滝夜叉丸の先輩に当たる六年生の七松小平太なのだ。
滝夜叉丸の腰回りに腕を絡めていた手を解き、仰向けに寝転がる。
それは所謂、膝枕に相当するもので。
小平太の顔は上に向くという事は、表情も露になる。
出てきたのは、あからさまに不機嫌です、といった様に口を尖らせ頬をぷくりと膨らませた顔。
それは幼子が駄々をこねているようで、先輩に抱くには些か場違いな感情が浮かんでくる。
可愛らしさで緩みそうになる頬を慌てて引き締め、殊更優しく問い掛けた。

「七松先輩、何がご不満ですか?」

「…それ」

手入れなどされていないだろう髪を優しく撫でると、それはお気に召した様で、引き締まっていた眉間が緩んだ。

「それ、とは…。何の事ですか?」

また拗ねた表情に戻った小平太に先輩?と優しく、殊更優しく問うた。
此処でご機嫌が底辺に達したら今後の委員会に影響が有る為に滝夜叉丸は慎重に事を進めようとしていた。
以前、小平太のご機嫌が底辺に達した時、滝夜叉丸はともかく、下級生が到底耐えきれない内容をごり押ししてきたのだ。
その時は、見かねた六年生達が救出してくれたのだが。
因みに、小平太は同室の中在家長次に説教されたそうだ。
二の舞は踏みたくないのだが、滝夜叉丸には思い当たる節が無く。
首をかしげるのみだった。

「…滝は私のこと名前で呼ばないよね」

「はい?」

虚を突かれた答だった為にすっとんきょうな声で返事をしてしまい、更にその音が気に食わなかった様でがばりっ、と勢いよく起き、滝夜叉丸に詰め寄る。

「だって!綾部も田村も斎藤も三之助も四郎兵衛も金吾も名前で呼んでる!」

「いや、だって、喜八郎達は同級ですし、三之助達は下級生ですし…」

「私が上級生だから!?」

そうとも言えるし、違うとも言えるような。
滝夜叉丸にとって、七松小平太は七松先輩なのだ。
どうしたものかと思案していると、小平太が穴が開くかと思うほど滝夜叉丸を見詰めていた。

「…私達、恋仲なのに、名前で呼んでくれないの?」

拗ねた、というより置いてきぼりを食らった犬の様な表情で。
そんな表情をした人を無下に出来るわけも無く。
そもそも、名前で呼ぶことが嫌なわけではないが、どうにも馴染んだ音ではない呼び方に違和感を覚えるので、条件付きで提案した。

「では、二人っきりの時のみ名前で呼ばさせて頂きます」

「今!」

「い、今、ですか…?」

確かに現在、周りには人は居らず二人っきりだ。
今!とねだってくる小平太に根負けした滝夜叉丸が恐る恐る音を出した。

「…、こ、小平太、さん…」

あぁ、何故だか恥ずかしい!と顔を覆っているその上から小平太が勢いのまま押し倒した。
滝夜叉丸が頭を打たないように手を挟んだのは流石だとは思えども、背中は強かに打ち付けているので睨まれても仕方無い。
痛みと羞恥で涙目になっている滝夜叉丸にはお構い無しにぎゅうぎゅうと抱き締める。

「滝、滝夜叉丸!」

「はいはい、なんですか」

「好き!」

「私も好きですよ」

なはは、と笑う彼に結局許してしまう滝夜叉丸。
そっと、抱き締めてくる小平太の背に腕を回した。
惚れた弱味、という奴だろうか。
その後、物陰や空き部屋に連れ込まれる滝夜叉丸を度々目撃されたとか。


六年長屋は鍛錬に出た者、課題を済ませ床に就いた者と様々だ。
い組の潮江文次郎、立花仙蔵の部屋では、文次郎が鍛錬に出ており部屋には仙蔵のみ、の筈だった。
蝋がジリジリと燃え、部屋に明かりを与えている。
机に向かい、筆を走らせる仙蔵の後ろに人影。
五年い組の久々知兵助だ。
彼の視線は淀み無く筆を走らせる仙蔵の背中だ。
正座したまま姿勢良く微動だにすること無くただ、背中に視線を送り続ける。
その事に気付いてはいるものの、行動に出ないなら、と放置しておいたのは仙蔵だ。
お陰で背中が燃えるような熱視線を受けることとなった。

「…久々知、いつまで見てるつもりだ」

切りがついて筆を止め、兵助に話し掛ける。

「立花先輩が、こっちを見てくれるまで、です」

その返答に折れたのは仙蔵だ。
兵助は文次郎が鍛錬や委員会で居ない隙を狙っては度々部屋を訪れていた。
どうやら、仙蔵を好いていると言うのだ。
普段は豆腐に愛を注ぐ豆腐小僧の異名を取るだけあって突飛な行動で仙蔵を驚かせた。
仙蔵にはその気は無く、一蹴すると今のような行動に出たのだ。
余り関わったことのない後輩から慕われて悪い気はせずとも扱いに困るのも事実で。
一つ嘆息し、漸く兵助に向き合った。
真っ直ぐに見据える一つ下の彼の意思はどうやら固いようで。

「久々知、おいで」

手招きをし、傍に寄らせる。
忍のたまごらしく音もたてず静かに距離を詰める。
蝋の明かりに照らされた兵助の顔は整っていて美形と言えるだろう。
それは仙蔵も同じなのだが、仙蔵は中性的な色香が漂っており、兵助とは別次元の美形だ。
黙って居れば色男と呼ばれるのではないかと思われる顔立ちをしている兵助。
間近でまじまじと見たのはそれが初めてで、どうにも興味が湧いてきた仙蔵は薄く笑い、兵助を片手で引き寄せる。
襟元を急に引き寄せられ、バランスを崩し、仙蔵の上に軽く乗るような状態だったが、横に手をついてそれを間逃れる。

「先輩…?」

「ふふ、気が変わった。良いだろう、その申し出受けてやろう」

一瞬目を見開いた兵助は嬉しそうに顔を崩した。
初めて見せた表情に仙蔵も笑い、兵助を引き寄せた。
触れる唇の熱に笑みを深くして後輩の頭を優しく撫で付けた。

もっともっと色んな表情を私に魅せて。


日報さんにあげたもの…

しっとり湿った早朝特有の空気が僕の鼻腔を突いた。
どうやら蛸壺を掘ってそのまま寝ていたらしく。
昨日は珍しく滝夜叉丸が探さなかった様で蛸壺の中で朝を迎えた。
一度部屋に帰らねば流石に泥だらけのまま授業には出れない。
固まった筋肉を伸ばして穴から顔を出す。
朝が開けたばかり、といった明るさだ。
それでも泥を落とし、着替えるには些か時間が足りないかもしれない。
早足で長屋に帰る。
部屋に居るだろう小言が煩い同室を思うと眉間に皺が寄る。
部屋の前まで来て、中には人の気配が無いことに気付く。
何だよ、僕の事置いてきぼりにしたのか。
文句を胸中で吐き、戸を開ける。
がらんとした部屋に何か違和感を感じて部屋に踏み入れるのを躊躇した。
その違和感が何か分からなくて、戸惑いのまま立ち尽くす。
廊下の向こうから同級生の田村三木ヱ門が歩いてくるのが見えた。
三木も僕に気付き目線を真面目に合わせる。

「おはよう、喜八郎。こんなとこで何してんだ?朝飯食べ損ねるぞ」

「…おはよう。ねぇ、滝、知らない?」

僕がそう、問うと、三木は首を傾げた。

「知らない。誰だソイツ」

ヒヤリとしたものが背中を走る。
いつも突っ掛かってた三木が滝のことを知らない、と。
そう、言った。
僕が無言で立ち尽くしていると、三木は変な喜八郎だな。と一言言ってそのまま食堂の方に消えていった。

「あれ?喜八郎君。おはよう、どうしたのー?泥だらけだよ?」

今度はタカ丸さんだ。
体に付いていた泥をパタパタ払ってくれている。
タカ丸さんは、無駄な嘘は、つかない、はずだ。

「タカ丸さん…。あの、滝、…滝夜叉丸を知りませんか…?」

ん?と泥を払ってくれた手を止めて僕の視線を受け止めてくれるタカ丸さん。

「…ごめんねぇ、まだ忍たま皆覚えきれてなくて」

えへへ、と申し訳無さそうに笑う彼に僕は足元が崩れた気がした。
でも、あくまで僕も忍だ。
表面化はしない。

「そうですか。スイマセン、変な事聞きました」

「良いよぉ。あっ、早く食堂行かないとご飯無くなっちゃうよ?」

「はい。じゃあ行きましょうか」

「え、そのまま行くの?まだ泥付いてるよ?」

歩きだした僕にタカ丸さんはまだ泥を落としてくれてる。
いいんですこのままで。
歩き出した時に見た部屋に違和感の正体を観た。
そこには滝夜叉丸の私物が何一つとして無かった。
最初から僕だけの部屋のようで。
食堂でまた三木に会って、泥だらけのまま来たことを怒られたり。
授業も委員会も何一つ変わりなく日常が過ぎていく。
ただ、滝が居ない。
それだけが違っていた。
僕は今日も蛸壺を掘っていた。
底に座って踏子ちゃんを抱く。
コラ、アホ八郎!
思わず上を見上げた。
滝の声がした気がして。
でも、其処には姿はなく、月明かりが煌々と降り注いでるだけで。
滝が居ない。
どうしてか、なんて僕には分からなくて。
悲しくて悲しくて。
やっと、僕は涙が流れてきた。
どうして滝が居ないの、どうして。
溢れる疑問を誰にぶつけれは
僕は蛸壺の中で泣き続けた。