夏休みに行田市消防本部で、市内の小中学校(今年は高校も)の先生方の参加のもと、応
急手当普及員講習が行われて今年で5回目になりました。
先日新潟県の高校の野球部の女子マネージャーがマラソンの後、命を落とす痛ましい事件がありました。
行田市でも数年前に、学校内で同様の重大事故があり、事故調査検討委員会に携わらせて頂き、聞き取り調査・現場検証・報告書の作成等を担当しました。(調査報告書概要)
その悲しい事件が風化しないように、毎年、教育委員会・消防と医師会で連携して、市内学校の教員を対象としたこの講習を行い、その中で、この痛ましい事故をもとにした事例検討をグループ学習で取り上げています。
こうした事例が学校現場に個人情報に十分配慮された形で、もう少し周知されていれば、さいたま市の明日香ちゃんの事故や、今回のような重大事故が避けられたのではないかと思う反面、事故の詳細を知られてしまう、ご家族の心情も当然察せられるところです。
感想文抜粋です。
検証の過程や毎年の講習の経過で分かった・・・
誤解・認識不足・葛藤
1AEDは止まっている心臓を動かす器械だと思われている誤解
2心肺蘇生でしてはいけない事
3死戦期呼吸の認知不足
4女子であることの救命リスク
5 個人情報と情報共有の狭間でのご家族の苦悩
1 今回の事故でも、行田市の事故でもAEDに対する誤解があるようです。
それは「AEDさえやっておけばよかったのに・・・」という事です。
「 AEDは心臓を動かす器械ではなく止める器械である 」という事実。
AEDは電気ショックを与えて心臓を動かすのではなく、心臓を止めて正常な収縮の回復を助けるだけ。心臓を動かすのは絶え間ない心臓マッサージなのです。
もう一つAEDの誤解は、「必要のない人に、危害を与えるのでは?」という危惧ですが、
AEDは自動診断を下すので、必要のないときは、ボタンを押す指示はでません。
電源を入れて、パット(電極のシール)を貼れば、後は音声ガイドに従えばOKです。
2 してはいけないことは、
(1)脈をとる事
専門職でも微弱な脈拍を触知するのはとても難しいことです。
また「脈がある!」ということでみんながホッとして、心肺蘇生をためらわせる危険性があります。だから脈をとるべきではありません。
意識があるのか、呼吸があるのかを判断する必要はありません。
意識があるのか、呼吸があるのかわからなければ、すぐに心肺蘇生を始めなければなりません。
(2)現場から動かす事(津波や火災等二次災害がある場合は除く)
その場で速やかに蘇生処置を始めることが救命率を上げます。
救急隊が到着するまで5分以上かかりますが、5分を超えると、脳はダメージを受けます。
そばにいる貴方が救わないと、その笑顔は戻らないかもしれないのです。
講習のなかでの教員からの質問❓
「子供たちがふざけて寝たふりしているだけかも知れない時は?」
に対しては
「すぐに全力で心肺蘇生を始めて下さい、寝たふりしてからかっているだけなら痛くて起き出すでしょう。命の大切さを身に沁みさせてあげて下さい。」と答えています。
アメリカのシアトルでは、おちおち公園で寝ていられないそうです。
何故なら、≪ベンチで寝ていると心肺蘇生をされそうになる≫という冗談とも本音ともつかない話があります。そのくらい心肺蘇生の意識が高く、千葉市でも医師会が中心になって「心停止を起こすなら千葉市で」という活動をしているのを知りました。
3 死戦期呼吸の認識不足
講習中参加者に「人の死ぬのを見たことがある人?」と聞きますが、毎回ごくわずかです。 核家族化で人の死ぬ姿を見ることはなくなり、死は忌み隠されることになりました。
今後日本は多死社会となり、皆が病院で死ぬ事はできなくなります。
在宅死が稀でなくなる日も迫っています。
講習会中に死戦期呼吸を皆さんに実演して見せます。
しゃっくりをしているようにみえますが、有効な換気ではありません。息が止まっているのと同じです。
4女子であることの救命リスク
女子生徒が倒れていたら、その場(現場から動かしてはいけません)で胸をはだけてAEDのパットを付けるのに躊躇しない人はいないと思います。それも呼吸をしていると思っているのなら、なおの事。
今回も明日香ちゃんも行田市の事例も全て女子生徒です。
そのために、救急現場に応援に駆け付ける先生方はブルーシートで遮蔽をしたり、他の生徒を他の場所に誘導する必要があります。心肺蘇生のチェックリスト・記録用紙・ブルーシート・携帯電話など、パッケージ化した装備を普段から準備し、最悪の事態を想定した訓練しておく必要があります。
5 個人情報と情報共有の狭間でのご家族の苦悩
この件はとてもデリケートな面があるのでこの場では控えさせていただきます。
各地で小中学生に対する救命講習が広がっています。プッシュプロジェクト
命の大切さを教える事で、いじめや自殺の防止につながると期待できますし、トレーニングを受けた子どもたちが大人になって、自宅で、街中で心停止を起こした私たちを、ためらいなく救ってくれると思います。医師会はこの取り組みを市に提案しています。
命の大切さを教える以上に価値のある授業はないと思います。
行田市医師会は当市の事故生徒の心疾患に留まらず、調布市の学校でおきた食物アレルギー事故その他、安全であるはずの学校での痛ましい事故に対して、心からの反省と再発防止のたゆまぬ実践を続けることが、事故生徒や保護者の無念さに報いる唯一の道であることを肝に銘じて、命がけで伝えてくれた教訓を胸に教員・消防・ご家族、その他地域みんなの力で、子どもたちを守ってゆきたいと思います。