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寝言のような考察録

長ったらしい寝言

日々の生活でイライラしたときに、ついついブログでそれを書いたりしてしまうんですけど、そろそろそういうことをやめたいなと最近思うようになってきました。

自分のイライラはそれで多少は晴れるんですけど、やっぱり読んだ人はイヤーな気持ちになりますよね。

僕の場合はなまじ、ボキャブラリーや比喩、レトリックを駆使して、話を無理やり面白くすることができるから、相当ひどいことを言っていても、もしかしたらブラックユーモアの範疇として許してもらえているのかもしれないし、
人によってはそれを僕らしさとして認識しているのかもしれないけど、

そういうユーモアの仮面を剥ぐと、本質的にはやっぱり誰かの悪口書いて「自分は悪くない。俺ってアタマいいだろ」ってことを主張しているだけの文章なんですよね(笑)。

そういうのをそろそろ卒業したいと思っています。

まあ、比喩とかがバシッと決まったときの快感はやみつきなんですけどね(笑)。
そういうテクニックはフィクションの笑い話の中だけに留めるようにしようと。

自分でこんなこというと何様だと思われてしまうんでしょうけど、今の僕は口喧嘩は相当に強い方だとは思うんですよね。

何故かというと、相手の事をよく調べて分析して、一番相手が反論しづらくて痛がる言葉を、一番効果的なシチュエーションで叩きつけて「ほら、だからお前はダメなんだよ、わかったろ?」と、相手も納得するロジックでやりこめる事ができるから。

でも、それで口喧嘩に勝っても、相手からとてつもなく恨みを買うだけで、こちらの気持ちはまったく晴れないし、結局は生きづらさは変わらないので、ほとんど実践したことはないですが。

結局、自分が投げかけたひどい言葉は、いつか必ず自分に返ってくるんじゃないかということに遅蒔きながら気がつきました。

逆に、前向きな言葉を投げかけ続ければそれは別の形で自分を後押ししてくれるエネルギーになるかもしれないと。

きっかけはFacebookだったんですよね。
始めた頃は、誰も彼もがポジティブなこと書いてて、「なんて嘘臭い世界なんだ」と想っていたんですけど(笑)、毎日相手にポジティブな反応をし続けていくうちに、「こっちの方が、誰かの悪口を面白おかしく書くより気持ちいいな」と感じるようになったんですよね。

そんなわけで、これからは、同じ能力を、相手の良さを見つけて誉めて、誰かの気持ちを明るくしていく方向に活かしていけないかなと考えています。

呪いよりは祝いを。
呪詛の言葉よりも祝福の言葉を。

ちょうど、ナイフを持った暗殺者がそのテクニックを応用して外科医に転職するみたいに(笑)。

人間、そう簡単には変われないとは思いますが、そういう努力をしていこうと思いました。