やらされ感その2 | 寝言のような考察録

寝言のような考察録

長ったらしい寝言

前回の日記でソーシャルゲームがあまり好きになれない、ということを書かせてもらいましたが、その理由について追記しておこうと思います。

理由は大きく二つあって、一つは、前回も書いたように、単純作業の繰り返しばかりやらされるのが端的につまらない、というものです。
華やかなイラストやストーリーで飾っているけれど、根っこは誰がやっても結果の変わらない単純作業。

その単純作業を少しでも短縮したければ金を払ってアイテムを買いましょう、みたいな流れも単純。
奥行きを感じないんですね。


で、もう一つの理由。
これが一番大きいんですけど、

ゲームを作っている側の、「金儲けしたい」みたいな姿勢が余りにも露骨で鼻について、醒めてしまう、というものです。

「とにかく長い時間プレイさせて金を落とさせよう」
っていう魂胆が見え見えで、

クリエイターの人達がそれを隠そうともせずに、むしろ自分が如何にそのプロセスで巧妙にそういった工夫をしてきたか、を自慢げに語ってたりするじゃないですか。
分かったような顔つきで。


ああいうのが嫌いなんですね。


発想がそもそも違っていて、

昔のゲーム会社みたいな
「面白いゲームを作ろう、そしてそれを沢山売る工夫をしよう」

という発想じゃなくて、

「とにかく利益を出そう。そのためにはこういう仕組みづくりをすれば、ユーザーは心理的に中々やめづらくなるし、お金を落としてくれるんじゃないか。」

という発想なんですよね。

スタート時点ですでにゲーム屋の発想じゃないんですよ。どちらかというと罠を仕掛けるハンターの発想なんですよ。

色んなクリエイターのインタビューを読んでいると、どうも自分達自身が「ゲーム作りという名のゲーム」に興じている部分が見受けられるんですよね。
大衆を踊らせてお金を絞り出すゲームを作ったチームが勝ち、という刺激的なゲームを。。。

結局何事も商売だから、もちろん綺麗事は言ってられないけれども、それにしても、ちょっと商売人としての品がないんじゃないかなと感じてしまうんです。

かつてゲームが三度の飯より大好きだった元ゲーム少年のぼやきです。