他人の物語を信じないということ① | ゆるゆる現実創造*Yukiko

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日々実践、実験している記録。

こんにちは!

さとう式セルフケアマスターのYukikoです。

 

さとう式の考案者である佐藤先生は

そのときそのときでブームがあります。

 

わたしがセルフケアマスター養成講座を受けていたときは

交感神経と副交感神経、

いわゆる自律神経がブームでした。

 

佐藤先生のブームというのは、切り口ということ。

すごいのは、どのブームのときも

結局はすべて同じ着地点へと向かっている、ということです。

 

むずかしいので細かいところは理解できなかったりするのですが笑

ただただ、すごいなあということだけはわかります。

 

そしてここしばらくのブームというのが「ソース」でした。

 

このソースというのは

どちらかというとわたしはスピリチュアル用語で

考えたほうがわかりやすかったのですが

 

イメージとしては

すべてのものの根本、

 

という感じでしょうか。

 

スピリチュアル用語でいうと

アカシックレコードが近い気がします。

 

アカシックレコードは

どちらかというとあらゆることすべての知識の集約、

それらの集まった図書館、というイメージなので

もっともっと根本的なところ、

それらすべての知識の根本、がソースという

わたしはそういう認識です。

 

そう、すべてのものの根本、

共通点がソース、ということなのです。

 

佐藤先生は「ソースとつながる」という表現をされています。

スピリチュアルな人たちも、

宗教家な人たちも

様々な発見や発明をした人たちも

みんな、ソースにつながっているのです。

ソースにつながったことで、

様々なことを成し得たり、生み出したりしてきたのです。

 

そこで大事なのは、

重要なのは、

それらはすべて「その人の物語である」ということ。

 

おそらくほとんどの人は

そこに目や意識がいってしまって

それは他人のものであるということを忘れ

無意識に無自覚に振り回されてしまうんですよね。

 

重要なのは、見るべきなのは

その根本のところで

そこから自分がなにを創造するか、ということなのに

その他人の物語をすばらしいと思ったために

信じて、疑うことなく、

それらを自分のものとして受け入れようとしてしまうわけです。

 

あくまでそれは人のものなので

どこかで食い違ってくるか

しっくりこないことが出てくるかなどがあるはずですが

多くの人はそれに気づかないか、

気づかないふりをし続けるか、なんですよね。

 

正直これは本当に耳の痛い話で笑

 

わたしはこれまで、

とにかく他人の物語を探す、ということをし続けてきました。

その中に自分にぴったりものがあるはずだと

どこかに存在しているはずだと

ずっとずっとそう思って探し続けてきたのです。

 

漫画、小説、音楽、ビジネス書、自己啓発、スピリチュアル系。

 

あらゆるものに触れてきましたが

様々なものに手を出してきたのは

どれかに自分にぴたりとはまるものがあるはずだと

それはまだ出会っていないだけだと

そう思ってきたからなのです。

 

でも、そうじゃなかったんですよね。

わたしが本当に欲しいのは、そうではなかった。

 

わたしは本当は、わたしの魂はわかっていたはずなのです。

わたしが欲しかったのは、

わたしがずっと探していたのは

それ自体ではなく、

それらの共通点、

それらのもっともっと根本的なところ、

ソース、だったということを。

 

だからたくさんのものに触れ、

共通点を見出そうとしていたのかもしれません。

でもわたし自身、わたしの思考は

そのことにまったく気づいていなかった。

 

上辺の、他人の物語を見ていただけだったのです。

見るべきは、そこではなかったのに。

 

わたしがすべきだったのは、その次のことでした。

 

他人の物語に触れるのはいいのです。

そのこと自体はまちがってはいないのです。

 

大事なのは、そのあとで

自分の物語を生み出すこと。

 

創作をする、ということなのです。

 

物語を生み出す、創作する、というとわかりにくいかもしれませんが

すべてのことがこれにあてはまります。

 

たとえばなにかをつくりだすという行為はすべてそうですし

日々の家事や料理なんかもそうです。

自らする行動も創造のひとつなので

どこかへ行く、旅行する、ということも含まれるでしょう。

 

なので創造というのは

自分で自らやってみる、行動すること、といえます。

 

そしてそのあとに、それらを続けていくことにより

共通点を探っていくこと、

それらの根本的なところを見ていくこと、

それがすなわちソースにつながっていく行為なのかな、と思います。

 

そうしてソースにつながった人がようやく

本当の意味での自分自身の物語を紡いだ、ことになるのではないかと

佐藤先生の最近の投稿などを見て、わたしはこのように解釈をしました。

 

それでいつものように、

この切り口はどこへ終着していくのかというと

やっぱりさとう式、なんですよね。

 

さとう式のセルフケアというのは、自らする行動です。

しかも人間の物質的な構造の

とても基本的なところにはたらきかける行動です。

 

さとう式がすごいのは、

あまりちゃんと理解していなくても

真似するだけである程度の結果が出る、ということ。

 

これはなぜかというと、

「物語」の部分を極力排除した状態の行為だからです。

 

つまりさとう式のセルフケアは

ほとんど「物語」を必要としないので

だから誰でもできるし、誰でも結果が出る。

 

そして重要なのはこの次で、

だからこそ、そこからすぐに自分の物語へとうつることができる、ということなのです。

 

通常は、まず他人の物語から入ることがスタートなので

ソースにつながるためには、そこを読み解くことが必要になります。

そうしていったんそこを理解し、

ほかの物語にも触れ、

そこからようやく根本的なところ、共通点を探す、という流れです。

 

でもさとう式の場合、

そもそも提供してくれているのが

それらを排除した状態の、

すでに根本に近いところのものなので

だからこそシンプルだし、余計な部分がないし

一見かんたんすぎて、

ほんとに?と疑わしくもなってしまいますが

それは理由として、そもそもがソースに近いから、なのだと思います。

 

だからわたしたちがやるべきことは、

さとう式を知り、学び、日々実践しているわたしたちがすることは

これをどのように活かしていくか、

これをどのように自分の物語に組み込んでいくか、ということなんですよね。

 

わたしがさとう式を知ったとき、「これだ」と思ったのは

自分の身体をよくしてくれる方法に出会った、というだけではなかった。

 

さとう式って、やっぱりすごいです。