こんにちは😊
産後ケアを必要だと
思っている私になった理由~vol.1~
私は、24歳で結婚し
27歳で妊娠をしました。
結婚して子どもを育てることが
当たり前かのように育った私。
姉や親族も
結婚したら妊娠、出産。
その流れが当たり前に私も、と思っていました!
が、生理不順もあったので
婦人科でちょっと診てもらうと・・・
無排卵だと言われました
検査で高プロラクチン血症と診断され
薬を飲み始めることになりました。
※高プロラクチン血症…血中のプロラクチン値が高くなっている状態
月経不順や乳汁分泌が起こったりする
乳首から液体が点くらい
(表現がわからんけど、全然気にならない程度😂)
出ていることは知っていたけど、
(その頃は)まさかの診断。
今思えば、
ここから不妊治療が始まったのかな、
と思います!
妊娠したいから、ちょっと体の状態を見てもらおう
と、流れにように始まった
不妊治療でした。
無排卵から排卵できるように体を整えていきましたが
月1くらいで通う婦人科は
不妊治療で人気の産院でもあり
待ち時間が1時間以上は当たり前
時には2時間近くになった時もありました。
妊娠するためにと、
毎月の受診に欠かさず行っていましたが
妊娠できるかもわからない
先の可能性が見えない
何回通わないといけないかわからない…
果たして妊娠できるかもわからない…
(妊娠は奇跡なので当たり前なのですが)
毎回の卵子のチェックに
一喜一憂・・・
やはり心身共に疲労しますね😅
ただ、
幸い?なのか
心の支えは、共に頑張る仲間がいたことでした
職業柄なのか…
子どもが欲しいのに出来ない、
といった人が当時の職場には少なくなかったです
なので、
近況などを話しては励ましあっていました。
不妊期間は3年間ほどあったのですが、
月1で望みを託す瞬間と
毎月の生理の始まりに
アップダウンのダウンが激しく
それが、本当にしんどいものでした。
ただ、それと同等にしんどかったのは、
友達や同僚の妊娠報告に
心から喜べない自分がいたことでした。
報告は、本当に嬉しくて喜ぶ気持ちは本物でした。
でも、やっぱり120%喜ぶことができない自分が
嫌で、そのことがしんどい期間でもありました。
そして、通い始めて1年くらい経過し
産院での待ち時間含め
心身ともにしんどくなってきたこともあって
産院を変える決断をしました。
それからのことを
次回綴ります☺️

