ドイツ フランクフルト4日間、イギリス7日間から戻りました。
ドイツは私の母が同行してくれました。
クリスマスマーケットに行きたくて母と娘と三人旅行、寒いのなんのって。
こっここは知床かーい!てツッコミいるほど寒く感じました。
そらそうや。12月頭の東京、今年はめちゃ暖かくて、出発前日なんて16度。それが最高3度のフランクフルト、しかも到着は早朝5時現地着。ふふふ。。。
今回は羽田発の深夜便でフランク直行でした。娘がいるので夜這い便の方が楽だろうと思い。友人に、到着が早朝だからもう1泊前泊まり予約しておいた方が良いとアドバイスを受けその通りにしたらこれが幸い、早朝着いて即タクシーでホテルへ。そのままチェックインして飛行機の疲れをゆっくり癒せました。到着した朝はもう知床並に(気分的に)寒くて寒くて。

しかし、意気揚々と空港を出てタクシー乗り場へ行く際、いきなりショッキング。
大きいスーツケースにいつものように娘を乗せてガラガラ押していたんです。それは娘が1歳位からスーツケースで旅行する時は決まって乗せていたんですわ。ちょっと重いけど、という安易な気持ちで乗せたのが間違いで。空港の中はフラットだから問題無かったけれど、出たらそこは砂砂利の坂。しかも凍ってたようで私が尻餅ついて転倒、娘は前のめりに転んで。母はずっと危ないから降ろした方が良いと言い続けていたので言わんこっちゃない顔。。。浮かれてバカなスタートを切りました。
幸い娘は親指に1mm程の擦り傷だけでした。これが後々かなり重要な事に繋がりました。

空港からタクシーで移動中、内心ソワソワしていました。
”まずい、現地の病院リストや大使館情報全く入手せず来てしまった”
イギリスに住んでいた時は1人、もしくは夫と一緒だからどうにでも動けたけれど、今は娘がいる。娘のケアを完全に怠っていることを猛省。
ホテルで母と娘にお風呂でゆっくりしてもらっている間、すぐにフランクフルトの病院リスト、日本人医師の病院、救急番号、大使館アドレスなどをピックアップ。何かあった時すぐ対応出来るよう気持ちをトーンダウンさせました。
「本当に旅行直前?」と何度も言われる程浮き足立っていなかったのに、実際飛行機降りてから、ターミナルの中のレストランの特有の匂いで、ブワッと海外を思い出して。
でも、本当に本当にこのリサーチが良かった。


2度目のフランクフルト。大好きな友人達と数日間過ごした場所でもあり、街の位置関係などは覚えているので緊張もなく、母と娘とフランクを歩いているのが嘘みたいで、嬉しく感じました。初日はカウフホフというデパートで食材を買い込み、ホテルでのんびり。時差ぼけもあってか三人とも寝たり起きたり。

翌朝の2日目。朝から娘が「耳が痛い」。
疲れかな、頭痛なのかしら、と思っていたが母曰く「耳が痛いのはアウト。病院にいかんと」とのこと。娘はついに泣き出してしまい、私は前日リサーチしていた日本人医師のいるという病院に電話を掛けた。だが金曜日ということもあって、日本人医師は不在で必要があれば電話に出た女性が通訳をしてくれるというもの。病状説明、支払いについて、大凡の費用、アクセスについてゆっくり説明してくれ、私たちは急いでタクシーに乗り込み病院へ。分かりづらいところだったが、タクシーの運転手が同じ位の息子がいるらしく親切に何度も何度もアクセスを確認して一生懸命探してくれた。荷物も病院入口まで持って運んでくれ、感謝。

通訳いるかな、と思ったが、とりあえず日本で鼻風邪を引いていた娘に飲ませている薬の英訳をし、どの位の量を飲ませているか、今の病状等をドクターに話した。ドクターは穏やかなおじさんで、私と娘を安心させるためか終始笑顔で、よく頷いて私の話を聞いてくれた。通訳なしで診療は終わり、娘は初期の中耳炎。これも辞書引いといて良かった。ありがとうグーグル先生。
ドクターはボトルインされた粉薬のドリップへの作り方、飲み方を紙にゆっくり書いて教えてくれた。安心して調剤薬局へ。降っていた雨が止んで、母と私も少し笑顔に。
調剤薬局へ行き処方箋を見せると、オリバーカーンの女版みたいなおばさんが「ドイツ語?英語?」と聞いてくる。英語で頼むと(ドイ語履修なのにこの出来の悪さよ)薬を出してきてくれた。
そして薬の作り方を教えてくれた。私がドクターに頂いた紙を見せると、頷いて、「この作り方より簡単だから一度に飲み薬を調剤してあげる、今から作るからちと待ってて」と言われ、処方してくれた。説明も物凄く丁寧でドイツアクセントなので本当に聴きやすい。ありがたし。。。

その後お腹が空いたので17世紀からあるレストランがあると調剤士さんに聞いてそこへ。もちのろんで現地の人しかおらず、アジア人は我々3名。美味しいソーセージでホッと一息。その後その小さな街のマルシェで果物を買ってタクシーでホテルに。
娘は薬を注射器で飲むとすぐに痛みが取れたといい、帰国するまで一度も痛みを感じなかったようで。注射器に薬を吸って、その先から飲むスタイルがえらく気に入った娘は毎回毎回嫌がらず飲んでくれ、本当に助かりました。

というわけで、全ては空港を出た時の尻餅事件が救ってくれました。
レンタルwifiしておいて本当に良かった。ipadも携帯も本当に役立った。

夜は毎晩クリスマスマーケットへ。
クソ寒いわ。
綺麗だし嬉しいんだけど寒いわ。
そんなこんなで2日目終了でした。
母がいてくれたから荷物やお金の心配をせずともよく、多分無意識に安心出来たんだと思う。たいしたことなくて、本当に良かった。

⬇︎フランクフルトの小児科待合室
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マルクト
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レイマー広場
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ホットワインを飲み酔っ払う母
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わし
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博多ごぶごぶというお漬け物があります、ごぶの沙汰であります。
いやー三ヶ月以上もノーブログとは。
あと少し、というか幼稚園の考査まで残る数日。
多分私たち程適当に受験する夫婦もいないのでは。
試験前夜に二人で暗記を決め込むというズボラ感丸出しでごんす。
ま、ダメだったら二年保育もあるし、ご近所園もあるし。
とはいえ、1本しか受けないのは家だけで一緒のお教室の子達は皆2、3は受けるというね。
ま、私も夫も楽天的だからあまり気負わないしね・・・。

これが終わったら(ここまで受かる気満々なのもどうなの)やっと肩の荷が下りるわ。一時的にだけど。来年が本命なのでね。来年ダメだったら小学校受験だ。小学校受験の時の誠意として幼稚園も受けるんけど、まあ倍率10倍切らないからなあ。ま、やれるだけやりましょうね。

娘はどんどん赤ちゃん語が変わっていって、今じゃ普通に子どもだわ。
あちゃかん→赤ちゃん
おぎにり→おにぎり
なばな→ばなな等、きちんと話せるようになると、やはり嬉しさ半分寂しさ半分です。
唯一、高島屋をたかしやまと言うのだけは残っているけどね。
最近はごっこ遊びオンパレードで色々なお店屋さんになります。


うー
お夕飯直後に飲んだユーグレナが吐き気をもよおす・・・
おええ。なぜだ。なんかカフェイン摂取したような気持ちの悪さだぞ。
ぐぬぬ。
お腹の中で何かがうごめきよるで!!!
娘も8月で3歳。あっという間で、でもあっという間でもなくて。
快調な時もあれば何かと悩む時もあったり。
あー、疲れてるなあ。帰りたい。と思ってから飛行機をチェキチェキ。
7月頭ならまだフライトもそこまで高くなく、夫は忙しくて二週間出張だったので、行ってきました福岡&唐津。
海外旅行よりテンションがあがる帰省。
もう実家は東京なんだけれど、それでも小さい頃育った空気や湿度や空の高さや見慣れた看板、海に山は最高の癒しでした。

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夢見心地とはこのことで、行く先行く先友人があたたかく迎えてくれ、もう幸せなことといったら。高校時代の大大大好きな友人宅に2泊させてもらい、お互いの息子&娘のことでゆっくりたっぷりお話しして、美味しいおご馳走を毎食たくさん用意してくれて。
天神のアンパンマンミュージアムではお弁当を作ってきてくれ、太宰府ではランチ代まで出してくれ、毎朝晩の手料理は心底美味しくて、もう幸せだったー。

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息子君も素直で優しくて、とってもお利口で、両親が愛情かけて育っているのが会ってすぐに分かるほど。毎日絵本の読み聞かせと図書館まで歩くのを続けているそうで。
すぐ近くの田んぼに行って走りまくる娘と息子君、、、。
「タンボ?なあに?」の娘、初めての田んぼにおおお~これ!!と楽しそう。
いかに東京で普段の生活に自然を取り入れてないかを痛感。
もっと自然児にならなね。
泥とか草とか虫とかって触れると無心よね。楽しい?ら何これ?がずっと続くというか。大事よね。

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連泊した後は唐津へ。
小学校の頃三年間住んでいたところで、ここも福岡同様大好きな街。
秋のお祭り、唐津くんちの時期ではなかったので、今回は娘と二人で曳山展示場へ。
懐かしい面々!!私のくんち狂は今更言うまでもありませぬが、娘もこの頃結構好きなようで。なかなか来れないのでお土産買ってたらなんと京町の珠取獅子さんが、漆の塗り替え完了で西の門から唐津神社へ塗り替え報告、その後展示場に収められるタイミングにバッタリ!もちろん掛け声はないものの、笛と太鼓は本番と一緒。

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娘と大興奮で、もう絶句でした。
今年は幼稚園受験で秋に娘と一緒に唐津に戻れないので、夏にきましたが、まさかこのタミングで見られるなんて。
この旅行の直前、台風3個が福岡直撃かと思い旅行をキャンセルしようかと思っていたのだが、やっぱり行ってよかった。

小学校近くの浜へ。娘と二人、少し小雨。でも海でばっちゃばちゃ遊び、ずぶ濡れ状態。
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少し小雨でも海の透明度は凄いですよ。
晴れてたら、これ。。

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綺麗でしょん😊

唐津でも友人達にたくさん会い、癒されたあ。
初めて泊まる唐津シーサイドは最上階でオーシャンビュー、とっても綺麗で文句なし。
次回は絶対唐津くんちの時に夫も連れてシーサイドに泊まりたい。
朝日も、夕陽も最高に綺麗でした。

父にも会えて、孫と戯れてもらい、それを横目にわたしゃ佐賀牛を食べて至福のひととき。父が東京に来てくれたらもっと良いのだけれどね。。。父と母が中が良ければもっともっと良いのだけれどね。。。焼肉屋で爆睡の娘を抱き抱えてくれた父。
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というわけで、心の充電が満タンどころかオーバーチャージな状態で東京に戻りました。
福岡の友人に漏らした「私、、、東京で無理しとうっちゃん」には自分でも笑えるけど、きっと、無理しているんだろうなあ。
福岡の友人達、唐津の友人達が笑顔で受け入れてくれて、肩肘を張らない自然な、飾らない自分でいられた数日間に、心底リフレッシュ出来た数日間でした。
って、どんだけ無理してんだ東京生活!
疲れたら帰れるところがあるのだから、頑張りますよ、東京で。

ウッシャー!!!




明日で3月も最終日。
気が付けば娘は二歳半、もう随分言葉を話し、軽い言いあいさえ出来るようになった。
未だに赤ちゃんのことを”アチャカン”と言ったりするのだけれど。
ここ最近は子供の事故や虐待、飛行機事故、多くの心苦しいことが多く耳に入り、心がざわつく。
悲しい以外に何の気持ちがあろうか、もう本当に、我が身に起きないことを心から願うばかりで、祈る以外何もない。
良くして頂いた老年のおば様が亡くなられたと先日聞き、悲しむ暇もなく毎日が過ぎていくのだけれど、人って本当に一瞬でいなくなる。
娘に見せている日本昔話の花坂爺さんのここ掘れワンワンの犬が死ぬシーンがあるんだけど、どういえば死を理解出来るか、いつも、悩ましく思っている。
二度と会えない、一回も会えない、皆ともう会えない、匂いも、温かさも、全部消えるのって伝えてるけど、多分言葉を通しての説明より、私が神妙な、悲しい表情をしていることでなんとなく、理解しているような。
娘を産んだ時壮絶だったけど、夫の祖母が亡くなった時も壮絶だった。
生と死は、壮絶。

今見ている「かぐや姫」がとても好きで、娘が寝た後一人ヘッドフォンして眺めている。
とても胸にくる。親が娘を手放す哀しみとか、命を摘み取る菩薩が無常なこととか音楽とかもそうだけど、悲しいことの連続の合間合間に心から笑えることとか、思い出が癒してくれることとかが逆に、とても。
生きている手ごたえがあれば、幸せなのでしょう。
喜怒哀楽があって一生が終わる。
私の命はそこいらの蟻と全く変わらず、きっと、あっという間にその日が来るんだろう。
今に感謝せねば。

明日から4月かあ。
早いなあ。
1年無事に、健康で、幸せを感じられますように。
4月と言えば毎日授業に出て完璧なまでの時間割を作り上げ、5月には学校からドロンという4年間を過ごしたな。中大の桜は本当に綺麗で綺麗で、山全部が学校なので四季折々の花や木が季節を感じ、勉強するには最適だったな。

さて、明日は生地を買いに行こう。
買っても買っても楽しくて、足りない。
4月からのプレスクール用に色々作り出したら見事にハマってしまった。
娘に色々作ってあげるのだ。
ミナペルホネンの生地で、お揃いのワンピースを。

4月だけだけど、やらないといけないことを纏めよう。
5月にドロンする可能性高いけど、それでも、節目節目は大事なことね。


言葉が急に出て来ました。
もう爆発的に。
1月の頭にはあまり??だったのが、1月末にはいきなりお喋りし出した。
2月に入るとどんどん話し始め、普通に会話。
まるで半年以上前からこうやって会話していたかのような錯覚を覚える。
それが、教えていないことも話す娘。
お教室の先生曰く、今まで私達が話しかけたことはみんな理解していて、ただ、話せなかっただけなんだと。頭では分かっているけれど、言葉として出ない期間。
娘はそれが1年以上続いたように感じる。
早い子は1歳で話し始めるが、娘はもう2歳半近く。
つま先立ちをすることや、あまりにも話し始めるのが遅いせいで、障害なのかと少し不安になったりもした。
だけど、その度に母や祖母に笑って和ませてもらい、気持ちを落ち着けたり。
ようやく話してくれてほっと安堵と共に驚きの毎日。

自分のことをシーと言ったり、昼過ぎまで寝ている夫にパパねんねいっぱいとかね。
暗かったらチョトコワイ、ママかあいい、ママのめーかあいい、しーにゅうにゅう飲む、などなど・・・
アンパンマンのあいうえおの本、載ってる絵ほとんど言えてた。
私はTVばっかり見せる駄目親でぐうたらの境地にいるようなクズっぷりなんだけど、やっぱり娘のためにもっと愛情豊かに言葉を教えないと、と思ってきた。
今頃かい。

さてさて。今年は幼稚園受験。
頑張りますーーー。
久々の更新でございます。
3日坊主ならぬ2日坊主な私ですが、来年1日からはなんと・・・
5年日記を買いました!!!
むほほほほ~!!
1年前の日記の横に今年の日記を書いて、毎年書く度に前年度の日記が見れるというもの。飽き症の私を見て指を指すばかものが横におりますが、気にしません。
ふふふ。やったるぜ!たまにね!たまに書けばいいんや!
最初からさ、毎日書くう~とか言ってもさ、忙しいやん?
風呂あがってマッパのまま娘におむつ履かせて逃げまくるの追いかけて着せて泣いてるけど頑張って抑えて歯磨きさせて、パンツはいたらもう眠いと言い出して抱きついてきて、パジャマ着たらもうそのまま布団で、化粧水も髪も乾かせなくて、な二歳児。
どのタイミングで日記書くっちゅうねん。
ふふふ。

さて、今年のクリスマスはあまり張り切っていなかったのだけれど(なんせ23が義母の誕生日で朝から御殿場アウトレット、24日も義父母が家に来て唐津の友人が送ってくれた牡蠣をベランダでBBQしてお酒でワイワイ)てな感じで25日もたいして・・・
普通に娘の大好きなお教室だったわけです。
ただ、当日はお教室の園長先生がサンタクロースに扮して登場、一人一人にプレゼントを下さったようで。うちの子だけ怖い怖い言って寄り付かず、記念写真も取れなかったようで。
これはねえ、私の怠慢だったなと。
他の4名のお母さま方は皆何日も前からクリスマスのご本を読んで聞かせ、お利口にしていたらプレゼントを頂ける、サンタさんはソリに乗ってトナカイが引っ張って、お髭が着いて、優しくて、皆にプレゼントを持って来る、というところまで教えていました。
先日ディズニーランドのシェフミッキーというレストラン(ミッキーやミニーが各テーブルにやってきてくれる)で食事した際、デカイミッキーに恐れをなしたのか、着ぐるみは全て怖がる娘。
そんな中、ろくにサンタクロースの話もクリスマスの話もせず、お教室にサンタやってきたら娘にとっちゃ不審者以外何ものでもなかろ。

当日、お教室を出てバギーに乗って即寝の娘。同じお教室の仲良しママさんと四人で横浜にランチをしに行き、キハチで美味しくクリスマスランチ。
マックでも行くー?なんて言ってたんですが、キハチが意外と空いていたのでサクッと食べました。
娘が起きて、そろそろ帰るかーという頃、主人が代官山でエアバギーを修理に出していたので、私も娘と代官山へ行く事に。
んが、代官山は娘を連れて行きたいお店が本当に無く、娘が出来てからはスルーの土地。
途中の中目黒で下車して、ダイーサでピザを食べる事にしました。

ダイーサ行く前に近くのドンキでどうしても買いたいものが。
それは「サンタさん」。
そそくさと隠れてサンタさんの衣装を買い(25日なので安い)、アンパンマンの入浴剤を3つ。丸いボールの入浴剤で最後にアンパンマンのキャラの人形がぷかーと浮いて来る最近超絶お気に入りの入浴剤(1個300円。たっか!!。

帰宅後すぐに主人にサンタさんに着替えてもらい、サンタさん登場。
事前に買っておいたキネティックサンド(不思議な触感の砂)と入浴剤を渡してくれました。娘は目がキラッキラ。
最初怖がっていたものの、明らかに嬉しそう。
遅まきながら、やって良かったと思いました。
ただ、口数少なく!と言ったのにぺらぺら喋る夫の演技でサンタはパパだと言ってました。がっくり。

ちなみに私のプレゼントは・・・?
あれ?
行ってきました福岡福岡。
ってもう11月終わりよるやん。。。
毎日一瞬で終わって、気が付いたら今日は金曜日、来週から12月。
絶対に福岡佐賀旅行のことは書き残したいので、いっぱし書いておこうと思います。

11月1日、車で羽田へ。20分程で着いてのんびりお手土産買って…なんてしてたらもうゲート開きそう。連休で空港はごった返してました。
もう胸の高鳴ること高鳴ること…。
初日は生憎の冷たい雨。
福岡空港に着いて少し肌寒い。
でもいいんです。
明日晴れるんです!!
と言いながら、祇園で乗り換えて呉服町へ。
うどんのみやけ屋さんへ行ってやわやわうどんを頂きます。
幸せやね。

その後大好きな友達のお宅へGO!
西鉄電車に乗ってゆらゆらり。
懐かしいなあ。18歳まで使った電車や住んでたところ、駅、色々思い出が湧いてきてしみじみ。
お友達のお宅へ着くと、イケメンポリスご主人がお出迎え。
こう、なんていうの。
雰囲気的には正統派のヤクザみたいな。
ポリス的に語弊があるかもしれんけど、正統派なのよ。
長渕剛と奥さんを心から愛してやまない感じ。
素敵すぎやん!
いつかご主人とカラオケ行って熱唱してもらいたいわ。

早速お宅にお邪魔して、友人が準備してくれたフルコースを頂きました。
心のこもったおもてなしに、幸せ気分。なんだか夫に申し訳なく思ってしまったね。
帰宅してこんな愛情たっぷりの御飯が出てきたら、おっしゃ。明日もいっちょ頑張るぜってなるわな。ごめんよ夫。手を抜くことを覚えた妻を許してくれ…と言いつつむしゃむしゃ。本当料理上手なお嫁さん。素敵やん!
美味しいお酒、手作りのお料理、娘と友達息子(同い年2歳)と皆で囲む時間は何事にも代えがたかった。
今頃だけど、ご主人が「やーーーれーーー!!!大和田ーーー!!」って真似すんのが一番ツボりました。

翌朝は朝4時過ぎに家を出て、佐賀バルーンフェスタへ。
なんと友達のお手製サンドイッチとお茶とお菓子付!!
素晴らしい心配りに頭が下がります。

が、残念ながら強風のため、中止。
私の父が佐賀に住んでいるので、そこで待機して中止かどうかの判断を待ったのだけれど、あいにくでした。とほほ。晴れとるやん・・・
友人家族はその後帰宅。
私達は唐津へ。

あまりにも短い時間過ぎて、ああ、なんて短い時間だったの!このとんちんかんチロミ!もっと朝いちからお邪魔すれば良かったやないの!(そりゃ迷惑だが)と、寂しく、また切なくなる別れ際でした。
最後の最後まで、ご主人がヤクザ的な微笑(かっこいい)をキメていたのが今でも鮮明に思い出されます。素敵すぎやん!

あー東京来ないかなあ。
毎日家に泊まって遊び呆けたいな。
高校時代、同じ時間を過ごすってことが、どれだけ一生のうちで価値あるものか、大切にしたいと思える人に出会えたか、しみじみ感じた一日でした。




あああもう!
ぬああああんもう!!

唐津くんちまであと4日!
なのにお天気が雨マークになったり曇りになったり晴れになったり・・・
毎日何度も唐津の天気予報を見てもんもんとしています。

今年も行きます、唐津くんち。
今年は福岡に一泊、唐津に一泊。
福岡の大好きな友人宅に泊まって、翌日は佐賀バルーンフェスタ!
早朝5時に福岡を出て佐賀へ向かうよ~
稲刈りを終えた広い広い佐賀平野に一斉に浮かぶ熱気球数十、数百(?)。
まだ雲もない薄ぼらけの朝焼け空に一斉にあがる姿はもう虜ですよ。
私も何年ぶりだろう。
相当久しぶりで嬉しく、楽しみ。

バルーンを午前中に見終えてからは、伊万里へ行って伊万里牛を食べようと思います。
こないだ旅サラダで中尾彬さんが伊万里牛食べていらしたんだけど、両親に聞いたら私を何度も連れて行ってくれたお店らしく。
是非そこへ、主人と娘を連れて行きたい!
ということで向かう予定でいます。

その後唐津へ行って、いよいよ唐津くんち。
宵山は綺麗で綺麗で。
木枠とねんどの土台に和紙を数百枚張って、その上から漆や金を何度も塗って。
重さ4トン近くもある曳山は、提灯の光が相まって、それはそれは艶やか。
曳き子さん達の勇姿とかけ声、お囃子の音色に心底魅了されます。
皆くんちが好きで好きで溜まらない人ばかり。
誇らしげに曳く若い衆の方々、皆表情が楽しそうで誇らしそうで。
見ているこちらまで幸せ。

まあ、一度住んでいたから、余計愛着があるわけで。
友人達が大勢引いているからそれもまた楽しいわけで。

晴れないかなあ。
晴れて下さいな。
唐津の幼稚園、保育園はどこもてるてる坊主がいっぱい飾ってあるみたい。
皆くんちが大好きやけんね。

晴れますように。

晴れますように。

娘の七五三で日光東照宮へ。
義父が会員のクラブが行う七五三の特別企画で、日光東照宮の一般参拝者が入れない場所も通れたり、付き添いの方が専属でついて下さったりカメラマンがついて人力車に乗れて等等。
七五三、まだ二歳なりたての娘にはあのお着物が嫌で堪らなかったようで、お着替の際ギャン泣き。
ところがどっこい東照宮に着いたら周りからもう黄色い声声声。
色んな人が娘をかわいいかわいい言って。
本人も嬉しそうで、草履も頑張って履いて歩いて。
やっぱりもう二歳でも分かるんだねえ。
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お祓いの前に、娘に話したこと。
今日まで無事に健康に育ってくれたのは、家族とたくさんの人のおかげ、そして神様のおかげ。今日の一日をお祝いして、今日からもまた健康で、裕福でいられるように、神様に感謝と御礼を伝えに来たんだよ、と。
娘は黙って聞いていて、なんとなく分かったような顔をしていた。
分からなくてもいいんだけれどね。
いつも私が感謝の気持ちを教えてあげればいいだけのこと。

お互いの両親と共に娘の成長を祝うことと、神様に御礼が言えて良かった。

月日は百代の過客にして行き交う人もまた旅人なり、じゃないけど。
本当にあっという間過ぎて驚愕。
毎日毎日、たくさん成長しているんだろうなあ。
24時間、365日一緒で、気付きにくい。
そういう意味では、何事も、節目というタイミングは自覚させてくれる。
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今年もあと何日だろう。
今年のお正月も心を清く迎えたい。

ってまだハロインにTDLにクリスマスに大晦日に目白押しだけども。
あー早く娘をフランクフルトのクリスマスマーケットに連れていってあげたい。
今年はすっごい大きいツリーを買おうかね。
私も物じゃなくていいから感謝の気持ちだけ欲しいわ。
それだけで頑張れるからね。



仕事の都合で、一泊で福岡へ。娘と母に同行してもらい、私の仕事中は母に娘を見てもらった。毎月の出張はこれでなんとか凌いでいる。
やっぱり、連れて行くと離れる時間が最小で済むのでいい。
母には有り難く、甘えさせてもらってますが・・・

さて、故郷福岡。
産まれ育ち、高校生までを過ごした懐かしの土地。
今、実家は東京に移り、自宅だった家は立て直されて他の人が住んでいると聞いていた。
ラッキーなことに、初日で全ての仕事が終了したので、二日目は夜までフリー。
じゃあ、実家があったところに行こうよってことで、母と娘を連れて一路、大野城へ。
懐かしい。
懐かしすぎる・・・

駅を下りて、中学校、小学校と歩き、実家があった場所へ。
空気とか、匂いとか、もう全然変わってない。
実家があったところ、失礼ながらも写真を数枚ぱちり。
東京に戻って祖父母に見せたかったから。
※祖父に見せると、なんと祖父が手入れしていた花や木々をいくつも植えていてくれたことが判明!

名残惜しいと思いつつ、線路つたいにまた駅へ。
ああ、また住みたいなあ。

でも家族で暮らすことはもうないわけで。

お嫁に行って、子供も産んで。

人間て不思議なもんで、帰れる時は全然帰らないのに、帰れなくなって、帰りたいって思うんだもんね。
なんなんだろうね。


実は、大野城に行く前、大好きな友人宅にお邪魔しました。
その子はもう木村カエラにそっくりでかわいくて気立ての良い、高校時代の大事な友達。

急に会えるか尋ねた所、お邪魔することになって。
美味しいランチまで御馳走になり、娘と彼女の息子ちゃんを遊ばせてもらい、もう幸せ度マックスな時間でした。

その子がベビーベッドの淵っペリに立って、「おーい」ってやるもんだから、東京に戻ってきてもうちの娘、高いところに立つと「おーい」します笑

優しい優しい男の子で、うちの勝ち気な娘が物を取り上げても、どうぞしてくれるし、娘がトイレ行っただけで、帰っちゃったと勘違いして泣いちゃうし、もう男の子を見る目が変わったー。

うちの周りの男の子達は、保育園で毎日サバイバルしてるせいか、うちの娘とよく叩き合いとか物の取り合いがエスカレートして物持って走って逃げるとかザラだから、彼女の息子ちゃんがあまりにも優しいので、私も男の子欲しくなっちゃったくらい。

彼女は私のためにグミの実を用意してくれていました。
もう、懐かしいのなんのって。
東京じゃ、まあ見ないです。
グミの実。


楽しい時間はあっという間で、帰ることになったけど、息子ちゃん我慢して泣かなかった。自宅に戻って泣いちゃったみたいだけど、そんな優しい心と素直な子に育てている彼女を本当に凄いと思ったし(私は良く娘に雷を落とすので)、かなり影響されました。穏やかな気持ちで育児、しなければ。

また遊びに行きたいなあ。
心底癒されました。
幸せ者だわ。
大好きな友達がいてくれて。

あー福岡に第二の居を構えたい笑