相棒の友達の魚屋さんの奥さんが
半夏生鯖(注釈)を売りに
久しぶりに見えました・・
 
 
LLサイズの体型がげっそり痩せて
Mサイズを余裕で着られるほどの
スリム体型に変身されていました・・・
 
 
その姿はコロナで46日間の闘病の辛さを
物語っているような体型でした・・・
 
 
私達は相棒の友達のご主人からお聞きして
奥さんがコロナに罹って入院してたことを
知っていたのですが・・・
 

そのことをこちらからは口にはしたくないと
黙っていました・・・
 

奥さんは「チョット体調を崩していて
しばらく来られなくて済みませんでした」
と軽いのりで話しかけられましたが・・
 

そこへ相棒が顔を出し隠したい急所を
遠慮なくグサリ!
 

「S(友達)が言うとったけど、奥さんコロナで
入院しとったんやてか・・・?
長いこと大変やったの~」と声を掛けた。
 
 
わたしは人が隠しておきたいことや
しゃべりたくないことは
 

自分からはあえて聞かない・・・・
しゃべらない・・・・
と言う方針なのに・・・・
 

相棒は人が話したくないことでも
自分から誘導するのが大得意・・・!
 

奥さんはバレタカ?という感じで・・
コロナで入院していた当時の状況を
包み隠さずお話してくださった・・・
 

「体がだるくて食欲がなく(熱はなかった)
病院へ点滴を打ちに4日間通院した・・・
 

4日も通ったのにそこでは
コロナと言うことが分からなかった・・
 

ついに全身が硬直して救急車で指定病院へ運ばれて
やっとコロナに罹ってると言うことが分かった・・
 

全身硬直のままICUに2週間入れられて
体も硬直しているので、食事も右手で箸が持てないし
 

左手でスプーンを持ってそのスプーンを
口元へ運ぶことがなかなか出来なかった・・・
 

家族には誰にも面会できず誰ともしゃべれず
息をするのも辛く・・・

楽になれるのならもう死んだ方がましやと
何度思ったことか・・・
 

72歳でコロナに罹ると治りも遅くて
入院日数が46日間だった・・・
もっと長い人は60日間という人もいたし
 

亡くなる人はもっと早くあっという間に
亡くなっていった・・・
 

こうして元気になり退院できたと言うことは
まだ生かされている命に感謝して
 

欲を起こさず真面目に
ボチボチ生きていこうと思っている・・・」
 

と言って・・・
魚屋さんも午前中だけ店を開けて
午後からは閉めておられるそうだし・・・
 

今まではお魚を軽の荷台に一杯並べて
売って歩かれていたのが・・・
 

今日は鯖の丸焼きを発泡スチロールの箱に
1箱だけ載せて・・・
 

年金暮らしの老夫婦がどうにか
その日が食べて行かれればそれで十分だと・・・
 

わたしも・・
最近そういう風に感じるようになった。
 

今の私達にとってそんなにほしいものや
食べたいものはなくなった・・・
 
 
生活費以上の有り余るお金には魅力も感じず・・・
 
 
それよりも体の不具合や
耐えられないほどの痛みがなければ
それが最高だと思える・・・・
 

残り少ない生かされている命・・・
わがままや欲を捨てて日々健康で
感謝しながら過ごせたらと願っています・・・
 
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(注釈)

半夏生鯖は、半夏生の日に一匹丸ごと焼いた
「焼き鯖」を一人1本家族全員が食べるという
福井県(大野市を中心とした地域)に伝わる風習です。

半夏生の日に、どうして焼き鯖を食べる風習が
生まれたのかというと、こんな由来がありました。

時は江戸時代、大野藩と呼ばれていた海沿いの四ケ浦に
飛び地の領地を持っていた大野藩では
鯖の水揚げが多く、年貢として納められるほどでした。
 
当時の大野藩主は、漁村の年貢軽減と
田植えで疲れた農民の栄養補給のために
鯖を食べることを推奨する令書を発します。
 
すると、その令書を見た町の魚屋さんが
半夏生の日に焼いた鯖を売り出したのです。
農民にとって魚は高価なものでしたが
この日ばかりは、家族分を買い求め食したそうです。
 
この事が次第に定着し、時代と共に受け継がれ
現在も風習の1つとして根付いているのが半夏生鯖です。
 
半夏生鯖を「はげっしょさば」と呼ぶのは、土地の方言で
半夏生を「はげっしょ」というからです。
 
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