まずいな…思いのほか、ダメージを受けすぎたみたいだ。
もともと、それほど貧弱ではないが屈強な身体でもない
俺にとって、奴の攻撃は致命傷とまではいかないものの
確実に体力を削り取っていく。
真綿で首を絞め殺されるような、じわりじわりと追い詰められていく
感覚に、思わず身震いする。
「ひゃっひゃっひゃっ!どうした?反撃してこないのか?
予想以上にタフなことは認めるが、攻撃してこないと
オレは倒せないぜ?」
自分が負けるなんて事を露ほども想像していないであろう奴は、
その巨大な鎖鎌をぶんぶんと空中で回転させながら、
余裕の笑みをもらしている。
…おそらく、俺が突けるのはそこしかない。
奴に隙なんて生まれるのか、これっぽっちも自信がないけれど、
余裕からくる油断、油断から生じる隙を突く攻撃をしかけるしか、
俺に勝機はないだろう。
もっとも、その勝機すら数%という悲しくなるような数字だとは思うが。
…だが、それに賭けるしかない…。
ごくり、と俺は唾を飲み込み、じりじりと数歩、後ろに下がった。
「…なんだぁ、その面は。…気にいらねぇ、その瞳…
敗者はもっと敗者らしく、許しを乞うような瞳で見ろよ!」
「へっ…丁重にお断りするぜ…」
そう俺が言った瞬間、明らかに今までとは違う空気が体育館全体を
支配した。ぴりぴりと、肌まで切り裂かれそうなほど、緊迫した空気が
伝わってくる。
「てめぇ…ぶっ殺す!!」
奴の身体を、これまでとは違う、数段上のオーラが包み込む。
まるで、殺気を体現化させたかのごとく、赤黒い、禍々しいまでの
オーラである。
「喜べ!お前を全力で壊してやるよ!」
そう言い放つと、奴は、持っていた鎖鎌を地面に向かって思い切り
叩き付けた。
ビルをも破壊できるのではないかと思えるほどの、その威力で以って
叩きつけられた床は、当然のごとくばらばらに破壊され、爆音とともに
四方八方にその破片が飛び散った。
「次にこうなるのは、お前だ」
…甘かった。
奴の隙を突いて攻撃だなんて、そんな簡単に物事がうまくいくはずないんだ。
俺は、自分自身の読みの浅さに深く絶望していた。
これまでか…――
『右前方に飛んで…』
え?
何だ今の声…?
俺がわけのわからない声に混乱していると、奴が攻撃のモーションに入るのが
目に映った。
くそ…迷ってる暇はない。
俺は、言われたとおり、右前方に向かって、ちょうど前転をするみたいに、
飛び込んだ。
すると、さっきまで俺が突っ立っていた場所には鎖鎌が叩きつけられ、
体育館の床は見るも無残にばらばらに破壊された。
あと、0.5秒判断が遅ければ、俺は肉塊と化していただろう…。
「ちっ…運のいい奴め。だが、幸運が二度も続くと思うなよ?」
そう言って、手元に鎖鎌を手繰り寄せると、その引き返しの力を
利用し、そのままノータイムで鎖鎌による攻撃を繰り出してきた。
『そのまま2歩下がって、すぐに右によけて』
『まっすぐ前進した後、後ろに倒れて』
だが、俺に奴の攻撃がヒットすることはなかった。
俺の脳内に響く、この声の言うとおりに行動したおかげで、
間一髪奴の攻撃をすり抜けていたからだ。
もはや、体育館は原形を思い出せないくらいに破壊され、
床の下の地面でさえ、鎖鎌による斬撃で凹凸が激しく
なり、さらに粉塵やら粉煙やらで視界は悪くなる一方だったが、
不思議なことに俺に到達できないでいた。
「…何なんだぁ、おまえ…そんなボロボロな身体なのに、
どうしてオレの攻撃を避けれるんだ?」
何度鎌を振ろうとも、一向に当たる気配のしない事に、奴も
相当苛立っているようだ。
加えて、どうやらあの鎖鎌を何度も振り回すにはかなりの体力を必要とするらしく、
ハァハァと肩で息をし始めた。
互いの体力の残り具合、出血の度合い、攻撃力などを考慮すると
俺の方がはるかに分が悪いことは一目瞭然なのだが、
不思議と、自分が負けるなんてことは思わなかった。
気づくと、さっきまでの頭痛が嘘のように引いていた。
「さぁな…でもお前には負ける気がしないな…」
半分以上強がりだったのだが、少し不気味に思ったのか、
奴も言い返してはこなかった。
だが、この後すぐ自分の発言に俺は後悔することとなる。
「まさか、おまえみたいな雑魚相手にこの技を使うことに
なるとはな…」
奴の右手にある鎖鎌が不気味に光り出し、大きさも2メートル
から通常の鎌の大きさにまで収縮していく。
「これで、今までみたいに逃げることはできねぇぞ?」
その声が合図だったのか、手の上の鎖鎌は、まるで
意思をもっているかのように、俺めがけてすごい速さで伸び、襲い掛かってきた。
常人ならその速さについていけず、そのまま鎖鎌の餌食となっていただろうが、
俺にはあの不思議な声がついていたので、今回も、ぎりぎり身をよじって
かわすことが出来た。
ターゲットを外れた鎖鎌は、そのまま直進し、俺の左側を通っていく。
俺は、難なくかわすことが出来たことに違和感を感じたが、
もう奴の攻撃は当たらないんだという勝利にも似た確信に、
その違和感はかき消された。
「どうした?かわしてやったz…――」
俺は、最後まで言い終えることが出来なかった。
なぜなら、俺の脇腹を奴の鎖鎌が貫通していたから。
うそだろ…?
「ハッハッハー!!これは、俺の意思とは無関係に
動く自動追尾タイプなんだよ!」
ぐぐぐとさらに俺の腹をえぐろうと、鎖鎌が食い込んでくる。
俺の周囲の地面は赤い鮮血で塗り替えられていき、さながら
真っ赤なキャンパスのようになっている。
自動追尾タイプだと…?
聞いてないぜ、そんなの…反則だろ…
少しでも鎖鎌の勢いを止めようとしたのだが、
もう鎖鎌を握る力すら残っておらず、触れるくらいしか俺には出来なかった。
薄れ行く意識の中で、奴がすぐそばまで来ていた事に気付いた。
手には、護身用なのか分からないが、エッジナイフを持っていた。
「そろそろ、死ねよ」
そう言って奴はナイフを振り下ろした。