僕は、夢を見ていた。
夢を見ていた、とはっきり言い切れるのには理由があって、
その夢の中では、僕は夢をみていることをとても明確に
自覚していたのだ。
ふわふわとした、夢見心地という言葉のような、曖昧模糊とした
ものではなく、無機質なモノの冷たさや人の体温までもがリアルに
感じられるほど、その夢は僕に確かな現実感を与えていた。
もし、誰かに、「本当はこっちの世界が現実なんですよ」
と言われたとしたら、疑うことなくその言葉を信じていただろう。
そのくらいその夢はしっかりとした現実味を帯びていた。
夢の中で、僕は白い部屋に1人佇んでいた。
部屋の大きさは6畳より少し広いくらいで、床や天井、壁にいたるまで、
すべてが白一色に統一されていた。
汚れや染みといったものが全くない、完璧な白だった。
なぜ、僕はこんなところにいるんだろう、という疑問は全く浮かばず、
僕がここにいることは、すごく当たり前のことのように思えた。
小学校を卒業した者が中学校へと進学していくことと同じような
当然さがそこにはあった。
ふと、部屋の一角においてあるパソコンが目に止まった。
そのパソコンもまた完全なる白色で構成されていて、
僕は、パソコンに近づき、ディスプレイを覗き込んだ。
そこには、ひとことだけ「逃げろ」という文字が浮かんでいた。
「逃げろ」という言葉が持つ本来的な意味での緊急性を
その言葉からは感じられず、むしろ、落ち着いてその行為を
しっかりと行いなさいというニュアンスに感じられた。
この部屋から逃げられるような扉や窓の類を探してみたけれど、
あいにくこの部屋にはそういったものは存在していないようで、
これじゃあ逃げれられないな、と僕は思った。
外へ逃げられないんじゃどうしようもないと思った僕は、
ただひたすら時が経つのを待った。
言い忘れたが、この部屋には時計のような時間を示すものは
なかった(パソコンのなかの時計機能は削除されていた)。
どれくらい時間が経っただろうか。
僕には時間を推し測る術がなかったが、多分2時間くらい経った頃だろう、
1人の少女が部屋の角にいることに気づいた。
いつ、どうやってそこに現れたのか、あるいは、
僕が、いままでにないほどの注意力の欠如を発揮していたらからなのか、
まったく分からないが、その少女は、
部屋の一点を見つめたまま、体育座りをしていた。
少女の瞳は黒く濁っていて、年の頃は12、3歳と思われるが、
とてもやつれた体躯をしていた。
ひどくやせ細った手足、薄汚い衣服を身に纏った少女に、
僕は嫌悪感を覚えた。
どちらかというと、僕は温厚で感情を表にだすことは滅多にない方なのだが、
この少女を一目見たときから激しい嫌悪感を感じずにはいられなかった。
ぐつぐつとマグマが煮えたぎるような、負の感情が胸の奥底から湧いてきて、
今にも僕の口から出てきそうなくらいだった。
考えるよりも、先に僕は行動に移していた。
いつ手にしたのか分からないけれど、僕の手には、
鉈が握られていて、それを少女の首元目掛けて思いっきり
振り下ろした。
ぐちゃりという肉を裂く音が鼓膜を振動させ、柄を伝ってその感触を
体感したが、角度が甘かったのか、切断まではいかなかった。
少女は感情というものがないのか、悲鳴も出さず、うつろな瞳で虚空を
見つめるだけだった。
もう一度、鉈を振り下ろした。
どさり、という音ともに、少女の頭は僕の足元に転がった。
頭を失った胴体からは、その切断面から大量の血液が滴り落ちていたが、
ドラマや漫画であるような、激しい血しぶきというものは出ていなかった。
僕は、足元にある頭を拾い上げ、少女の右目を人差し指と親指で取り出し、
ポケットに入れた。
眼球を取り出すときのぬるぬると指にはいつくような、
あの感触に僕は思わず、勃起した。
右目を失いぽっかりと開いた眼窩に血液があふれ出し、まるで、血の涙を
流しているようにも見えた。
頭部を床に無造作に投げ捨てると、僕は、残りの胴体部目掛けて鉈を
二度三度と振り下ろした。
少女のまだ柔らかい肌に、刃先が触れ、肉を裂く瞬間がたまらなかった。
その感触を味わいたくて、僕は何度も少女に振り下ろした。
部屋には、僕の呼吸音と、鉈が切裂く肉と骨の音以外は何もしなかった。
少女の原形がなくなるほどになると、さすがに僕も疲れてきて、鉈を振る動作を
止めた。
あれほど完璧な白で構成されていた部屋は、少女の血液や体液などで、
赤黒い部屋へと様変わりしていた。
最後に、ポケットへ入れていた少女の右目を取り出し、
それを僕は口へと放り込んだ。
目を覚ますと、部屋はまだ薄暗かった。
手元の時計を見ると、時刻はまだ朝の6時30分。
嫌な夢を見ていたようだ。
気付くと、僕の身体はびっしょりと汗をかいていて、Tシャツが
肌に張り付いていた。
どうして、あんな夢を見たのだろう。
僕は夢の中とはいえ、自分が行った残虐行為に身震いした。
夢は自分の本音を表すとよく言うが、深層心理の僕は、
ああいった行為にどこか憧れがあるのだろうか。
それとも…。
ぎぃぃと隣の部屋の扉が開く音がし、ついでパタパタと
階段を下りる音がした。
隣の部屋には妹が住んでいて、学校へと向かう準備をして
いるのだろう。
その瞬間僕は、すべてを悟った。
「逃げろ」
とディスプレイに表示された言葉がふいに僕の頭に蘇る。
そうだ。
僕は逃げなくちゃならないんだ。
こんなところにいちゃいけないんだ。
はやくいかないと。
とんとんと、かいだんをあがるあしおとがきこえる。
ぼくは、つくえのひきだしから、かったーをとりだし、
ろうかへとむかった。