長い長い10日間でした。

11/20正午頃に、実家の近所で父が倒れました。
どれくらい気を失っていたかは不明。近所の方に「大丈夫ですか?!」と声を掛けられ目が覚める。
心筋梗塞は激痛と聞くので、てっきり脳梗塞だと思い込む父。
「大丈夫です!」としっかり声が出て記憶も確かだったので「休んでいれば治るだろう。」と、自転車を近所の方に押してもらい、歩いて帰宅。
後々聞けば、この後フェイスタオルがビショビショになるくらいの尋常ではない量の冷や汗をかいたらしい。
また吐き気もあり、ヘビースモーカーの父が一切喫煙せず食事も一口も食べないまま…夕方母と妹が帰宅し、先の近所の方が心配して「病院へ行って下さい。」と言いに来て下さるまでジッと我慢していたそう。
我慢強く、そして病院嫌いな父。

救急病院へ行くものの、当直に脳神経外科の先生がいらっしゃらなかったので大人しく帰宅。プチたらい回しだったらしい。

この時点でまだ脳梗塞と思い込んでいる家の者。
だから、無理に「他の病院へ!」とか「救急車を呼ぼう!」とか強く言えなかったそう。血管がプチンと切れたら怖いから。
その場にいなかった私だけれど、その場の空気がよく分かる。


翌日朝一番、午前中に予約していた陶芸一日体験をドタキャンして実家に帰った私。
父はいつも通り冗談を言ったりしていたけれど、きっと我慢していたんだな。素直に病院へ行ってくれました。
この日は母の仕事先の同僚にお医者さんを紹介してもらい、迅速に検査開始。

後は心電図で明らかに心筋梗塞が認められ、心臓疾患に強い病院へ移動。
即、精密検査→検査の流れのまま緊急手術→緊急入院。


発作が起きてそのまま亡くなるケースが三人に一人。
父の場合、幸運にも目が覚め、さらに発作からかなり時間が経過していたにも関わらず生命が維持されていたことが、奇跡。
しかし時間が経過していた分、血管が詰まった先の壊死した部分が多いということなので、これからはかなり気をつけて生活しなくてはならないでしょう。


手術後、翌々日の朝まで、脚を拘束し動かないように固定しました。これが本人はかなり辛かったよう。
血液サラサラの状態にしているので、出血すると止まらなくなるからということでした。
きっと、血圧が下がり心臓が活発に動こうとして恐ろしい事態を招くから…だろうと素人ながらに思いました。


手術後二週間は合併症の危険があるとのこと。
心不全、不整脈、心破裂。

3日間は特に危険でしたので、母、妹と共に病院に泊まりました。
看護士さんには泊まらなくても大丈夫と言われたけれど、それは心不全、不整脈ならば私達が家から駆けつけても間に合うかも知れないが、心破裂だと即死なので病院にいても間に合わないから、ということだと思う。
お医者さんからも、心破裂の場合は手の施しようがないと言われました。


壊死した部分は、特に始めの数日は脆くなっているというので、私達は3日間ドキドキしてほとんど眠れず。
未だに朝までグッスリ…はないかな。


でも、日に日に元気になっていく父に安心しつつあります。

今日、ICUから一般病棟に移ったらしい。
明日が、お医者さんが言っていた危険な10日間の最終日だし、そしてMRIで他の病気がないかどうか検査する日なので、私もお休み頂きました。


退院はいつかな。
ヒートショックを防ぐため、生活一新です。


ダメージを最小限にするため、誰かが倒れられたら速やかに救急車を呼ぶべきだと思いました。
私達家族は今後、倒れたのが知らない人だとしても問答無用で救急車を呼ぶつもり。
また、心筋梗塞は一切歩かせてはいけません。車の乗り降りすらダメだそうです。なので救急車です。(うちの父は歩きまくったけど。コワい!)


そして、些細な異変も何かのサインかも知れないので念のため検査すべきだとも思いました。確信がないことなので書きませんが、父にも「もしかしたら血管が詰まって血行が悪くなっていた?」と思わせる兆候がありました。

発見も対処も、早ければ早いほどそれだけダメージが少ないわけです。

筋金入りの病院嫌い、我慢強く頑固なうちの父ですら、結局は病院を頼りにして手術も受けるのですから、だったら早い方がいいに決まっています。
父自身、だいぶ考え方が変わったみたい。


健康ってほんと大事。