年に1回、そのときに関心のあるトピックについて真面目に語る企画の季節がやってきました。
ここ数年はずっと外資とか英語とかに絡んだ話を書いていたのですが、今年は少し趣を変えてテーマをTechにしたいと思います。最初に盛大なDisclaimerを入れておきますと、私自身はまったくITの素養がない純然たる文系人間ですので、Tech自体の内容について踏み込むことはありません。その辺は詳しい方にお譲りしますので、いつでも補足ご意見いただければ幸いです。
その上で、Techが法律事務所にどのような影響を及ぼすのかを考えたいと思います。
まず最初に思いつくのは、Tech、特にAIの発達によって弁護士の仕事が奪われるのではないか、という例のお話です。
しかしながら、こちらはすでにあちこちで語りつくされていますし、私の中での結論も固まっているので深入りはしません。
AIが発達することで定型的な契約書の作成とか、締結済の契約書をしらみつぶしにレビューするようなDDの仕事はなくなることが予想されますが、それはむしろ業務の効率化につながる進化だと考えています。誰でもできるような単純作業は機械に任せ、人間の弁護士は自らの知識や経験をフル動員して臨機応変に対応すべき弁護士業の本丸部分に特化すれば良いだけです。
AIによって弁護士の仕事が奪われるのではなく、AIを使って業務の効率化を進め、弁護士にしかできない業務に専門特化することができるものと考えています。
現状で、若手アソシエイトに脳みそ使わない単純作業を延々とさせてタイムチャージのクロックをくるくるさせるビジネスモデルを採用している事務所がもしあれば大打撃かもしれませんが、元々高いHourly Rateに見合った仕事ができているかを厳しく問われる外資系事務所の弁護士にとっては、AIがDDを代わりにやってくれるのであれば非常に助かる、というのが率直な感想です。
なお、英文の書面に限定されますが、弊事務所では①基本情報を入力すれば即座に契約書の形になって出てくるシステムや、②大量の書類をPDFにしてスキャンさせ、必要な条項のみをピックアップして一覧にまとめるシステムなどは、すでに日常の業務で使用されており、業務効率化のためにTechを積極的に使おうという動きが活発になっています。
では、ここからもう一歩踏み込んで、Techに明るくなることで、個々の弁護士にとってどんな未来が開けるのかを夢想してみたいと思います。
ご承知の通り、昨今は企業法務の界隈でも閉塞感が漂っており、優秀な若手弁護士であっても「こんな激務に耐えても明るい未来はない…」と感じている節があります。しかしながら、法律は日進月歩変化を続けていきますし、とりわけTech分野に係る法律であれば、老人会大御所の先生方よりも先んじることができるのではないでしょうか。
そこで、Techに詳しくなれたとしたら、一体どんな仕事をどんな依頼者からもらえるかを考えてみたいと思います。
ご承知の通り、現時点では私個人がTechで仕事を取っているわけではないので、以下の内容は完全な憶測ですし、ややもすれば、私の個人的な願望とも思われるかもしれませんが(その面がないとは言いませんが…)、新しい視点からの問題提起として生温かく見守っていただければと思います。
この点、Tech系企業のGeneral Corporateの仕事(日常的な業務の契約書レビュー、法律相談など)は当然存在していますし、主に知財系やベンチャー系の事務所がすでに対応されているはずですが、私自身がいわゆる「渉外系」と呼ばれる事務所にいますので、本記事の守備範囲からは外したいと思います。
さて、そのような前提で考えたときに、Techと言えばぱっと思いつくのがFinTechの分野。こちらは本屋さんにいけば無数にFinTech絡みの書籍が並びますし、弁護士が書いたFinTechの本もすでに発刊されています。しかしながら、現状で法律事務所がマネタイズできるとすれば、金融規制法に関するアドバイス(例えば新たに仮想通貨の事業を行いたい依頼者に対する規制法のアドバイス)の提供ぐらいであり、既存の金商法関係のボリュームと比して大きなインパクトがあるとは言えません。
現在、仮想通貨については金融庁を中心に規制の見直しが進んでおりますが、きちんとした枠組みの中で仮想通貨での資金調達(Initial Coin Offeringなど)が普及することになれば、先鞭をつけてTechを勉強していた弁護士にとっては新たなビジネス拡大のチャンスと言えるかもしれません。しかしながら、現状の改正法の議論を見ていると、どうやら予想よりも厳しめの方向で規制がかかるように見受けられるので、わざわざ厳しい規制をかいくぐってICOをやりたいという企業がどれだけいるのかというのが若干疑問です。
また、基本的には金商法の枠組みに沿って規制がかかりそうなので、そうすると既存のキャピタルマーケット分野の大御所たちがごそっと仕事を持って行ってしまい若手の付け入る隙はないのではないか、という懸念もあります。
ビジネスのボリュームに着目すれば、Tech企業のM&Aというのは一つの大きな潮流と言えるかと思います。言うまでもなく、中国のアリババやテンセントの時価総額は40兆円を超えており、トヨタ自動車の倍の規模に膨らんでいます。いつぞやの日本がそうだったように、高い株価を背景にTech企業が大規模なM&Aによって事業を拡大するというシナリオは想像に難くありません。
そして、そのような場面で選ばれるには、弁護士であってもTech企業特有の論点(知的財産権やKey Personなど)について明るいことが不可欠でしょう。また、対象会社がTech系である場合には、DDの中でもTechの知識・経験が活かされるはずです。
もっとも、世界規模で報じられるような大型M&A案件については、限られた大規模事務所の大御所パートナーが握っているはずなので、若手弁護士が自ら仕事を取って来れるとすれば、今後伸びてくるTech系の成長企業を新たに捕まえた場合でしょうか。
私が主に関与している不動産案件でも、海外ではPropTech(日本語では不動産テックが一般的でしょうか。)と呼ばれる分野が最近は盛り上がっています。日本でも、①主に個人が取引をする中古物件のデータを集積・公開することで不動産の適正価格を提供しようという動き、②伝統的な不動産仲介業者を飛ばして個人間で不動産の取引をしようとする動き、③VRなどの技術を使って、オンライン上で物件の内覧をしてしまおうという動きなどが、すでに始まっています。
しかしながら、いずれも議論の中心は企業対個人のサービスの向上ばかりであり、弁護士が稼げる企業間取引という文脈ではまだあまり日本のPropTechは議論されていないような印象です。
このように見てくると、あれ?Techを勉強しても、結局若手弁護士がマネタイズするなんて夢のまた夢なんじゃない?というしょんぼりな気持ちが湧いてきます。
しかしながら、今後のTechの拡がりは今見えている範囲に留まりません。
例えば、仮想通貨の基本となる技術であるブロックチェーンが、今後様々な分野で使われる可能性は大いにあるはずであり、各業界団体がすでに実証研究を始めています。色々と技術的な課題は残るため、従前の取引形態がすぐになくなることはないとは思いますが、ITの進歩は一瞬で世界を変えるほどのインパクトを持っているので、あるとき突然、自分が戦っている土俵が変わってしまうということもあり得ます。
企業法務の弁護士というのは基本的には企業が行うビジネスの上にしか仕事を見つけられないものですが、新たなビジネスの方向性に狙いを定めて、今はまだ存在していないビジネスについてもアンテナを張り、事前に準備しておくことで新たなビジネスチャンスを見つけ出すこともできるのではないかと思います。
例えば、ブロックチェーンの仕組みの上にスマートコントラクトを乗せるということがより多くの場面で実現したとすると、今までの契約書の捺印をして各当事者が原本各1通を保有する、なんていう世界が一変するはずです。
いつどんな変化が起きるかわからない中で努力をするというのは、なかなか精神的にきついことではありますが、少なくとも勉強だと思わずに色んな技術、グローバルの兆候などに関心を持ち、情報を収集するよう意識することぐらいはできるのではないかと思います。
そんな小さな積み重ねが、きっと年次を重ねた際の大きな仕事の礎になるものと信じています。最後になりますが、私の好きな羽生名人の言葉で締めたいと思います。
「何かに挑戦したら確実に報われるのであれば、誰でも必ず挑戦するだろう。報われないかもしれないところで、同じ情熱、気力、モチベーションをもって継続しているのは非常に大変なことであり、私は、それこそが才能だと思っている。」
と綺麗な形でまとめようと思いますが、要約してしまうと、Techを勉強したからと言ってすぐに稼げるようにはならん、諦めて地道に努力していこうね、ということになってしまいますね。
はい、みなさん今後もコツコツと頑張っていきましょう。