僕の友人のお話です。
その僕の友人は、
真面目で、
何事にも真剣に取り組み、
その真面目さゆえに、
周囲と温度差ができてしまい、
孤立してしまいがちな奴です。
不器用というか、
生真面目というか、
彼の人となりを説明するに得るエピソードがあります。
ある日、
僕が彼に持ちかけたお願いがありまして、
その内容が
『東淀川区内にある、
ドッグカフェっていくつぐらいあるか、
インターネットでいいから、
ざっくり調べておいてほしい』
というものでした。
とある活動のためにお願いしたんですが、
製紙会社で勤める忙しい身の彼のこと、
ざっくり調べてる時間もないかなと思いましたが、
彼が持ってきてくれた資料を見てびっくり。
彼はドッグカフェ以外にも、
キャットカフェや、
アニマルカフェ、
ついでにと、
東淀川区にある喫茶店や、
マクドナルドに至るまで全ての住所と電話番号、
店長名まで手書きで書いて持ってきてくれました。
驚くほど情報が新しく、
そんじょそこらのタウンページよりも、
充実した内容の資料でした。
彼は忙しい合間を縫って、
その作業をたった1週間でやり終え、
持ってきたのでした。
生真面目というか、
手を抜く事を知らないというか、
そんなかたい奴が、
こんなルーズな僕と友人でいられるのが不思議です。
そんな彼に、
いよいよという転機が訪れました。
会社で昇格する事になったのです。
生真面目な正確は、
同僚としては時として疎まれますが、
上司からの受けが良く、
彼は出世していくのでした。
年収はこれまでの倍近く。
会社からかけられている期待も大きく、
前途洋洋という感じでした。
そんな彼がある日、
僕に相談をしてきました。
『栄一、俺ってつまらん男か?』
僕は正直に答えました。
それが僕らのルールです。
『そうやな。
お前の言った事で笑った事はない。
いつも怒られるんじゃないかって、
プレッシャー感じるな』
『そうか…』
共通の趣味であるバイクにまたがり、
つっても原付ですけど、
ちょいとツーリングした先での一幕でした。
晴天を頭上に、
彼はため息をついて、
こう続けました。
『…上司は、
お前はそのままでいいって言ってくれてる。
でもやっぱり、
上司とだけ仕事するわけじゃないし、
一緒に仕事するのは部下やから、
部下がお前と同じようなプレッシャーを感じて、
精神的にまいらないか心配なんや…
どうしたら俺は柔らかい人間になれるんやろ…?』
僕は言いました。
『そうやな。
みんながみんな真面目ってわけじゃないし、
お前のやり方通りのやり方を押し付けたら、
そう感じる奴もおるやろうな。
問題はお前が、
どこまでルーズを認めるかってとこか?
要するに、
結果として何を部下に求めてるのか、
それだけ明確にして、
それに至るあらゆる手段と経緯を認めて、
部下を褒める事ができるかどうか、
それがお前に求められてるんじゃないかな』
『なるほどな。
全員が俺のような方法を取らなくても、
結果として同じに至ればいいし、
至る経緯や手段については、
個人の個性の部分が大きいから、
それを認めて、
褒めてやれってことか』
この受け答えも固い奴だなぁと思いながらも、
そうだと伝えると、
少し気が楽になったと言って、
その日の昼食をおごってくれました。
僕らが26歳の頃、
彼が生まれて初めて、
結婚したいと思う女性にめぐり合いました。
その報告が入り、
僕は喜んだのですが、
まだ付き合いも、
更に話した事さえない人らしく、
直感的に思ったらしいんですね。
『今まで、
俺は経験と、
経験からもたらされる予測で、
人生を乗り切ってきた。
今ある成功も失敗も、
それがゆえと思ってる。
その俺が生まれて初めて、
直感的に、
コイツと結婚したいって思って、
それからその事ばかり考えてる。
ルーズな君ならどう整理してるのか、
参考にさせてほしい』
読んでるだけで肩のこりそうなメールを読み、
僕は彼に言いました。
『様々な経験をしてきた中で、
色んな手段を身に付けた君は、
その色んな手段の中から何を行使するか、
直感的に判断してるはず。
直感とは、
人間の行動における、
最も原始的で、
最も寄りしろとしている大切な物だから、
その直感を卑下せずに、
感じたまま相手に言葉以外で伝えればいいんじゃないか』
彼にメールで返信する時は、
いつもこのような論理的、
かつ固い文章にしないと、
質問責めで面倒臭いので、
返信内容がこんな感じでした。
彼はすぐに返信してきました。
『君は呆けているように見えて、
なかなかどうして、
思慮深い一面もある。
昼行灯(ひるあんどん)のような振る舞い、
友人関係を続ける最大の理由がこれだ。
参考にさせてもらうよ』
彼は結局、
彼女の働いているレストランに通い、
一言二言語らうようになり、
徐々に関係を作っていく事に成功していました。
それからもしばしば、
どのタイミングで言うべきか、
何と言うべきか、
プレゼントは必要か、
デートはどこに誘うべきか、
本当に子どもじゃないんだから、
自分で考えろよと言っても、
お構いなしにメールが来るようになりました。
そんなある日、
彼がこんなメールをくれました。
『栄一、
俺は間違っている。
俺の生きてきた人生において、
この決断は間違いでしかない。
俺は彼女の父親を、
人間として理解できないし、
否定している』
内容を聞けば、
彼女は父親から逃げているらしく、
実家は石川県らしいが、
大阪で暮らしている現状に、
彼が疑問を口にしたところ、
とてつもない事がわかった。
彼女は当時、
好きな人がいて、
その人と結婚しようと思ったが、
父親が反対をし、
二人で大阪に駆け落ちしたらしいんですね。
反対した大きな理由が、
『彼の兄弟に障がい者がいて、
家系に入れるのは困る』
という理由だったそうです。
家と家との結婚が当たり前だった時代ならまだしも、
現代で、
個人の自由権が保障された法律まである中、
まだ家と家との結婚理論を持ち出し、
しかも、
障がい者が親近者にいるからという差別的な理由で、
結婚を反対した父親。
彼女にとっては、
自分の父親がそんな理屈を言うとは思っておらず、
驚いたというより、
ショックだったそうです。
そして、
今はその彼とも、
歯車がかみ合わなくなり、
別れてはいないけど、
会っていない状態が続いているという話だったそうです。
彼女の父親の理屈は、
差別をするのもされるのも嫌だし、
そんな物は『何かを生み出す理論』ではなく、
『排除して、自分だけが満足する理論』だと思い、
許せなくなったそうなんですね。
生真面目な彼は、
彼女の悩みを聞いているうちに、
まずはそれを何とかしないと、
彼女は幸せにはなれないと思い、
父親のもとに飛んで行きました。
もちろん門前払いだったのですが、
何度も通い、
あまりに真摯で、
熱のこもった彼の誠実な訴えに、
昔堅気な父親も折れて、
話をする事になりました。
障がいとは何か、
実は彼の妹も障がい者です。
重度で、
両親が面倒を見れなくなれば、
自分が見ると決めて生きている。
障がいとは何か、
真摯に訴えました。
2度3度繰り返し、
父親もいよいよ
『自分が間違っていた』
という言葉を発し、
娘に謝罪をし、
ボランティア活動に参加するようにまでなったそうです。
彼の情熱を見ていると、
世渡り上手じゃなくても、
本当の思いが強ければ、
世の中のほとんどの事は解決できるんじゃないか、
熱く生きる事は、
実はとてもクールな事なんだと思うに至ります。
そうこうして、
しばらくの期間が空き、
彼からまたツーリングの誘いがありました。
久しぶりに遠出したいし、
良いかと思い、
一緒に行く事にしました。
福井県に、
美味しいとんかつ屋があると聞き、
そこを目指して、
中型バイクを走らせました。
現地に着き、
本当に評判通り、
いや噂以上の味に感動し、
景色を写真におさめ、
絶景に心を浸すような気持ちで眺めていました。
そんなとき、
彼が言いました。
『俺は不器用だが、
後悔はしない生き方をモットーにしている』
『そうやな。
それがお前って奴や』
『人生において、
何が正しくて、
何が間違っているのか、
それを判断するのは、
政治でも世論でもない。
関わっている人や自分、
自分を取り巻く環境がそれを判断すると思うが、
どうや?』
『当たらずとも遠からず』
『極論を言えば、
自分が納得さえできれば、
全ては自分の中に答えがあるとも取れる』
『自分が正しい、
間違ってるの判断をするってこと?
それは一握りの人間だけやろ』
『少なくとも、
俺はその一握りになりたいと思い、
自分を戒めて日々を生きている』
『面倒臭い奴やな…』
頼りない笑顔を見せて、
彼は景色を眺め、
無言になりました。
『で、
本当は何が言いたいねん?』
僕は聞きました。
彼は返答に時間を要し、
しばしだまり込んで、
ため息をつきました。
そして重い口を開きました。
『…
そんな俺が…
自分を信じれなくなる瞬間は、
意外と近くにあるんだな…』
『何があったん?』
『彼女と縁を切った…』
は???
何???
びっくりして返事もできませんでした。
『なんでや?』
を言うのに、
こんなに苦労するとは思いませんでした。
彼は言いました。
『彼女の幸せな姿が好きだった。
幸せの中にある、
垣間見せる悲しさが、
俺はどうしても気になった…』
彼の惚れた理由は、
もう分析済みだったようです。
『彼女が抱えているものを、
俺は何とかして楽にしてやりたかった…』
『そうやな。
そういう影のある女性を見ると、
俺らみたいな人間は、
つい動いてまうもんやで』
『…でも…
彼女が本当に幸せな道を選ぶとしたら、
それは…
俺とじゃない…』
まさか…
生真面目で誠実、
お固い奴で融通の利かないレベルマックスな彼が、
導き出した答えが見えました。
『で、後悔してるんや?』
無言の時間、
景色は何も変わらないのに、
どこか色あせて見えました。
『後悔…
しないわけないよな…』
搾り出すように口から言葉がもれていました。
『で、お前のルール上、
それでいいの?』
『そうじゃないといかん…』
『ならそうして生きるしかないな』
『そうだな…』
そろそろ日が暮れて、
夕暮れのキレイな街並が、
とても印象的な一日でした。
彼女は元彼と復縁し、
父親の了解のもと、
結婚する事になりました。
元彼は、
見知らぬ地に連れてきたばつの悪さを抱え、
日々苦労をかける事に疲れ、
生活も荒れていたそうです。
そんな中で、
彼女に一度暴力をふるってしまい、
自分はもうダメだと思い、
彼女の前から姿を消したそうです。
そんな元彼を見つけ、
引っ張ってきたのは僕の友人、
当人でした。
『〇〇さんには、
本当にお世話になりました。
本当にありがとうございます』
彼あてに届いた手紙には、
幸せそうな結婚式をあげている彼女らが写っていました。
『栄一、
俺は不器用で、
本当に固い人間だと思う。
今でも後悔して生きていくのは嫌だ。
でも、
後悔しないと手に入らない幸せもあり、
それをどう自分の中で整理していいかわからないが、
俺は一生この後悔を抱いて生きるのだろうか』
彼からのメールが、
痛々しかったです。
僕は返しました。
『一度も後悔しない人間がいるだろうか。
おそらくいない。
君もそう。
皆、そういう後悔を抱えても、
どこか幸せが生まれた事を喜べるようになるため、
人間には『痛みを忘れる』という機能が備わっている。
肉親が死んだとして、
一生同じ痛みのまま生きるわけじゃない。
人間は痛みを忘れるよう、
緩和してくれる脳内物質を分泌して生きている。
君もまた同じように、
今後一生を、
今感じている痛みと同質の痛みのまま生きないよう、
脳が良い物質を分泌してくれるよ。
時間はかかるけど、
君の脳に期待しよう』
彼は返してきました。
『君はやはり昼行灯だ。
ダラダラしていて、
掴みようのない素振りをしているが、
実は思慮深く、
物事を見通す力がある。
君の友人でいる事を、
いまさらながら感謝する。
俺の脳に期待して、
しばしこの痛みを感じて生きていくよ。
彼女を愛した証拠だからね』
本当に固い、
融通の利かない男だけど、
そういう決断をする男もまた、
愛してくれる女性はたくさんいるはずです。
と思っていた矢先、
彼からまた恋に落ちたとメールがありました。
この数年、
そういう色恋沙汰は聞かなかったんですが、
脳が分泌した物質は、
痛みを忘れる物質だけではなく、
恋をする物質も分泌してるわけですから、
当たり前といえば当たり前です。
今度は成就してほしいと心から願います。
だって、
結構、
彼の気に入るようなフレーズでメールを返信するの、
肩がこるもんですから(^-^)