ユウタには両親がいません。
いや、
日本のどこかにいるかもしれないけど、
彼のもとからかれこれ、
13年はいない計算になります。
そんなユウタと出会ったのは、
メール相談でした。
彼は毎日1通のメールをくれました。
『今日はこんな事があったよ』
まるで父親か母親に報告するように、
毎日7時に、
僕のもとにメールは送信されました。
どんな事があったのか、
内容はとてもじゃないけど、
明るく語れる内容ではありません。
彼の学校でのあだ名は
『捨て子』
誰もユウタとは呼んでくれません。
彼は祖母の家に引き取られ、
質素な生活をし、
毎日誰かにそれを罵られ、
馬鹿にされ生きていました。
『えーちゃん、
今日は靴にカッターの刃が入ってたよ』
『えーちゃん、
今日は先生から、
線香臭いって言われたよ』
『えーちゃん、
今日おばあちゃんから、
陰気臭いって言われたよ』
『えーちゃん、
今日ケータイを燃やされたよ』
『えーちゃん、
今日リンチされたよ』
毎日彼は傷ついていました。
その精神も、
もはや崩壊寸前ではないか。
僕は彼に会う事にしました。
彼は高校生だというのに、
まるで小学生のように小さく、
色が白く、
無口な少年でした。
僕が話しかけても、
うなずくか首を振るか、
その程度の返事だけでした。
彼はポツリと、
『メールの方が言いやすい』
と言いました。
その日の晩、
7時のメールには、
『えーちゃんと話したくないとか、
話しにくいとかいう意味じゃなくて、
言葉を出すのに時間がかかるから、
メールの方がいいって言ったんです。
気を悪くしないで…
見捨てないで…』
と書かれていました。
僕は言いました。
『たとえば君が、
僕の気に入らない、
気に障るような事を言ったり、
行ったりしたとしても、
見捨てるなんてしないよ。
そんな選択肢、
僕の頭にも心にも存在しないから、
安心して自分の思ってる事を曝け出せばいいよ』
彼は喜んでいました。
それからも毎日、
彼はメールをくれました。
相変わらず、
辛い日々が続いていました。
信頼できる両親がおらず、
疎まれながら祖母に育てられ、
学校には友達もいない。
唯一僕だけが、
彼が外界との接点として存在している、
友達と呼べる人間だと彼は言いました。
僕は彼を変えるというよりも、
環境を変える努力をすべきだと判断しました。
よく世間では、
『イジメられる方にも問題はある』
と言います。
しかしそれは、
イジメる側、
傍観している側の意見であり、
イジメられている人間にとっては、
死刑宣告と同等の意味を持つ言葉です。
変わらなければ、
イジメられ続けるなんて、
本人が悪いわけではないのに、
本人を変えるなんていう結論を出す社会に、
僕は憤りと呆れを感じます。
イジメは、
イジメる側に7割、
傍観している側に3割の責任があると、
僕は勝手に思っています。
本人には、
一切の責任を求めません。
本人が自己変革を望むなら、
もちろん手伝いますが。
僕はユウタの祖母から、
まず変革していく事にしました。
祖母様との話し合いは、
もちろん難航しました。
『孫だから可愛いってのはあるけど、
爺さんが死んで、
自分の生活だけでも大変って時期に、
馬鹿夫婦が離婚して蒸発なんて、
こっちの身にもなってほしいよ』
彼女の表層にあるのは、
この感情でした。
僕は祖母様と話し合いを欠かしませんでした。
最初は疎まれたのですが、
高齢者の生活には、
他者とのつながりが希薄になりがちな方が多いので、
僕との話は、
内容はどうであれ、
祖母様にとって面倒臭いものではなくなっていたようです。
それから先、
ユウタと僕と祖母様、
3人での話し合いへと移行するのは、
時間がかかりませんでした。
ユウタは無口なので、
確かにイライラしてしまう部分もあるでしょうが、
根気よく付き合うため、
僕がいるんです。
僕が話をメールで聞く。
翌日その件で、
祖母様と3人で話し合う。
そういう日々を過ごしていた時でした。
祖母様の
『何も言わないなんて失礼だろ!!
何とか言ったらどうなんだい!!
あんただって私みたいなばあさんに引き取られて、
本当は不満なんだろ!!』
の言葉に、
ユウタが言いました。
『ばあちゃんは、
僕を拾ってくれた人だし、
いつもご飯作ってくれてるし、
洗濯や掃除だってしてくれてる。
とっても感謝してるに決まってるよ!!
今の生活に不満なんてないよ!!
僕が不満なのは…
お父さんもお母さんも…
何も言わないで僕を捨てた事に決まってるでしょ!!!』
今まで語らなかったユウタの、
心からの言葉が、
僕達の胸を貫きました。
ユウタのとめどなく流れる涙と、
当たり前の感情を前提としなかった自分への自戒の気持ちが入り混じり、
僕と祖母様は言葉を失いました。
彼は、
イジメに耐えてたんじゃない。
イジメ以上に辛い事を、
ずっと胸の奥で反芻しては、
自分を殺し続けてきたんですね。
何も感じなくなり、
表情を失い、
それでも祖母様への感謝があり、
普通に話せるようになりたかったから、
僕にメールして、
話す練習をしていたんですね。
彼の深い心の奥底を知り、
彼の絶えない愛情と、
裏切られた激情、
理解できたはずなのに見落としていた。
心から反省しました。
両親を探す努力をするか確認しても、
彼は『今更…』と言うだけです。
そして、
『言ったでしょ?
今の生活に不満はないよ。
おばあちゃんには感謝してるし、
迷惑かけるけど、
一緒にいてほしいんだ…』
最後の言葉は、
照れくさそうでいて、
消えそうな言葉でしたが、
本音だと十分わかる言葉でした。
一応の努力として、
捜索願いを祖母様に申請してもらう事で、
両親については期間を置く事にしました。
祖母様との関係性についても、
この話し合いを機に、
好転するのは誰でもわかる。
祖母様とユウタの共有する時間を、
『生活』だけでなく、
『余暇』の部分でも持つのが良いだろうと思い、
祖母様の健康のためという事で、
休日には散歩をしたり、
買い物に出かけたり、
病院に付き添ったりなど、
ユウタにできる事を増やしていくことにしました。
思いのほか、
好転してくれたようで、
関係が修復されていき、
仲良くなれた事は言うまでもありません。
彼には一つ居場所ができました。
毎日来ていたメールも、
1日来ない日もできたりしてきました。
『ばあちゃんと映画を見に行ってたんで、
昨日はメールできなかったよ。
ゴメンね』
と、少し満足そうにメールをくれたものでした。
さぁ、
次は学校です。
こればかりは、
僕一人の力ではなにもできません。
しかし、
こういう時こそ、
友達の力というのは大きい。
僕はユウタと時間を共有する中で、
彼の特技を知っていたので、
それを媒介に友達を増やす作戦に出ました。
彼はラジコンが好きで、
かなりの腕前でした。
何度かチャレンジしましたけど、
僕なんて足元にも及ばない。
大会に出てみようという話を取り付け、
渋々ながらユウタも、
前日は眠れなかったというほど緊張して、
大会にのぞみました。
ラジコンカーによるレース。
これに勝てば、
更に高性能なラジコンが手に入るとあって、
ユウタもそれなりに入れ込んでいました。
そして本番。
彼は緊張もあって、
予選ではギリギリのラップタイムでしたが、
本選では堂々の2位入賞。
表彰状と、
1位には劣るが、
それなりに高性能なラジコンを手に入れ、
ソワソワしながらも頬が赤くなっていました。
周囲の大人に声をかけられ、
どのように改造したのか、
質問攻め。
ありがたい事でした。
好きなラジコンの事とあって、
ユウタもいつになく雄弁です。
しばらくして、
彼からのメールが3日来ない日がありました。
こういう時は、
焦ってこちらからメールしてはいけない。
これはあくまで相談なんだから、
相手が主体者でなければならない。
彼を心配する事はあっても、
言葉を催促してはいけない。
4日目、
彼からメールが来ました。
『この間のレースで、
改造の仕方を教えて欲しいっていう人と、
色んな改造方法について議論してたら、
メールする時間がなくなってたんだ。
ゴメンね』
嬉しい事じゃないですか。
彼からの無言期間は、
むしろ歓迎すべき事に費やされていたのです。
彼は友人と呼べる人を、
バーチャルではなく、
リアルで手に入れた。
何より大きな一歩です。
そして、
それが好転するのもわかっていました。
生き生きとした彼を、
周囲がイジメの対象としていられる期間は短く、
彼も自分というものが、
ちょっとずつ出せるようになったんですね。
友人の力は大きい。
学校で、
勉強する事も大切だけど、
僕は何よりも、
友達を作る事にもっと費やしてほしいと思っています。
彼が良い例でしょう。
彼は次第に、
同じクラスの子とも、
ラジコンつながりで会話するようになり、
一緒に大会に出たと言っていました。
大会にエントリーする方法も、
僕が勝手に手続きしたのではなく、
渋々でも自分でやらせました。
一度やった事を繰り返す事は、
子ども達にとってはいくらでも可能な事です。
彼はクラスに友達を一人手に入れました。
気がつけば、
僕にくれるメールは週に一度となっていました。
殴られたり蹴られたりする事もあるけど、
全然平気だと言っていました。
ある日彼は、
『この間、
イジメてくる奴と、
タイマンしたんだよ』
と言っていました。
『負けたけど、
それでも毎日、
もう一回タイマンやろうって言ってたら、
相手ももう良いって言ってね、
イジメられなくなったんだ。
それに、
コウイチ(友人)君もアイツらに言ってくれたみたいだし、
もう心配ないよ』
学校裏サイトと呼ばれる掲示板には、
相変わらずの書き込みがあるそうですが、
そこに彼は、
『僕の事をそこまで言うのは良いけど、
君達が僕の何を知ってるの?
何も知らないで空想だけであぁだこぉだ言ってて、
よっぽど暇なんだね。
同情するよ。
僕は今日限りこのサイトを見ないし、
君達の暇つぶしに付き合うつもりもないので、
勝手にやっててください。
僕は僕で、
今まで知らなかった楽しい事を見つけたんで、
それに没頭しますんで、
あなた方の暇を埋めるだけの付き合いはできません。
さようなら』
と書き込んだそうです。
彼は、
地元の大会で優勝し、
コウイチ君も2位入賞。
なんと全国大会に出られるかもしれないというところまで、
実力を伸ばしていました。
彼には目標があり、
友達がいて、
愛する祖母がいる。
毎日が暗いと思っていた彼の目には、
全国大会の会場、
東京の街、
秋葉原の街が思い浮かべられている事でしょう。
彼からの連絡は、
1ヶ月に2~3回になっていました。
僕は思うんですね。
イジメというのは、
本当に理不尽で、
学校、
もしくはクラスという単位から阻害される、
最悪の人権侵害。
それを、
本人の自主性も尊重せず、
大人の介入だけで事態が好転するわけがない。
彼の生い立ちや、
現在の生活環境、
友人の存在や、
彼の持つポテンシャルを含む内面、
それらを丁寧に観察していき、
言葉を聴き、
多少強引にまとめる事もあるけど、
目標を持てるように支援していくことは、
難しいようでいて、
実は誰でもできる事なんです。
でも、
厄介事に巻き込まれるのを好む人間はそういません。
ゆえに誰もが傍観してしまう。
イジメとは、
そういう性質のものです。
解決するためには、
いろいろとやらねばならない事もあるけど、
そのいろいろをやれば、
必ず転機が訪れる。
要するに、
『やる』
のか
『やらない』
のかで、
事態はどうとでも転ぶという事です。
僕は『やる』という選択しか、
メール相談では発揮しませんので、
好転させる事ができましたが、
少しでも心がブレたり、
ユウタを見放す気持ちが存在していたら、
こうはできなかったでしょう。
信じる者は救われると言いますが、
信じた相手は、
信じる者の気持ち一つで、
ともに歩めば、
一筋の光をつかむ事もできるという意味に、
僕は取っておきたいと思います。