皆さんは、

自分の声を聞いた事、

ありますか?



以前もこのブログで書いたんすけど、

僕はライブなどの、

音楽活動のおかげで、

自分の声をライブDVDや、

MDなどで聞く機会がありました。



カラオケなどで聞く自分の声ではなく、

何か媒体に収録した自分の声は、

自分の思っている声と、

てんで違うものですね。



正直、

僕は高い声だと自分で思っていましたが、

野太く、

こもった声の持ち主でして、

全くボーカル向きじゃない声なんですよね。。。



ホント、

今回のクリスマス・ライブで、

またあの声でボーカルするのは、

かなり嫌なんですけど、

ウチの学習会の小僧達のお母さんから、



『今年もやるんでしょ??』



とか言われると、



『声が嫌いなんで、

 ボーカルはやりません』



と言えません…



なぜなら、

今回僕は、



『マシュマロ(ギター)』



『POOWY(ボーカル)』



という2つのバンドで出演するんですけど、

ボーカルを務めるPOOWYは、

言わずと知れたカリスマロックバンド



『BOOWY』



のコピーバンドなんですね。



小僧達のお母さんといえば、

ちょうどBOOWY世代でして、

小僧達が最近の曲をやるのに対して、

お母さん達が聞いて乗れる曲が少なく、

ライブへ足を運んでも、

心から楽しめないという人もいるんですね。



で、

その人達に向けて、

僕らBOOWYファンがバンドを結成し、

コピバンするわけです。



リクエストされた曲もあるし、

断れないじゃないですか…



ホントあの声をまた出さないといけないなんて、

拷問に近いものを感じますが、

お母さん方のためです。

頑張りましょう!!



ハァ…

嫌だなぁ…



声を出すコツみたいのありませんかね?

ちょっとでもクリアな声が出るようになる秘訣とか。

あと音程ははずさないけど、

音域が狭いのもちょっと…



知ってる方いらっしゃいましたら、

気兼ねなく教えてください。



泣いて喜びます。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。






とにもかくにも、

残り1ヶ月、

歌い込んで喉作ります!!



お楽しみにヾ(@°▽°@)ノ





本当によくわからん。


なぜ薬物を使用した芸能人は、
反省の態度を見せるために、
わざわざ福祉の仕事を選ぶのか。


僕のように、
生きていく理由を他人に預けず、
歩むべき道を選んで歩む福祉の人間にとって、
百害あって一利無しの理屈であり、
非常にうっとぉしい。


反省のために選ばれるなんて、
そんな業種ではないと言いたい。


万が一、
彼らが本心から、
福祉がやりたくて選んだとすれば、
その後も奴らは福祉界にいるのか?


絶対いない。


これを選べば、
さも良い事をし、
社会奉仕になるかのような、
あの薄ら寒い文化は何とかならんのか?


そもそも、
福祉業界とは、
そんなに言うほど、
高齢者や障害者の役に立つわけでもない。


身辺をケアすることで解消されるのは、
日常生活の困った部分だけで、
多くの人達は、


『自分が思った時に、
 思ったサービスが行き届き、
 当たり前のように社会参加者できる状態』


つまり、
社会的弱者という扱いから、
身体や知的な部分において、
健常者より困難があるだけで、
人間として当たり前の権利が行使できる状況、
これを欲していると言える。


しかしながら、
福祉サービスの善し悪しは、
何をどうしようが、
政治によるところが大きい。


僕らが利用者のニーズに寄り添っても、
収入という運営上の根拠が担保できないと、
サービスを実行するのは困難だ。


例えば、

『今日の昼あたりに、
 区役所に行きたい』

と思った利用者のニーズに、
100%応えたい福祉職員ではあるが、
事前に予約を入れてくれ、
その時間に空いてるヘルパーがいない、
それでも行った場合、
完全実費負担の始末…


思う時に思うように使えない、
それが福祉の世界の現実。


中には、
利益にならんから、
介護度の低い利用者を、
あれやこれやの理由をつけて断り、
金になる利用者だけを受け入れる事業所は、
過去も今もゴマンとある。


思っているほどキレイな世界じゃないし、
社会貢献できてるかどうかで言えば、
一般の民間企業でも、
最近では当事者の社会参加促進のため、
色んなサービスをしている点を見れば、
どっちが上という話ではなく、
社会の目線さえ合えば、
どこもかしこもどんぐりの背比べ。


この業界に来れば、
少しでも罪が軽くなるのか?
この業界が一歩先へ進むのか?
利用者ニーズに対応できる政策が打ち出されるのか?


彼らのこの発想は、
あくまで自分のための好感度を意識したエゴであり、
絶対に福祉のためや、
人のためではないはず。


そして何より、
福祉の世界に来て、
実際に働かれても、
連日マスコミや野次馬に囲まれ、
利用者の穏やかな生活が侵害されるでしょう。


きっと芸能人のスキャンダル後の、
福祉への関わりは、
本人ではなく、
弁護士の戦略の一つなんだろうけど、
弁護士に


『ここは福祉に従事すると言って、
 裁判官や陪審員に好印象をつけよう』


と提案されて、
頷いたのは本人であり、
本人の決定意思が働いてる以上、
本人の決断であることは間違いない。


ゆえに言いたい。


この世界は、
君らが芸能人として今後歩むために、
人に好印象を与えるために存在しているのではないと。


そして何より、
金銭的不自由のない立場から、
生活困窮に陥っている利用者も多い福祉業界に来るなら、
せめて利用者のプライドを保たせるような、
演技ではない、
利用者の生きてきた背景に迫る介護を、
ぜひ実践してもらいたい。


そして長く福祉に関わり、
芸能人ならではの人脈で、
利用者の社会参加を促して、
政界にもっと注目させるほど、
仕事に打ち込んでほしい。


良い人ぶりに来るなら、
断ってもらいたいもんだ。





さぁ、
僕は僕で、
明日も明後日も毎日、
利用者の権利を守る使命に燃え、
日々の仕事に邁進したいと思う。


そして、
薬物問題を起こした芸能人は、
福祉界に来る前に、
薬物依存ほど縁切りの難しい病気はないんだから、
治療を優先して、
しっかり治療してから、
芸能界に戻るか、
福祉界に進むかという悩みを持ってもらいたい。


仕事をする気のない、
違う目的のある人を育ててる暇はないんだから。

『お前のせいで、

 俺はこうなったんやろ!!

 全部お前のせいや!!

 あの世で詫びろボケ!!』



中学1年の時、

僕が母親に言った言葉でした。



あの頃僕は、

何かと不満を撒き散らし、

かつて自分を虐待していた母親に、

怒りと不満をぶつけていました。



何をしても面白くなく、

何を聞いても笑えない、

でも笑顔を作らないといけない、

そんな従順さから逃れるように、

僕は学校では真面目ぶっていましたが、

学校が終わると、

途端に荒れて見せました。



学校でケンカした事は数えるほどですが、

外ではケンカばかりしていたし、

夜の街で働き、

その筋の人達からスカウトされ、

何度か事務所番をした事もありました。



知ってはいけない大人の世界を知り、

自分がまるで大人になったような錯覚と、

体がデカく、

腕っぷしもある事が、

人から評価される世界にどっぷり漬かり、

抜け出せない僕を、

母親は育児放棄するしかなく、

僕も一人で生きていくしかない、

そんな家族でした。



僕を救ってくれた恩師が亡くなり、

本当の親のように思っていた人がいない人生を、

僕は何度も捨てようとしていました。



そんな時、

先生がいつか言っていた言葉を思い出しました。



『確かにお前は虐待されて、

 親の愛情を感じれないまま育った。

 でも、

 虐待ってのは、

 愛してないからするんじゃない。

 虐待した事を誰より後悔してるのはお母さんや。

 そして、

 反省しているお母さんは、

 お前を誰より愛してくれてるはずや』



誰があいつなんかと…



正直そんな思いが巡りました。



でも、

僕が誰より尊敬し、

愛している先生の言葉が、

嘘とは思えませんでした。



僕は母親と話し合いました。



なぜ虐待に至ったのか、

愛情はなかったのか。



母は、

幼少の頃より、

虐待を受けて育った人でした。



本当の親に見捨てられ、

親戚中をたらい回しにされ、

愛情をくれる人がおらず、

ただ良い子でいる事を求められ、

勉強より家事をさせられ、

ろくに学校もまともに出れていません。



僕が小学生の頃、

家庭訪問に来ていた先生が、

母親に算数の足し算引き算、

字の読み書きを教えている姿は、

衝撃的でしたが、

そういう背景があったんだと、

理解できました。



誰の愛も感じれない中で育ち、

我が子ができ、

父親は早朝出勤、

夜更けに帰宅の毎日、

母の愛情への枯渇は、

家族を得ても埋まりませんでした。



でも、

我が子がかわいい。

かわいいからこそ何とか育てようと、

愛された経験の乏しい母は、

見様見真似で愛する母を演じ、

疲れてしまった。



愛情を注いでも、

誰も評価してくれず、

愛情を注いだ子は、

自分が思い悩む時間帯にはぐっすり眠り、

自分への愛情を表現してくれない。



そして、

愛しているはずの子が、

何を不満なのか泣き喚き、

どうする事も思いつかずに殴る。



殴る度に恐怖で泣き止む。



しつけだと言い聞かせ、

母は自分を正当化するしかなかった。



誰も助けてくれない中で、

愛している我が子をしつけと称して殴る事を、

後悔しながら殴る日々。



いつしか母は、

パチンコ依存症や、

借金という問題に直面し、

更に荒んだ生活になっていく。



自分は努力しているのに、

逃げる事も許されない状況が、

育児放棄を招いた。



母の話を聞きながら、

僕は分析しました。

主観的な怒りを抑えながら、

できるだけ客観的に話を聞き、

精一杯、

虐待が起きた原因を知りました。



そして僕がなぜ反発し、

何度も母を傷つけるに至ったのか、

自分を貶めることで、

母を傷つけようとしていた事など、

語り合い、

語りつくし、

僕はいつの間にか、

心にぽっかり空いたはずの穴が、

小さくなっているのに気づきました。



そして、

今まで忘れていた、

母が僕を愛して愛して、

一生懸命愛情を注いでくれていた頃の記憶も、

思い出しました。



遊びまわって、

汗だくで帰った僕を、

笑顔で迎える母。



ヤンチャが過ぎて、

同級生をケガさせてしまった時、

相手の家に謝りに行き、

どういう教育してるのかとクドクド説教され、

平謝りしたと思ったら、

帰り道で、



『勝負に勝ったんやったらいい』



と言って胸を張った母。



気管支の病気になった僕が、

夜な夜な息苦しそうにしていたそうで、

一日中胸をさすってくれた母。







僕はたくさん母を傷つけ、

たくさん親不孝をしてきた。



それについてあれこれ言われた事はないけど、

今は普通に話せるようになり、

特別会って何をするわけでもない、

そんな関係だけど、

僕に対して、

自分の過去を赤裸々に語り、

後悔の弁を述べては、

涙を流した母親に、

僕は謝罪していない。



母に謝らせたのに、

僕はあの頃、

荒れては傷つけたあの頃を謝っていない。



電話で謝りたいと伝えると、

母は言いました。



『私のせいでそうなったんやもん。

 謝らんでええよ。

 それより栄一が今、

 たくさんの人に関わって、

 たくさんの人のためになる事をしてる、

 それだけで十分やから』



と。



謝る以外に何ができるだろうか。

それを許されなかった僕は、

母に伝えるべき事があるはず。







そんな時でした。



今回のクリスマスライブで、

サポートギターを依頼された、

16歳のバンド『マシマロ』の選曲の中に、

かりゆし58の



『アンマー』



という曲があり、

全然知らなかった僕は、

その歌詞を見て、

涙が出ました。



マシマロの小僧達も、

決して母親に孝行してきた連中とは言えず、

ヤンチャもしてるし、

人様に迷惑をかけた事もあり、

親不孝をした経験だってある連中です。



まるで僕の過去を見ているようで、

放っておけない小僧達が、

何の因果か、

僕をサポートギターに選んでくれて、

選曲にこの



『アンマー』



沖縄の方言で、

母親という意味の言葉の、

僕らが歌うべき、

謝る以外の方法、

道しるべをくれました。



僕は精一杯、

母親に感謝の言葉を述べようと思います。



心から、

生んでくれた事を感謝し、

これからも変わらず、

無条件で愛をくれる母親を、

それぞれがそれぞれなりの方法で、

歌い、

演奏し、

表現しようと思います。



おふくろ、

ありがとう



それが2人きりでは言えないけど、

この曲でなら言える。

本当に良いタイミングで、

良い曲に出会い、

チャンスがもらえた気分です。



選曲した小僧達、

僕を選んでくれた小僧達に、

心から感謝します。