コンコン・・・
無機質なノックに応えると、これまた無機質、という言葉が似合いそうな長身の青年が室内に入ってくる。
いつもながらの髪型。いつもながらの黒づくめの服装。
分かってはいるが、思わずため息が出てしまった。
「氏照さま、何か?」
こちらのため息など気づいてはいないように、さっさと用件を聞き出そうとするその無愛想さ。
忍びには感情など必要ない、というのは彼の昔からの持論だが、
使う側にしてみたら、便利ではあるが、面白みにかける気がする。
「小太郎、ちょっとそなたに申しつけることがある」
「は。何なりと」
頭を下げるとサラリ、と長い黒髪が流れる。
『見ている分にはお人形みたいでいいんだけどさ~』
先刻耳にしたうわさ話をふと思い出しながら、咳払いを一つ。
「そなた、ちょっとは服装を変えてみたらどうだ」
「は・・・?」
反射的に返事はしたものの、その真意を測りかねたように小太郎は氏照の顔を見つめ返した。
「いつもいつも同じ格好ばかりしおって。しかも端が破れても構わず着ておるし、
会社の女子どもに何と言われて居るか知っておるか?」
「・・・いいえ」
いつも正論を返され、ぐうの音も出なくなる氏照は、この忍びの意外な反応にちょっと気をよくする。
「『専務のボディーガードってぇ、見た目カッコイイのに、残念なんだよねぇ~』と、こうだぞ」
職場のOLの会話を戦国武将が口調まで真似ているというギャップは、
さすがに無敵の忍びにも多大なダメージを与えたようだ。
普段感情を出さない小太郎も、さすがに目を見開いて戸惑っている。
「う、氏照さま・・・」
「主命である。これから街へ行って、もう少しマシな服を買ってくるように」
「はぁ・・・」
「兄上の了解も取ってある。ああ、金ならこれを」
そう言って氏照が差し出したのは硬い材質の金色に輝くカードだった。
「それで買うがいい。何着買ってきても構わぬぞ。ただし、いつもの黒い服は禁止とする。よいな」
「・・・・・・」
小太郎は黙り込んで氏照に差し出されたカードをジッと見つめたまま固まっている。
「どうした」
「あの・・・氏照さま・・・これは、私が普段見ている銭とは少々違うように思いまするが・・・」
「え?」
「何やら南蛮の言葉も書いてありまするが、これはいかほどの価値でございますか?
紙の1万円よりは多い、と思っておけばよろしいので?」
「小太郎・・・」
「は」
「もしやそなた、クレジットカードを知らぬのか?」
「面目次第もございませぬ」
「・・・もちろん使い方も知らぬのだな」
「はぁ」
氏照は嫌な予感を打ち消すように、次の言葉を発する。
「では、電車・・・は乗り方を知っておるのか?」
「あいにく、いつもは車でございますゆえ」
「服を売っている場所はさすがにわかるであろう?」
「・・・妙齢の婦人方がいつも買い物をしておる、「スーパー」なる所にあるのではないのですか?」
・・・小太郎がいつも同じ服のわけがやっと分かった気がした。
「と、とりあえずそうじゃな・・・。うむ、新しい服を買うには東京へ行かねばならぬ」
「東京ですか。またずいぶん遠出ですな」
「行けるのか?」
「地図ならございますゆえ、車でなんとか参ります」
地図の読み方は知っているようだ。車の運転が出来るのだから、目的地にはたどり着けるだろう。
「東京の、そうだな・・・新宿あたりにデパートがあるゆえ、そのあたりで買って参れ。
支払いをするときにこのカードを見せればよい」
「なかなか便利なものなのですな。承知つかまつりました」
「では、たのんだぞ」
「失礼いたします」
パタン、とドアが閉まった途端、おかしいやら気の毒やら呆れるやらで氏照はしばらく呆然としていたが、
無事に帰ってくるのか心配になり、慌てて電話に手をのばした。
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小太郎の本体様誕生日記念のSSです。
途中ですまんです。なんか長くなったので二つに分けます。
こんなので許してくれるかな~~。