「破戒」(1962年公開)を観る。高校の日本文学史の教科書の中で見かけた固有名詞のひとつでしかなかった主人公瀬川丑松が等身大の生身の人間としてスクリーンに登場したのには妙な感動を覚えた。古典の古さを全く感じさせない人間性の真実がそこにあった。若き小学教員瀬川を演じた市川雷蔵が数年後に早世したとは残念だ。市川崑監督にしては出だしが低調だったが全体的には画像的にもストーリー展開でもまとまりのある優れた作品だった。社会派サスペンスの要素があり、松本清張を思わせたのも意外だった。島崎藤村から松本清張への地下水脈があるとは普段ちょっと気付かない。女優藤村志保にとってはデビュー作であるという。半世紀にわたり活躍する有名女優のデビューにしては地味な印象だが控えめな雰囲気が当時の大衆の心をつかんだのだろうか?部落差別というデリケートな問題が主題だが、主人公も制作者たちも真正面からこの社会の不条理に向かい合っている。その姿勢の真摯さ、誠実さに時代の特性を強く感じた。