ラスベガス学園創立20周年で校歌作詞作曲者による生演奏がありました | 微事ログ・オルタナティブ

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ラスベガスに住むプログラマー、パスカルの日常

某私立学校の講堂を借りて、日本語補習校ラスベガス学園の卒業式兼卒園式が行われました。

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我が家の長女は小学6年生にあたる普通部6年生を卒業。といっても、2週間後には同じ学校の中学生クラスへ進級することになっており、校舎も同じだし、1クラス数名の小さな学校ですからクラスメイトや保護者の顔ぶれも変わらず、進学したという実感はありません。

卒業卒園式の後に続けて創立20周年記念式が開かれました。

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長女のいる6年生たちが校歌を演奏。もともと年度末の学習発表会で、得意な楽器で演奏しようという話だったのですが、いつの間にか話が大きくなって記念式でも演奏することになっていました。


アメリカは広く、日本人学校や日本語補習校が近くにないために日本語教育を受ける機会がない日本人の子供がたくさんいます。広大なネバダ州に1つしかないこの補習校も、わずか20年前にはありませんでした。

学校の運営は保護者が主体となっています。通っている子供たちが卒業してしまうと必然的に運営メンバーも入れ替わりになります。私の子供たちが通い始めた7年前には初期のメンバーはほとんどいなくなっていました。

この日は20周年ということで創立初期のメンバーが集まりました。古くからいる先生のお話や、卒業アルバムに記載されている沿革でしかお名前を知らなかった方々と直接お会いする機会に恵まれました。考えてみれば20年というのは、初期メンバーが集まるには長すぎず、懐かしさを感じるには短すぎない、ちょうどいい期間であったと思います。

学校設立当初は勢いがあり、何事も軽いノリで進んでいったそうです。当初の2~3年は校歌がなく、やっぱり校歌があったほうがいいよね~というノリで軽く作詞を頼まれた丹羽先生は、一時のイベントではなく真剣な校歌の制作依頼であればということで引きうけられたそうです。

歌詞にはフーバーダム、マウントチャールストン、レッドロックなど、ラスベガスの周囲にある景勝地の名前が含まれています。子供たちが校歌に出てくる場所の実物を見てみたいとせがんだので連れて行ったりしました。下の子は当時まだ幼すぎて覚えていないそうなので、そのうちまた行かないといけません。

20周年式では丹羽先生の指揮と、作曲者である長谷川先生のピアノ生演奏による校歌斉唱がありました。丹羽先生は音楽家ではありませんので、指揮を任されたのは無茶振りだったようです。