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トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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名古屋ハッキョで濃い一時間

【1月31日・木曜日】

 八時過ぎに名古屋駅に着いた。午後の約束までだいぶある。
 小雨の中、駅近の名古屋朝鮮初級学校に向かった。校舎の隣の神社を通り抜け、運動場に行くが、人影がない。八、九台あろうはずの通学バスが止まっていない。
 校舎に入り、突き当りの教員室は女性の先生の姿だけだ。男性の先生は通学バスで児童を迎えに行っているのだろう。
 校長室に直行する。
 「連絡せず…突然来てしまい…」。
 運動会や学芸会、文化祭などのイベントもそうだが、「公開授業」や「一日労働」なんかも、ほとんどが「突然の訪問」だ。取材だというと、必ず書かなければならないというプレッシャーに勝てないからだ。
 「いつもは通学バスに乗っていて、この時間にはいないのですが…今日は…」
 金校長と学校で会うのは、二度目。前回、会った時もそうだ。缶コーヒーを飲んでいた。
 児童の声がする運動場へ。三人の男子児童がボールを蹴り始めていた。
 笠寺から電車通学の五年生。家から二〇分、クラスメートは一八人で、男子が八人。サッカー好きが多い。しっかりとしたウリマルで話ができた。
 階段の壁一面に、「『私たちは一つの大家族』運動」のスローガンと、運動の主旨を書いた壁新聞が貼り出されていた。
 一年生の教室をのぞくと、「皆仲良しです」と笑顔で迎えてくれた。三年生だけが二クラスだ。「火曜日のコンピューターが面白い」という。四年生の教室にいた児童は、「英語の授業が楽しみだ」と。英語の先生は、一人の児童はカナダ人だと、もう一人はオーストラリア、わからないという児童も、「ウリマルが分からない人」だということは間違いないようだ。

 五年生の教室には、「みんな智・徳・体を備えて六年に進級しよう」とのカラフルなスローガンが貼られていた。クラス全員で一文字ずつ描いたと、隣にいた児童は「二文字描いたとトンムも…」。

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 六年生の教室の外に貼られていた「2019年 私の一文字」が目に留まった。

 -구를 잘 한다힘을 척한다
- 논다 련습을 한다 학교를 즐긴다
-을 높여 축구능을 높힌다
- 동무를 하여동생을 하여가족을 하여집단을 하여 생활하고 행동한다
みんな欲張りというか、意欲的だ。
- 목표를 높힌다
漢字とウリマルのコラボだ。
- 동무를 만들고 싶다절한 사람이 되고 싶다마음을
なるほど「합친다」、確かに「」が入っている。大人には考えが及ばぬ発想だ。
-화목하게 평화의 세계를 만들자
 世界平和を目指す児童もいた。

 他に「 」、個性一杯のクラスのようだ。

 書き写しながら、感心したり、驚いたり、首をひねったり…。校舎ががしくなる。次々に通学バスが着いたようだ。
 玄関にると、幼稚班の園児の姿が。脱いだ外履きを下駄箱に入れて、下履きに履き替えて…一生懸命だ。目が合うと「アンニョンハセヨ」。児童たちよりも挨拶が上手だ。
 楕円の窓越しに園児たちを見る。ちょこまかしている。廊下で何人かの児童が園児の面倒を見ていた。

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 運動場では男子がボールを蹴り、三階の体育館では女子がバトミントンに興じていた。隠れん坊をする五、六年生。教室のストーブを囲んで話に夢中になっている児童もいた。
 運動場に向かおうとしたら、「白菜が育ちました」「一月二八日ついに収穫!」のポスターが目に飛び込んできた。
 「今年のハッキョのビックニューと言えば、白菜の大豊作…」、「一八〇〇株収穫して、伊丹のハッキョに三〇〇、北大阪に二〇〇送った」
金校長の話だ。

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 九時過ぎ、学美を観に市博物館に向かう全校生が運動場に集まり始める。着いたばかりのバスから児童が走って校舎に向かっていた。
 「二人欠席です…」
 児童のそんな元気な声が運動場に響いていた。

 校長の金先生が運転する、四年生が乗るバスに同乗できた。
 女子児童の声は大きい。男子児童の「うるさい」という声が消される。
 「それ日本語…バットはパンマンイでしょ」、天然、卵の殻、踊り部、ヘルメット、じじーは日本語だと指摘する声も。「恵方巻はキムパブ?」、「日本の風習だからそのままでいいのでは…」。
こんな話、そんな話で、メモ帳の上をホールペンは走りっぱなしだ。
「もしかしたら今日、アボジが来るかも」、「かほり先生、会えるかな…」。そんな声が聞こえた。「かほり先生」とは、「無償化裁判」支援に携わっている愛知県立大学の山本かほり教授。学校のイベントなどにも顔を出すので、児童たちは親しみをこめて「かほり先生」と呼んでいるようだ 
 児童たちは会場の三階の展示場に向かうエレベータや、会場でも騒ぐことなくおとなしかった。「公共施設だから…マナーを守って…」との先生の話が功を奏したようだ。ウリハッセンたちは、校内でヤンチャをしても、外では至って模範生になるようだ。
 「出会い」をテーマにした、一人ひとりが細い布をからみ合わせるワークショップは楽しそうだった。

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担任の先生は、貼り出された作品の前に児童を立たせて写真を撮っていた。「先生、絵心は?」と声をかけると、「描ければいいのですが」、「全く」、「児童に勝てません」との答えが戻ってきた。

会場には高齢の同胞が見に来ていた。東京朝高と西東京第二の生徒の作品を様々な角度から写メに収めていた。
東京展では、東京朝高の美術部の作品群が「いばって」いたが、ここでは愛知朝高生の存在が薄い。
愛知朝高には美術部がない、生徒数の減少の余波とのことだ。この何年間、第二部活という形でスタートし、新年度には正式の部活として復活する見通しだと話す趙先生の表情はやる気満々に見えた。

昨年夏、朝大での学美の審査を見に行ったが、ここで改めて様々な「顔」と出会えた。(別稿参照=朝鮮学校百景=第47回在日朝鮮学生美術展・東海展=迎えてくれた愉快な「仲間」たち)


*加筆して『朝鮮学校のある風景』54号に掲載します。