朝大の図書館で古新聞と格闘
【3月4日・土曜日】
この日の昼食は、ピビンパとワカメスープ。具が入った大きな丼を受け取り、各自がその上に好きなだけご飯を載せる。在学中は、具が入ったお皿を受け取り、丼によそったご飯の上に具を載せて食べていた。

同じテーブルに着いた先生は、一度器にご飯をよそい、それを大きな丼に移していた。「ついつい、食べすぎので…」とのことだ。
歳月が流れても、ピビンパは超人気メニューの一つのようだ。混ぜながら、思わず「肉」とつぶやいていた。在学中、ビビンパに肉が入っていたことはなかった。食堂は、コチュジャンとゴマ油の匂いが漂っていた。
昼食後、土曜日は二時までだというので急いで図書館へ。図書館左手の学生会の事務所の壁に、「構内を学習熱風、学習熱気で…」と書かれた大きなポスターが貼られていた。手前の掲示板には、「万ページ読書運動で最後の拍車を!!」の文字、その隣には「平均10036ページ」、すでに「37・9%」が達成したことが書かれていた。
こんなポスターを見るだけで、なぜか図書館への歩みが軽くなる。在学中、図書館一階の大教室だけが一一時の消灯後も、二時まで開放されていたことが思い出された。

この日は、もっぱら「朝鮮新報」の前身の「解放新聞」の閲覧だ。一九四八、九年の「学校閉鎖令」―「4・24教育闘争」の記事を拾った。生々しく伝えてている。それから教育援助費が送られてきた一九五七年四月の「朝鮮民報」もだ。
どうにか、時間内に切り上げて図書館から出てくることができた。
*加筆して、3月下旬刊行の『朝鮮学校のある風景』42号に載せます。