その3・旧校舎での最後の終業式 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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旧校舎での最後の終業式
【7月21日・土曜日】
 この夏には老朽化した校舎が取り壊される、この校舎での最後の終業式だ。
 路線バスに乗ると、児童の姿が。水筒にウリマルで名前が書かれている。東京チェーサムの児童だ。真後ろに座ったが、話声は聞こえない。
地下鉄の駅と接続するバス停で何人か持ってくるかと思ったが、誰も乗ってこなかった。三つ先のバス停では黄色いリュックを背負った少し大柄の児童が乗ってきた。アボジなのだろう、自転車で見送りに来ていた髭を生やした男性が子どもに手を振っていた。
 二学期から新校舎ができるまで十条の東京中高の仮校舎に通うことになる。通学はどうなるのだろうか? このバスの始発駅から東京中高の最寄り駅はJRで一つだが、ラッシュが心配だ。バスで通ってもチェーサムに行くよりは少し近くなる。途中から乗ってきた児童は…そんなことを思いながら子どもたちを眺めていた。

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 バスを降り、学校に向かう児童たちの後を追う。黄色に赤、黒、青に紫、カラフルなリュックが左右に揺れている。何日も続く猛暑、みなが片手に水筒を持っていた。
 校門に近づくと、誰ともなく一斉に゛走り出す。
 この校舎での最後の終業式だというので、児童以上に興奮してたようだ。だいぶ早く着いてしまった。校舎の前のファミリーレストランで時間を潰す。校舎側に座り、ブラインド越しに校門を眺める。児童が校門に吸い込まれていく。しばらくすると、教務主任と六年担任の夫先生が校門の前で出迎えていた。

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 ファミリーレストランの二階から校舎を背景に、子どもたちの登校姿を何枚か撮る。新校舎の校門は同じ場所なのだろうか、校庭に立ち、ハッキヨを見続けてきた朝鮮のハラボジの顔をしたトーテンポールはどうなるのだろうか、そんなことを思いながら校舎に入る。
 スリッパに履き替えていると、「アンニョンハシムニカ」だ。この声を聞くと、チェーサムに来たという感じがする。
 「ご覧になりましたか? 子どもたちの一言?」
一年担任の黄先生に促され、二階に上る階段の壁を見る。歴代卒業生の写真が貼られていた場所に、「校舎よ! 新しい姿でまた会おう!」とのタイトル、その下に、児童たちの「想い」がびっしりとか書かれていた。
「校舎は一生私の心の中に…」、「これまで本当にありがとう。朝鮮人としての誇りを学び…」、「青空の下のウリハッキョよ、新しい校舎になったら一緒に遊ぼう」、「これまでありがとう。校舎は変わっても…」。
児童たちの感謝の言葉と、かわいらしいイラストに心が和んだ。

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登校してきた童が立ち止まり、そんな言葉を目で追っていた。
二階の低学年が椅子を持って、三階に上っていく。椅子をもてあます一年生がいる。先生の声に励まされてようやく階段を上りきる。そんな光景もこの日は最後だ。高学年の教室の隔たりを取り除いた「臨時講堂」に、「縦と横の列を合わせて」。いつものように教務主任の大きな声が響きわたる。
 この校舎での最後の終業式だ。
 始まる前、教務主任が「このハンカチ…誰のものですか…」と。忘れ物のようだ。手をあげたの児童ではなく、先生だった。いつか旧校舎での最後の終業式を思い出すとき、ハンカチのことも語られるのだろう。
 
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「…この校舎でのすべての行事は今日が最後です。昨日は、全校生によるお別れ会を…」
学年別に一学期を振り返りながら、校長は、二学期から始まる東京中高の仮校舎での生活について多くの時間を割いていた。通勤ラッシュに乗り換えなど、一番の心配は、通学路が変わることのようだ。
学年別に成績表が渡され、消防車写生会の入選発表の後、、「…板橋大山にそびえ建つ…」の愛校歌が講堂に鳴り響いた。
帰りがけもう一度、壁に書かれた校舎への感謝の寄せ書きを一つ一つ読み返した。

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「これまでありがとう。六年間私たちを育ててくれ、愛してくれ、いつも一緒にいてくれた学校、その学校と校舎を絶対に忘れません」
七二期、二五六二人目の卒業生との署名がある。新しい校舎で、学ぶことができない六年生の言葉だ。
この校舎が完成したのは、私が卒業した年の一九六二年の暮れだ。建築中の校舎の屋上で、卒業記念写真を撮った、その日が思い出された。
 校舎をひと回り。築五六年、二度の大幅改修を施したとはいえ、一部校舎の外壁は剥がれ落ち、悲鳴を上げているようだった。(金日宇)

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*加筆して9月に配本する『風景』51号に掲載します。