墓前でこぶし振り上げ抵抗歌
【6月18日・月曜日】
「ウリハッキヨと子どもたちを守る市民の会」の訪日団の一行を青山の「解放運動無名戦士の墓」の前で迎えた。三日前に来日し、文科省前で「朝鮮学校差別反対」、「高校無償化適用」を叫び、埼玉と東京のウリハッキョを訪問して児童、生徒らと直接触れ合い、横網公園と荒川河川敷の追悼碑の前で関東大震災での朝鮮人犠牲者を悼んだ。前日、「統一」をテーマにした東京中高での文化祭の会場でも話を交わした。4・27板門店宣言と6・12朝米シンガポール会談にわく、同胞、生徒の姿に刺激を受け、奮い立たされたと語っていた。
すでに何回か訪れている、孫美姫代表に「一九四八年の4・24教育闘争から七〇周年を迎えた今年は、ウリハッキョを守り抜く決意を新たにするために黙とうではなく、戦いの歌で始めたい」と告げると、参加者がそろって
愛も名誉も名前も残さず…同志たちはどこへ消えたか分からず旗だけはためき…
今年の光州民主化闘争追悼式でも歌われたあの「님을 위한 행진곡」(あなたのための行進曲)を歌い始めた。
歳月は流れても、山河は記憶する…
先に逝くから、生きてる奴はついてくるんだ

との最後のフレーズ、皆が拳を振り上げ声を合わせる姿に背筋が伸びた。

呉亨鎮先生の「先生を返せ」との熱のこもった体験談に目頭を熱くし、一九九九年と二〇〇〇年生まれの二人の青年が献花し、荒川河川敷でも行ったという、舞いとヘグムの演奏が厳粛な雰囲気を醸し出した。いつもと違った「追悼の場」となった。
*加筆して『朝鮮学校のある風景』50号に掲載します。