「平昌」にやられちまいました。 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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 「平昌」にやられちまいました。

【2月19日・月曜日】

 集合時間前に着いたが、すでに飲み始めていた。同級生の康トンムが営む北千住のお好み焼き店での新年会を兼ねた、東京朝高18期同窓会の幹事会、定例化して久しい。

 一人二人、入ってくるたびに握手、そしてテーブルごとで乾杯。三〇分余りの歓談の後、朴会長が「健康に気遣い…とにかく元気で…」という短い乾杯のあいさつ。黄幹事長が三つの議題にそって話し始める。まずは昨年一一月に催した一三回目の同窓会についての総括。話が長い。時々「集中して!」という声が飛ぶ。一瞬、静まるが…。それでも、秋の有志による旅行会、来年、母校での一四回目の同窓会の開催について合意した。

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 騒がしい声が外まで漏れているのか、定休日で、看板の灯は落ちているのに客が入ってきていた。

 慎トンムに頼まれ何枚か、写真を撮る。二〇人全員の顔が入る様に「写真を…」と声をかけるが、話に夢中なこともあるが、耳も遠くなっているのだろう、振り向く気配はない。テーブルごとにスマホを向ける。朝鮮で暮らす同級生とのパイプ役になっている慎トンムは、年賀状を出せなかったので、幹事会の様子を書き送るとのことだ。帰国した同級生トンムたちのことをいつも心掛ける、そんな姿に頭が下がる。

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 体に気をつけようと言いながら、飲み始めるとなかなかブレーキが利かなくなってしまう、そんな彼らの話の定番は、健康と孫の話だが、今年はそれに平昌が加わった。アイスホッケの単一チームに、マスコミが大騒ぎしている「美女応援団」、「三池淵楽団」…。会長の朴トンムが夫婦で総連の応援団に行ってきたということもあって、話が尽きない。
 朴トンムは、ジョッキ片手に「元気だった」とか、「あれどうなったの」とか、一人ひとりに声をかけながら、四つのテーブルを「迂回」。「平昌、寒った?」、「入場式は?」、「公演観たの?」…。そんな質問に、楽しそうに応えていた。
 …上下六枚ずつ着きこんで、体中にカイロを…開会式には興奮…込み上げるものが…応援団には会えなかった…トイレで応援団と一緒に並んだという女性たちがうらやましかった…ホッケーは競技場で応援できず、大きな体育館で地元とアメリカなどから来た同胞と声を合わせて、『ウリヌン ハナダ(私たちはひとつ)』…、高揚感、元気を一杯もらった…
 彼は、「行ってよかった」を繰り返していた。
隣に座っていた女性陣からは「本当、みんな美人…化粧も上手で…個性的…」。それに口をそろえて、「金永南委員長の涙に感動した」、「老闘士の涙と若い女性の微笑みに…」と。後ろのテーブルに座った男性陣もだ。日頃、現職のトンムたちに「いつまでやっているの…」、「分かっちゃないんだから…ミサイル飛ばして…」。そんな「辛口」な言葉を発していたトンムたちも、極寒の平昌からの「熱風」に完全にやられちゃっていた。
「孫は日本学校に行ってほしくはないが、ウリハッキョには…」と、朝鮮学校への入学をためらっていた「ハルモニ」も、東京第一初中への入学式が楽しみだと話していた。「平昌効果」のようだ。
途中、店主の康トンムが「外出」、女性同盟の役員会に参加するためだ。そこでも「平昌」が話題になるのだろう。特使と高官、芸術団、応援団のソウル、平昌入り。同胞社会への影響けっして小さくない。波紋は広がり続けているようだ。
…二年後の東京オリンピック…もちろん統一チームでしょ…「マンギョンボン」号で入国…民団と合同応援…もしかしたら帰国した同級生も応援団で…
そんな「夢」が膨らむ、いつもとは少し、いやだいぶ違った幹事会になった。