刺激!! 東京中高の美術部展 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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刺激!! 東京中高の美術部展
【1月29日・月曜日】
 最終日、それもクローズ二時間前。顔見知りの部員が出迎えてくれた。というより、受付に座っていた。三年生、聞くまいと思っていたが、話し出すと聞かずにはいられない。「卒業してどうするの?」。それほど、「将来」が気になる個性豊かな面々だ。
 壁の展示は、整然としているが、所狭しと床に置かれた? 撒かれた? 「作品群」は雑然としている。踏みそうになって、説明を見ると、踏んでもオーケーとのことだ。一言で「雑多」としている。

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 一番奥、共和国旗を模したであろう屋根の造形物、タイトルは「屋台部project『対話』第二弾(MOTO)」。「MOTO」は、今会の部会のテーマ、チラシにはいつものように小難しい文書が書き綴られていた。
「『もと』という言葉は、元、本、素、基、質…など、様々な漢字に置き換えることができます。これらは、物事の原点、あるいは、物事の根本を…」説明が延々と続き、「あなたも、私たちと一緒に『もと』について今一度考えてみませんか?」ということばで結ばれている。
 「屋台」では、女子生徒? 女子学生?らしき人と制作者との「対話」が延々と続いていた。「高校無償化から排除…そんなこと知らなかった」「朝鮮学校って…」そんな彼女の声、「越境、境界線を越えるということは…」。懇切丁寧に製作者の声とが「屋台」越しに聞こえてきた。

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椅子が空いたので座る。
開催一週間で一〇〇人余りと「対話」したという。
…会場の外に出て、チラシを撒き呼び込んだこともあってか、様々な人が来て…中には、日本に朝鮮人がなぜいるのかと…そんな質問にもめげることなく、アメリカ人に英語でまくしたてられ、聞き取ることができるのだが、言い返すことができず悔しい思いもした、色々あったようだ。それでも元気一杯、だれでも来いの気迫に満ちていた。

作品の完成をどこで見定めるのかとか、コンセプトをどのように決めるのかとか、どんな時に作品のイメージが膨らむのとか、作品のイメージが頭の中では完成しているのに、すぐに制作に取り掛からずにそんな「タメ(貯め・溜め)」を楽しんでいるとか―そんな話ができた。東京と神奈川の美術部顧問に対する「真面目な分析」には笑えた。途中、夜行バスで来たという京都中高の美術部の部長や、中級部までサッカー部だったという高級部一年生が加わり、制作するということと、文章を書くということとの共通点などを探ったり、論じたりして、学ぶことが多かった。いつ、どのようなとき、「降りてくる」とか、「降りてきた」とき、作品化するためには日ごろの努力、積み重ねが大切だという、そんな「大人の会話」を楽しめた。
 朝大に進学するという。卒業後、どのように「進化」するのか、「進化」できるのか…。少し、いや多分に生意気な、そんな愛すべきふてぶてしに好感を持てた。

家に戻って改めて「作品紹介」を読んだら、「屋台部…」には、次のように記されていた。
「この屋台は誰でも自由に入れて『対話』を楽しむ場所です。騙されたと思ってちょっと寄ってみてください」
 「ちょっと寄って」みるつもりが、一時間半余り座り込んでしまったようだ。まんまと、それも気持ちよく「騙された」ようだ。(この項、金日宇)
××
毎年この時期に行われる部展は三年生の卒業展でもある。馴染みの生徒の作品を見ると、彼・彼女のかつての作品が思い浮かぶ。
張明希トンムは二年前、自作のチマ・チョゴリを着て学校の最寄り駅前に立って、道行く人々の反応を体験した。学美ではそのビデオとともに、チマ・チョゴリが展示された。チマの後の部分は新聞だった。若干十五歳の少女が、在日朝鮮人として生きることを日本社会に問うているその姿が私にはあまりにも痛々しかった。昨年、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を再現した地獄の作品にはぎょっとした。そして今回、明るい色彩のチマチョゴリを描いた作品にほっとした。「明るい絵を描こうと思った」という。「絵を描くにしてもなんにしても勉強をしなくてはと思った。勉強をしたくて、朝鮮大学校法学科の通うことにした」という。彼女の作品は常に私の心を揺さぶった。今後、彼女がどんな女性に育っていくのか、楽しみだ。

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朴美穂トンムは素材にこだわって独特の作品を作り出していた。今回は「無形」。作品紹介には「大切なものは無形ばかり それを詰め込んだ私の中身は無形だらけ 私は無形だが 私の瞬間の無形を永遠の無形にできる 目に見えるような形を持たず無形という 形であり続けたい 自分自身で無形を表現し続けたい」と書いていた。中央に走るチマチョゴリを着た生徒の後ろ姿を描いた今回の作品は、前回の試みに磨きがかかっていた。花屋さんに就職するという彼女が作る花壇をいつか見てみたいと思う。

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琴善鈞トンムの作品は、二年前に見た山の絵が印象に残っている。昨年は、街の至る所にある塀のような幅の細いところを棒を持って渡る映像を流し、細い四角の木の棒を会場において体験を促していた。一人で「バランス」を保つことは難しい。両脇を支えてくれる人がいるから、バランスを保って人生を楽しめる。棒の上を歩きながらそんなことを考えた。今回は屋台だった。傍らには昨年夏のウリハッキョ美術部合宿が行われた淡路で屋台を設けた時の記録があった。屋台に興味を示した人たちと論議し、一緒に絵を描き…。朝鮮大学校美術部に進む彼の作品に期待する。
もう一人の三年生、高有輝トンムとは残念ながら話す機会がなかった。本当に残念だ。でも彼女の作品、一枚一枚単年に描かれた葉っぱ数十枚、いや百枚以上で表現された「始まりがあれば終わりはない」は心に残りました。またどこかで作品を通じて再開できればありがたいと思う。
乾いてしまいそうな心に、痛みと驚きと、悲しみと怒りと懐かしさとすがすがしさと期待を与えて常に刺激してくれた四人の三年生に心から感謝したい。本当に、本当にコマプスムミダ。そしてまたどこかで会いましょう。(この項、金淑子)
 
*加筆して3月に刊行する『朝鮮学校のある風景』48号に掲載します。