知的刺激の快さ・朝大にて | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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知的刺激の快さ・朝大にて
1月19日・金曜日】
 なりを潜めていた「好奇心」に、「また遊ぼうよ」とつつかれている気分。金曜日、朝大・外国語学部日本語科の李英哲先生の授業に参加して以来、そんな気分にさいなまれている。忙しいからと学びのチャンスを切り捨ててきたことへの未練もあった。
参加したのは、午前の近代文学のゼミと午後の「現代語精読」だ。
 
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ゼミの教材は武田泰淳の「汝の母を!」。武田は一九三七年から除隊するまでの二年間、華中戦線に送られた。まさに盧溝橋事件(一九三七年七月)後華北から華中・華南へと戦線が拡大し日中戦争が泥沼化する時期である。小説は、日本兵たちが中国人の母と息子に加えたおどろおぞましい拷問について書いている。日本中が戦争の記憶を消して、塗り替えようとしている今、こうした生々しい文が残っていることが救いのように思えた。今現在女性である私の視線からは「果たしてそうだっただろうか?」と疑問に思うこともあるが、そんな問題提起も含めて、発表当時の社会の視線で事実を書き残すことの大切さを感じた。担当の学生たちが提出したレポートには、作者や時代背景、作品分析について様々な資料が集められていた。先生から、「自分たちの見解が記されていない」と指摘されていたが、自分たちも準備不足を申し訳なく思っているのか、少し小さくなっているようだった。
午後の授業では、ノーベル文学賞を受賞したポーランドの詩人ヴィスワヴァ・シンボルスカの作品「一目ぼれ」など詩を三篇と李先生が『이로하[いろは]文集』の日本語学科創設10周年記念号(二〇〇六年)に寄稿した文「〈日本語〉に抗うために」が朗読された。
日本語をなぜ朝鮮大学で学ぶのか?どうせ学ぶなら日本の大学でと思ったことのあるのは私だけではないはず。しかしその視線には在日朝鮮人が「母語」の日本語にどう向き合うのかという、そもそもの姿勢が抜け落ちていた。
彼は寄稿文で「我々在日朝鮮人が〈日本語〉を生きるとは、〈日本語〉への違和をたえず覚え、〈日本語〉へのたえざる異議申し立てを、ほかならぬ〈日本語〉そのものによって行い続けることなのだ」とし、次のように述べている。
 
 およそ言語にたずさわる仕事は、言語への物神化を不断に警戒し、息も絶え絶えの状態であえいでいる言葉を取り戻し、命を吹き込むことでなければならない。そしてその言葉をふたたびシステムへと投げ返し、抵抗し続けることによって、人間性の全的な回復と新たな倫理の獲得・創出に向けた、真の解放を目指す営為でなければならない。
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授業の翌々日、「メッセージ」というアメリカ映画を見た。授業で生じた「言葉って?」という疑問符がますます大きくなって、いま、私の頭の中を陣取っている。(この項、金淑子)

*3月に刊行する『朝鮮学校のある風景』48号に掲載します。