不思議な空間?「朝鮮観光ファンミーティング」 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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「朝鮮観光ファンミーティング」
10月9日・月曜日】
 「訪朝記」を売ることができるというので、「朝鮮観光ファンミーティング」に参加した。その後の懇談会まで合わせると、七時間、「不思議な空間」に迷い込んだようなひと時だった。
 まず、主催者の堤さんが「安・近・短! 二泊三日縮地法で行く! チョソン旅の魅力」と題して話した旅の日程は、羽田→ソウル→瀋陽→丹東→新義州→平壌→東林→新義州→丹東。瀋陽から平壌まですべて列車の旅だ。ゴールデンウイークだったので、少し高めの八万八千円(丹東発着)とのことだ。


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新義州で入国手続きに二時間、夕方、平壌に着くなり向かったのは、なぜか書店で、その後、「料理人」の藤本さんの店で寿司とラーメンを食べて、高麗ホテルに宿泊し、翌朝には列車で東林へ。平壌滞在わずか一六時間、東林のホテルのレストランのショーと訪問した学校での歓迎公演がとてもよかった、早朝、東林ホテルの従業員と一緒に律動(リュルトン)体操をしたことを楽しそうに話していた。
次にマイクを持ったのは、共和国の外交団事業総局の招きで平壌郊外の「日本人村」で暮らす「よど号」関係者に会いに行ったという、佐藤さん。彼らの帰国支援に関心があるようだ。
七日間滞在して一八万円、「よど号」関係者の家で寝泊まりしたので、旅費は飛行機代だけ。たくさんのお土産を持って行ったようだ。何台かのかれらの自動車に分乗して、平壌市内に食事に行ったとか、ツイッターをしているとか、近々「よど号日本人村」発のホームページを立ち上げるとか、普段聞けない話だ。


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ポーランド人のエミールさんの、七月四日と九月五日を前後して、旅行者を案内した話も面白かった。かれも「もしかして会ったかも…」と話していたが、私と同時期に行っていたことになる。妙香山や万景台少年宮殿で出会った外国人旅行社のバスに乗っていたのは彼らのグループだったのだろう。かれらもまた、藤本さんが営む「たかはし」に行っている。カウンター六席とテーブル席一つの小さな店とのことだ。九〇ユーロ―の寿司セットは「絶品」と。制裁下にもかかわらず、「第一三回平壌秋季国際商品展覧会」には、二五〇社が出展、うち海外が八一社、なかなかの盛況だったようだ。スポーツ用品、スポーツドリンク、パソコン、ソーラーパネル、ハンドバッグ…歯磨きのチューブには朝鮮のアニメのキャラクターが印刷されていたことに驚いていた。


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金剛とか妙香とかの化粧品が凄い人気で、美容と健康関連の商品が目についた。タバコを止める薬などもあったと。その場で買えるので、市民が群がっていた、ビデオ撮影も自由だったと話していた。外国人観光客が万寿台の銅像に行けなくしているという。インターネットで「無理やり連れていかれた」などとアップする人がいて神経質になっているとのことだ。
 八月下旬に、五泊六日で平壌、元山、金剛山に行ったという二人の青年も話に熱がこもっていた。一人は初めてで、もう一人は二〇〇一年以降、七回目の訪朝、高校生の頃、「平壌放送」から流れてくる音楽に魅了されて、朝鮮に関心を持つようになったとのことだ。
凱旋門の屋上から市内を一望したとか、金剛山のホテルでは、テドンガンビールを韓国のビール会社の「hite」のグラスに注いで飲んで、「これこそ南北平和統一だ」と思ったとか、先軍節と青年節の日、牡丹峰劇場と平壌大劇場での公演を観て、「朝鮮は芸術の国だ」ということを実感したとか、話は尽きなかった。おすすめは「光復地区商業中心」で、豊富な朝鮮産の品物とそれを買いに来る市民の姿を見ることができるからだと、その理由を語っていた。
 八月二九日に平壌空港を経て、帰国したが、北京空港に着いて、平壌空港を発着する一時間半前に、「ファソン12」号が発射されたことを知って驚いたとも。


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 会場に展示された、テドンガンビールと牛肉と梨の缶詰、数種類の飴とガム、お菓子にスマホを向け、共和国の国旗を印刷したクリアーファイルを購入する人の列ができていた。二〇〇九年と今年九月に出した二冊の「訪朝記」も予想外に完売。


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 懇談会では、最近訪朝した人を囲み、この何年間の変化と「穴場」情報を交換し、関西でもこうしたファンミーティングの開催を、名古屋空港から直行便が出ていたことを懐かしみ、「マンギョンボン」号の再就航を望む話などが交わされた。テドンガンビール№1と№2の試飲に、「従来のポンファやリョンソンに比べて飲みやすい」との声が多かった。
 今回五回目のファンミーティングのテーマは、「チョソンに秘められた無限の可能性を探る」だった。なるほど「可能性」が無限にあるようだ。発言者は、旅行の楽しみというより、体験できた喜びを語っていた。その後の懇談会でもそうだったが、ここでは「北朝鮮」という言葉を一度も耳にすることはなかった。朝鮮か共和国だ。当たり前のことだが、このご時世、それがとても不思議に思えたひと時だった。
 来年九月には、平壌の人民大劇場で「朝鮮観光ファンミーティング」が予定されている。すでに朝鮮国際旅行社日本担当の金哲部長と協議がすすみ、四五人の参加者を見込んでいるとのことだ。

**再整理して一一月に刊行する『朝鮮学校のある風景』46号に載せます。