東京第三・卒業式と謝恩会 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

トンポ・トンネ 日々イモジョモ

ブログの説明を入力します。

東京第三・卒業式と謝恩会
【3月20日・日曜日】
 
今年も、母校の東京中高の中級部と高級部、東京第三初級、三つの卒業式に参加することができた。
 「トンムは、どんなものとも代えがたい大切な宝物です。私たちは卒業しますが、トンムを愛し、トンムのために尽くす心を育んでください」
 東京第三の卒業生代表が在校生に残す言葉の一節だ。トンムという言葉が心に響いた。トンムとは、日本語で「友だち」の意味だが、ウリマルでのトンムという言葉には、親しみや慈しみの気持ちがこもっているようだ。
 ウリマルとトンムという二つの宝があれば…道は開ける、価値のある人生を送ることができるという東京朝高の慎校長の贈る言葉が思い出された。東京朝中の卒業公演でも「けっして一人ではない。アボジがいて、オモニがいて、時には厳しい先生がいて、何よりもかけがえのないトンム[]がいる。たくさんの愛をこれからは私が…」と。「トンム」という言葉が繰り返されていた。
 児童・生徒たちがウリハッキョで学んでいるのは、言葉としての朝鮮語やハングルではなく、ウリマルである。そうした環境の中で得た、トンムこそ、ただの友だちではなく、一生の「宝」と、言えるのではなかろう。
 東京第三の卒業式と謝恩会でのベストショット10を選んでみた。
 
ベストショット1・金校長は、「困難な環境」という言葉を幾度も繰り返した。「3・11」の大震災、「拉致」、核とミサイル、「高校無償化」からの排除、東京都の補助金の停止…。そして校長は、「黙々と」、「人知れず」、「一生懸命」、「繊細な」、「地道な」、「誠実に」、「忍耐強く」という言葉で、二一人の卒業生の六年間を称えた。
 
イメージ 1

ベストショット2一年生が卒業生に花束を。廊下で児童たちは、「一年間、コマッスムニダ」の言葉を幾度も繰り返していた。そんな姿に教育会の洪先生とオモニ会の会長がスマホを向けていた。握手をするだけではなく、抱き寄せたり、頭をなでたりする卒業生もいた。時折、「可愛い」、「小さい」という言葉とともに、保護者から笑い声がもれる。卒業生がたくましく見えた。六年間の成長を実感できた瞬間でもあった。学父母と在校生は「…朝鮮人としての第一歩を…手を携えて導いてくれた…トンムのために尽くす心を…」。卒業生たちは、代表が読み上げる答辞に、一言一言かみしめるように聞き入っていた。


イメージ 2

 ベストショット3この日、10組の保護者も「卒業」した。卒業生が末っ子の家族だ。学校からは記念品が、オモニ会からは花束が贈られた。五人姉妹の末っ子とアボジとオモニのスリーショットを仲良くカメラとビデオに収める二人の姉。そのオモニたちの多くは、チマチョゴリ姿だった。

イメージ 3

ベストショット4「○○トンム、大きくなって…」、「ソンセンニム…」。退場する卒業生一人ひとりに話しかけ、花束を渡す女性、一、二年生の時の担任先生だ。名前は忘れていないようだ。


イメージ 4

ベストショット5・卒業公演―楽器を奏で、歌をうたいながら軽快なステップを踏む。見せるためではなく、誰よりも卒業生自身が楽しんでいた。
 
イメージ 5

ベストショット6「第三の未来に向かって新しいスタート!」との横断幕を背景に校庭で記念写真。チマチョゴリ姿のオモニが目立つ。祖父母、姪の名を呼ぶ叔母や叔父の姿も、一家総出のイベントだ。○○のアボジや、○○のオモニではなく、名前で呼び合う保護者が多かった。先輩後輩関係もそうだが、アボジ会やオモニ会の活動が活発で、日ごろの交流が少なくないということなのだろう。
 
イメージ 6

ベストショット7集合写真が終わると、家族で、仲良し同士でもう一枚だ。「子どもが仲良しだと、自然と親同士も親密になるのでは…」。そんな声も聞かれた。
 
イメージ 7

ベストショット8謝恩会-恒例の幼い時の写真をスクリーンに映し出しての「私は誰でしょう?」。
「将来の夢:獣医、思い出:スキーモイム、好きな食べ物:果物全般、趣味:読書、特技:ハリーポッターの呪文を全部言える、尊敬する人:織田信長」。
焼き肉、タン塩が好きな児童が多いようだ。「声が大きい」とか、「ゼロ歳の弟と遊ぶこと」だとか、「どこでも寝られる」とか、いつもながら笑いの渦だ。
 今年は担任の夫先生の幼い時の写真だけではなく、最近生まれた子どもの写真まで…会場からは思わず拍手が、出産祝いが手渡された。アボジとオモニの合唱が始まると、卒業生たちは一斉に立ち上がりスマホを向けていた。心和む光景だ。


イメージ 8

ベストショット9六年間の元担任がお祝いの言葉。一言と言われているのに、とても一言では終わらない。
 二五年間、教壇に立ったが、無駄なことは何一つなかったと、この場を共にできた喜びを語った。東京第九から赴任してきた先生は、前日まで戸惑っていたが、児童にあった瞬間、新しい出会いに感謝したという。笑顔が絶えないクラスだった。一緒に明るく笑いながら困難に打ち勝つことを教わったという先生がいた。高学年を担任するのは初めてだったが、とにかく楽しかったと語った先生は、もう一年担任し、送り出したかったと述べた。
 担任の夫先生は、初めての男性の担任だというので、最初は何となく距離感があった。今では教師と学生というより、兄弟のように…。女子はみんな可愛く、男子は全員カッコよく、胸を張って送り出すことができます。式の間、いつもはそんなことがないのに涙が、少しだけ…。


イメージ 9

 プレゼントを渡す卒業生も、受け取る先生もはちきれんばかりの笑顔だ。
 最後に、障害をもつ子どもが地域の校で分け隔てなく共にぶことを提唱するI先生が、ここでの二年間のふれあいについて語った。…三年生の時、保護者から相談を受け、校にるようになった。室に入って、一目見て問題はないと思った。子どもたちが互いに認め合っている、仲間として…。校とクラスの一員として受け入れられ…安心した。むしろ皆さんからんだ。勉になった。先生は、卒業生全員にプレゼントを渡しながら、「有難うございます」を繰り返していた。とても印象にる言葉、シンだった。
 
イメージ 10

ベストショット10・謝恩会が終わった後のサプライズ。卒業生一人一人が保護者を前に感謝の手紙の朗読だ。「毎日、弁当を作ってくれて…」、「…試合、いつも大きな声で応援してくれて…」、「心配をかけて…」。中でも「たくさんのトンムと会わせてくれてコマッスムニダ」という一言にはジーンと来た。アボジは娘をオモニは息子を引き寄せ固く抱きしめる。「反抗期でミアナムニダ(ごめんなさい)…」と書いた子は、アボジからもオモニからも逃げ回っていた。娘ではなく、娘のオモニを抱きしめたのはアボジ会の会長、場内が沸いた。


イメージ 11

ベストショット番外編・校庭には、昨年一日登校の時、新入生が植えたチューリップの葉が伸びていた。あと、一週間もすると入学式だ。その子たちにも、この日の二一人の卒業生たちのように、ウリマルを楽しく学び、かけがえのない沢山のトンムで出会い、朝鮮人として大きな一歩を踏み出すことができればと願った。
 
 
 
*5月下旬刊行の『朝鮮学校のある風景』37号に載せます。