朝大「花の政経14期」青春物語
その10・番外編
「腐れ縁」確認した
一泊二日の熱海旅行
集合時間に少し遅れてホテルに着いた朴トンムの最初の一言は、「観た?!」だった。「凄いよ、花園だよ…」。秩父宮ラグビー場から直行してきたようだ。サッカー部の彼がラグビーの話をするとは思わなかった。よほど嬉しかったようだ。
朝大政経学部一四期の有志の憩いの場として「club小平村」がスタートして一二年、二回目の一泊旅行だ。正式な同窓会となると、やれ会則だの議決だのと面倒くさいので、拘束しない、拘束されない出入り自由のグループだ。何年か前の松本旅行には、三〇人前後が参加したが、今回は一三人。前回は一回目だというので、何度も案内を出したり、確認しあったりしたが、今回は往復はがき一枚、毎年年末に行っている「送る会」もそうだか、無理強いしないというので、ハガキ一枚の連絡にとどめている。
一番乗りは文トンムだった。四時前後のチェックインを伝えていたのだが、部屋割りをしようとフロントに鍵を取りに行ったら、すでに入室しているとのことだ。部屋に電話をしても出ない。早々と温泉に行ったようだ。「자기멋대로(勝手気まま)、昔の癖が直っていない」と、급비생(給費生)仲間から、そんな声が漏れた。一足早く着いたが、ロビーで時間を潰していた同じ給費生の姜トンムとは、やはり違うようだ。
入学時は七〇人前後いた。各地の朝鮮高校を卒業したストレート組のほか、総連組織で専従活動を二~三年して入学した給費生(国から学費などを支給される学生)と、日本の高校からの編入組がそれぞれ一〇人前後、それに病欠などによる留年組も何人かいた。
この何年間、同窓会は「村長」の趙トンムのとても短い挨拶と、祝杯の音頭ではじまったが、今回は、二人のトンムたちを偲んでの「献杯」だった。
前回は、ほとんどのニョドンム(女子)が参加したが、今回はゼロ。鄭トンムが早々と「参加」との返信を送ってきたが、松本出身・千葉在住のSトンムが入院したというので、「自分達だけ楽しんでは…」と、一緒に参加するはずだった李トンムを通じて「欠席」が伝えられてきた。そのSトンムが同窓会の四日前に亡くなった。その一月前には、西東京に住むMトンムの葬儀が行われていた。
静岡在住の尹トンムは、通夜の様子を語っていた。同じ日高出身者ということもあって、卒業後も親交があったようだ。松本から李トンムが駆け付け、神奈川在住の張トンムも深い悲しみに浸っていたようだ。
同窓会には名古屋から鄭トンムと金トンムが、他の一〇人は、東京とその近郊からの参加だ。
健康と孫の話が多かった。東京朝高ラグビー部の全国大会初出場の快挙は場を盛り上げた。明大付属中野高校との決勝戦を見て来た朴トンムは、終始興奮して創部四〇年にしての快挙に「奇跡」という言葉を連発していた。普段、ウリサラム(同胞)とほとんど交わりをもたずに過ごしているトンムたちも「ウリハッキョ(私たちの学校=朝鮮学校)の子どもたちは私たちに力と勇気を与えてくれる」と、久しぶりの明るいニュースに心底喜んでいた。
試合を見て来た朴トンムは向いに座った朴トンムに一緒に「応援資金」を出そうと、幾度も促していた。
ホテル内カラオケクラブでの二次会でも、飲む速度は衰えない。名古屋からきた金トンムが何曲も歌っていた。尹トンムはクラブ専属の歌手になりきっていた。給費生の姜トンムはいつもの台詞入りの「夫婦…」何とかではなく、聞きなれない歌をうたっていた。給費生の河トンムが歌い慣れして石原裕次郎になりきっていたことと、朝大時代、「독창가수(独唱歌手)」として鳴らした鄭トンムがマイクを握らなかったことは、とても意外だった。一緒に飲む機会がない、朴トンムの歌を聞きたかった。
もちろん、「南をよく知ろう」ということで、今流行りのK-POPは飛びださなかったが、「사랑의 미로」は聞えた。埼玉から来た金トンムは、東京に戻って行った。家を空けられない事情があったようだ。
ソファーにもたれてひと眠りしていた朴トンムは、目を覚ますなり「ラーメン食べに行こう」だ。
ホテル内のラーメン店に移動。入るなり餃子だ。餃子が出てくるまでと、ビールに焼酎のボトルを頼んでいる輩がいた。ここでも飲む速度は変わらない。ハイボールの大きなジョッキが次から次に運ばれて来た。餃子に枝豆、たこキムチに、醤油味の濃いラーメンをたいらげ、部屋に戻るが…。

510号室に集合。ここでまたビールだ。決して小さくない冷蔵庫のビールはなくなり、隣の509と508号室から運び込む。アルコールと、タバコの煙で息苦しい。外は雨、気温が下がっているはずなのに冷房スイッチオンである。
在学中の理不尽な話が飛び出す。京都や三多摩(現在の西東京)「集中指導事業」でのぶっ飛んだ話…。在学中の四年間、「金柄植事件」の渦中にいただけに、スキャンダラスな話題には事欠かない。「給費生、総括せよ」。
先ほどまで、またまた眠りこけていた朴トンムが「冷やしタンタンメン」の話をはじめると、みんなしんみりと耳を傾けていた。
…二週間後、娘の結婚式です。ある日、「アボジに合わせたい人が…」って娘が。男の顔、まともに見られなかった。「娘のどこがいいの」とか、「どうやって暮らしていくつもりなの」とか聞いたが…娘が惚れたのだから、きっと優しいいい男なのでしょう。いつ許した分からないうちに結婚式の日取りが決まってしまって…。何日か前にあった人に、「좋은 사위 만났습니다(いい男捕まえましたね)」という一言に、これでよかったとようやく踏ん切りがついて…。
席順を決めるのに苦心した。キムチと餅は出せないが、そのかわり冷やしタンタンメン、そのホテルの自慢料理だというので…。
そんな話だ。
「朝鮮人同士、それだけで…五~六年前、娘をイルボンサラムに嫁がせて…でも孫が生まれると…」とか、「新しくもう一人の息子に出会ったと思って…」、とか、「結婚相手を連れて来ただけでえらい…」とか、そんな話が行きかい、その場はお開きとなった。隣の208号にはまだビールが残っていたようだ。何人かが押しかけて行っていた。
東京でも一杯飲むと止まらない輩が何人かいる。はしご酒だ。翌日、どこで飲んだか記憶にないという。それでもちゃんと家に帰っていると。「ちゃんと家に帰っている?」いつもそんなことを言っている、金トンムが自宅に帰ってしまうのではないかと、ふと気になった。
朝食はバイキング。酔い足りなかったのか、金トンムは家には帰らなかったようだ。
みんな前日の疲れはないようだ。お皿いっぱいのおかずにご飯とみそ汁を食べ終えると、今度はハムにパンの洋食に挑戦する輩も三~四人いた。一一時半には、真鶴の刺身のコース料理が待っていると知らせているのにだ。

一時間前に、給費生組が車で移動。予約時間に合わせて、行くとすでに彼らの酒盛りははじまっていた。「자기 멋대로」、勝手にだ。ビールに焼酎のボトルが二本、栓が開けられていた。七月に腸の手術をしたばかりの金トンムは熱燗を、日本酒好きの尹トンムは冷酒、最初から二本注文した。辛口で口当たりが良かった。
アワビにサザエ、ウニ、刺身盛りに煮魚、海老焼きも出た。ご飯とみそ汁が出ると、おかずにアジフライを追加、一人二個づつだ。
次回は、ハノイに行こうと、別れたが…。帰りの新幹線のなかでも飲み続けているのだろう。
飲んで、食べて、しゃべって、歌い、食べて、飲んで、飲んで、「腐れ縁」を確認した一泊二日だった。(11・10)
*再整理して11月下旬刊行の『朝鮮学校のある風景』34号に載せます。