東京朝高・65回目の卒業式 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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東京朝高。65回目の卒業式
31日・日曜日】

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 正装のオモニから一歩遅れて大きな紙袋をぶらさげたアボジ、二人の後について、卒業式の大きな立て看板を立てかけた校門をくぐった。左手の文化会館(体育館)がざわめいている。開会の時間が迫っている。在校生は席に着いたようだ。胸に赤い花をつけた生徒たちが文化会館の前に並び始めた。クラス別だ。隣のクラスの女子に話しかけている男子がいた。以外にも、感傷に浸っているような生徒は見当たらない。みんなが晴れ晴れした笑顔だ。


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 正面入り口には、五つのクラス別の写真が三か所に分けて貼り出されていた。その写真の横には、「高校無償化」からの朝鮮学校排除に反対する連絡会の長谷川和男代表のメッセージが。「ささやかですが私たちの決意を述べて…」と書かれていたが、祝辞にしては長文だ。前日、シンポジウムで会った「連絡会」のメンバーは、「長谷川節が…」と、言っていたが、卒業生への「お詫び」、「お伝えしたいこと」、そして決意表明、なるほど「長谷川節」がぎっしりと詰まった、心温まるメッセージだった。
各学校や機関、個人から送られて来た祝電は、ロビーにひとまとめにされて掲示されていた。

 
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 卒業生入場。学父母らが座った二階の席からは拍手、時おり名前を呼ぶ声も、兄か、姉を探しているのだろう、望遠鏡で会場を眺める児童がいた。ハルモニは、手渡された望遠鏡を、拍手の中、席に着く生徒に向けていた。孫の晴れ姿を見ているのだろう。二階の席を見あげると、学父母とともに高齢の祖父母の姿が目立った。その日の夜のfbには甥や姪の晴れ姿を見に行ったという叔父や叔母の感想がアップされていた。

 
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 会場には大きなスクリーンが二つ、左は、保護者の姿を、右側は卒業生の表情を写しだしていた。
 慎校長の学事報告によると、卒業生は一三八人、男女同数だ。八一・五%が優等・最優等生で、八八人が大学を受験し、三八人が専門学校に、一八人が就職するという。受験した八八人中、朝鮮大学校に進学するのは四〇人とのことだ。

 
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 卒業証書の伝達。最後は、一九九七年一月生まれの女子生徒、二一二九五号。学校創設から二万一千人以上が卒業したことになる。途中帰国したとか、経済的な理由での学業中断などを含めると、同校で学んだ生徒は…、ふとそんなことが思い浮かんだ。私たち一八期にしても、入学したのは八〇〇人台で、卒業したのは六〇〇人台だ。
 一人ひとりに手渡されたが、ときおり在校生の中からひとしお大きな拍手が起こった。クラブの後輩のようだ。突き出た髪形をした長身で、劇画で「押忍(おっす)!!」の台詞が似合いそうな男子学生への拍手も大きかった。
 一二年間最優等と皆勤の同時受賞者が一八人、一二年最優等賞が二四人、一二年皆勤賞が三三人、三年間最優等賞が…。
 缶コーヒーの宇宙人ジョーンズがこの場にいたら、「ここの学校の生徒は、なぜか学校が好きなようだ。それに優秀だ…」てなことを言っていたかもしれない。

 
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 入り口で配られた封筒の中には、式順と校歌、高校無償化制度からの排除に関する東京訴訟の三つの訴状ポイントと、三月一八日行われる第五回口頭弁論と報告集会の案内を記したチラシが入っていた。
 来賓のあいさつ、校長の学事報告、卒業生の決意表明でも高校無償化のことが語られていた。慎校長は、必ず勝ち取る、この戦いは一〇〇周年を志向する東京朝高の歴史に末長く記録されるであろうと述べ、卒業生に第五回口頭弁論への参加を促していた。

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 二部の卒業公演は所用で見ることができなかった。駅に向かう道で両手に花をもったたくさんの若者とすれちがった。卒業公演に出場する後輩たちを祝うために会場に向う先輩たちのようだった。保護者だけではなく、卒業式は先輩たちが駆け付ける場でもある。そして今日の卒業生たちも後輩のため駆け付けるのであろう。