東京第三の始業式へ
【9月1日・月曜日】
小雨がぱらつく中、路線バスに乗って学校へ。途中、中山道で渋滞に巻き込まれ一三分遅れだ。
学校に近づくが、いつもの心地よい児童のざわめきがない。遅刻だ。
急ぎ、三階の婦たちの教室の隔たりを取り外した「臨時講堂」に向う。金校長の話し声が廊下に漏れていた。
「講堂」を通り越し、図工室の前の廊下に置かれた椅子を取りに行く。六年担任の黄先生が「講堂」から顔を出し「あります。児童たちが、お見えになるのではと…準備しました」。嬉しい一言をかけてくれた。
金校長は、「学校に訪ねていきたいという」日本人から届いたとメールの話をしていた。バスケットボール部の部員が下校時に席を譲ったという話だ。修業式の時も話していたが、日程が合わず、訪ねて行けずとても残念がっているとの後日談を話していた。*別項「点描」参照
かってないほどたくさんの人が集まったという夜会の話、夏休み期間中の部活の話をしながら、努力することについて解いていた。

結果を出すためには努力をしなければ…しかし、努力したからと言って必ず結果に結びつくものではない…すぐに結果として表れないこともある…。集団で気持ちを一つにして努力することについても述べていた。そして、友だちへの思いやりが大切だということもだ。
最後に、九月に行う祖父母を招いての「敬老会」に話は及んだ。感動は努力の結果の一つだという言葉に、高学年がうなづいていた。

挨拶が終わると、金教務主任が夏休み期間中のバスケットの「ヘバラギカップ」と、チビッ子サッカー大会の結果発表、それから学生美術展の審査発表、優秀賞、佳作、入選合わせて、二七人の児童が紹介された。
優秀賞の四人には入賞作品の写真が入った額が手渡された。低学年の児童は羨ましそうに、拍手をしていた。
六年生は息が合っている。「六年○○○」と紹介されると、一斉に拍手が鳴り響いた。クラス全員で祝福する様は、気持ちいい
改めてみると、黒板に書かれた「시업식」の文字は右肩上がり、アンバランスだが、力強い。


始業式が終わると、高学年は一斉に掃除だ。四年担任の夫先生が履く模範を示していた。
階段も雑巾で丁寧に拭いていた。
廊下には、夏休みの工作の宿題が並べられていた。
特別テーマはないようだ。自分が好きなもの? 欲しいもの?一見して、昨日、取り急ぎ作りましたというのもあって、面白かった。

二年生の教室では、全先生が二人の児童に優秀賞の額を持たせ写真を撮っていた。額を持った児童の表情が硬い。
一人の男子児童が近づき、床に転がって笑わそうとしているが、表情を崩さない。「歯を見せて…」、「誰か笑わせて…」と、言いながら、何度もシャッターを切っていた。
隣の三年生の教室の黒板には漢字で「始業式」の文字が書かれていた。「業」の文字の隣には、「学」や「授」の文字も並んで書かれていた。始業式がはじまる前に漢字の勉強をしていたようだ。
宿題帳の点検、一人が忘れたようだ。許先生はいつもの笑顔で「宿題はやったのに宿題帳を忘れてきたのですか? それとも宿題をしていないのですか?」と、優しく問いただしていた。

二年生の教室から、一斉に児童が出てきた。夏休みの宿題の工作を並べるためだ。
「マサジミョン」、「マサジミョン」の言葉が聞こえた。電車やバスに乗って持ってくるとき、壊れないよう気をつけて来たと言っているようだ。
全先生は、壊れた何点かを直していた。どれが前なのか、後ろなのか、何なのか分からない作品もあった。

三階の五年生の教室の前の廊下では、女子児童が「ウリマル模範学級」の表彰状を壁に貼り付けていた。

いよいよ二学期のスタートだ。