【4月29日・火曜日】
新年度初の公開授業-幾つかの用事が重なり、参加できたのは1時間弱の「駆け足訪問」だった。
1時間目は、全学年が国語(朝鮮語)の授業だ。1年生の教室からは「私の名前は…」を繰り返す児童の声が廊下まで聞えてきた。3年生の教室をのぞくと、「近いんじゃない…」、もっとノートから目を離して書くよう促すアボジの姿が…。
高学年の教室が並ぶ3階に上がって行くと、4年生の教室の前の廊下に貼られていたプリントを注視する一群が。「1学期の私はどんな私?」。4年生に進学しての生活・学習・クラブ活動・気持ちなどの項目に、各自の目標や決意が記されていた。
「あいさつは大きな声で…」、「バスケットボールのシュートを15回連続…」、「縄跳びで二段跳びを…」、「サッカー大会で優勝を」、「かわいらしい絵を描く」、「優しい気持ちを」、「友達と仲良くする」などと記されていた。
「うちの子、やんなっちゃう…」とか、「字か汚いのは誰に似たのか…」とか、そんな言葉を交わしながらもスマホを向けていた。
5年生は、「私の知・徳・体」をテーマに、6年生は「理想の6年生とは?」、「そのためには何を?」、「理想の」クラスにするために訴えたいことは?」という、設問に答えるようになっていた。

3階の踊り場には、「4・24教育闘争」の大きな文字の上に、当時の写真が4枚貼り出され、その下には、児童の一言が添えられていた。金教務主任は66周年を迎え、「学習会」を催したと話していた。児童の一言は、その時の感想のようだ。
多かったのは「コマッスムニダ(ありがとう)」と言う言葉だ。「ウリハッキョを守ってくれて…」、「私たちのために闘ってくれて…」だ。「同胞たちが命を賭けて闘ったことに感動を覚えた」、「闘っていなければ学校はない」。「今も闘っているという話を聞いて、私は勉強に励む」、「今も昔もウリハッキョは闘わなければならないことに胸が痛む」、「守ってくれたようにこれからは私たちが守っていく」との書き込みに、身が引き締まる思いがした。

いつものことだが、子連れの学父母たちが多かった。教室に座って「参観」するのは、もっぱらオモニたちの役割で、アボジ達はカメラを時折向けたりしていたが、手持ちぶさた気に廊下を行ったり来たりしていた。幼児たちは、親元から離れ、年齢が近い者同士、教室や廊下のあちらこちらに座りこんで遊び呆けていた。すっかり「チェーサム」の子になりきっていた。

