【4月18日・金曜日】
毎年、東京中高の体育館で催されて来た東京単設初級学校の合同入団式、今年は東京第2で行われた。
豊洲駅を降りると、東京第6の一行と遭遇。以前東京第3にいた成先生、日焼けして髪が長かった。
私・「髪の毛…長いですね」
成先生・「これから…」
8月のコマチュック(全国のチビッ子サッカー大会)が迫ると、部活にも力が入り、丸坊主にするからだ。
4月は、教員入れ替わりの時期だ。自然と話もその方向に進む。
私・「第9の姜先生が東京第2に行ったようで…」
成・「第2から一人来ました…校長もかわり…」
列からはみ出ると児童に「前をみなさい…」との注意も怠っていなかった。

東京第3や第9の児童の姿がない。第6が一番乗りのようだ。校舎の正面に、各校名が書かれたポリバケツが置かれていた。朝から少ししぐれていた。傘置きようだ。
体育館としても講堂としても利用される校舎の真ん中にある多目的ホールでは、体育の時間だ。東京第9もそうだが、各学年の児童数が少ないので、体育の時間は複式授業になっているようだ。
ホールの真ん中で、女性の先生が縄跳びの紐を大きく回していた。
「ハ~ナ、トゥ~ル、セッ」、「モヨッ!(集まれ)」の掛け声も大きい。声を聞いて、思わず「チェ・ギルス先生?」。東京朝高当時に体育を教えていた崔先生だ。千葉とどこかの学校で引き続き教えていると聞いてはいたが…。「朝高のとき、×歳だとしたら…」思わず、先生の年を数えてしまった。
授業を終えた先生と一言三言-。
私・「キムイルウです。覚えています?」
顔見知りでも、年長者には、まず自分の名前を告げるよう、心がけている。私もそうだが、顔と名前が一致しないことが、おうおうにしてあるからだ。
崔先生・「赤羽の家は…オモニは元気にしているの?」
先生は、夜床に着くときは、「もうやめよう」と思うそうだ。「それでも学校に来てハッセンの顔を見ると…」。退職後、1年だけのつもりが、17年も続いているとのことだ。

しばらくすると第9の児童が到着した。玄関で出迎えた姜先生に群がっていた。3月に同じ第9の先生と結婚して、第2に赴任してきたのだ。
通勤が大変なようだ。通学バスの運転も。「週三回は家を出ると星が見えます」と言っていた。いつものように表情は明るい。昼食時間には二段重ねの「愛妻弁当」を美味しそうに食べていた。

東京第3の児童も着き、いよいよ入団式のリハーサルがはじまった。
崔先生が行進の練習をする女子児童に「そうじやないでしょ」。模範を示しながら、「筋肉は止めるためにあるの…」。相変わらず「チェ・ギルス節」は健在なようだ。
2階の手すり越しに何人かのオモニたちがのぞき込んでいた。
東京第3の姜さんが笑顔で、「親バカ軍団、来ちゃいました」。子連れもいる。帰りにみんなで「お茶すること」も、楽しみのようだ。
少し離れて一人。東京第9からだ。
「入学式より大切な日だと、娘に言われて…」
ウリマルが分からないこともあって、少し緊張しているようだ。

学校別に「○人整列しました」との報告があり、学業と部活に励もうとか、いつどこでもウリマルで話そうとか、公衆道徳を守ろうとか、少年団員としての心構えが述べられていた。
「大切なのは、友だちと力を合わせ…」、最後に「一人はみんなのために、みんなは1人のために」ということが強調されていた。
神妙な表情で話しに耳を傾ける「自分の子」の姿をカメラに収めていた。

そしてクライマックスの入団者に赤いネッカチーフを巻くセレモニーだ。朝鮮青年社と学友書房の記者が何枚も写真を撮っていた。
オモニたちの中から「スカーフがマントみたいで可愛い…」。そんな感想がもれていた。

「単設初級学校少年団入団式」と書かれた紙を持って全員で記念写真、学校別もだ。

入団式が終わると、運動場でのバスケットボール大会。学校別ではなく、「混合チーム」で争うようだ。児童の胸には、名前を書いたシールが貼られていた。
雨は降っていないが、風邪は冷たい。4校の児童たちは、楽しそうにボールを投げたり、よけたりしていた。

東京第2を後にして、文科省前での朝大生による金曜抗議行動に合流した。

今回は、文学・歴史学部と体育学部の2年生が中心だ。
急ぎ、事務所に戻らなくてはならない用事ができ、何度も読み返していた女子学生のアピール文を見せてもらった。
…今回の裁判で主体となっているのは、われわれの弟や妹たちである高校生たちです。…朝鮮学校という守るべき場所が政府によって否定されている…在日朝鮮人の人権、尊厳を守るためのたたかい…たたかいつづけます…
東京朝高生による国家賠償請求訴訟について、書かれていた。

いつもの「適用せよ」、「差別するな」、「保障せよ」のシュプレヒコールを聞きながら、抗議現場を後にした。
