【12月7日・土曜日】
東京朝鮮文化会館での少年団の東京連合団の集まりへ。
文化会館に入ると、ロビーに各学校別に靴が「お行儀」よく整列していた。靴の数=少年団員の数=高学年の数だ。靴が並べられた壁に「西東京第1」との張り紙が。大人数だ。始まっているのかと恐る恐る扉を開く。児童が壁の左右に貼られている壁新聞に群がり、盛んにメモを取っていた。

急ぎ2階に上がる。窓越しに多目的ホール(食堂)の方を見ると、若者が集まり始めていた。昼食は青商会のメンバーが準備することになっている。今年で、3度目か4度目だ。前日、板橋区にある東京第3と足立の東京第4で、カレーを「コトコト」仕込んでいる様子がフェイスブックにアップされていた。

観客席に行き、いつもの東京第3の児童と「アンニョンハシムニカ」。始まるまで時間があるようなので、急ぎ食堂へ向かった。
「今日は楽しく…担当別に分かれて…」
カレー、ピビンパ、ワカメスープ、フランクフルトの4つのグループに分かれ、作業に取り掛かろうとしていた。
「…15リットル?」、「9リットル?」。ワカメスープ組だ。フランクフルト組からは「冷凍を…昨年は…」そんな声が聞こえた。
前日、東京第4でカレーが入った大きな鍋をかき回す写真をアップした高さんの姿もあった。

ロビーに戻ると、ネッカチーフをした少年団員が東京第3の夫先生の話に耳を傾けていた。「正面まで走って行って、そこから…×歩進んで…」
「…参加するために×人整列しました」のセレモニーの練習を繰り返していた。

再び会場をのぞくと、児童たちがポスターの前を行ったり来たりしていた。白頭山だとか、金剛山、漢拏山だとか、そんな大きな文字が飛び込んできた。その下に、説明が付されていた。

いよいよ集まりが始まった。東京連合団と銘打っていたが、西東京や埼玉、千葉の少年団も参加していた。500人に迫る大人数だ。
1、2学期に繰り広げた「運動」の中間総括だ。「学習運動」やら、「多くの模範」だとか、「下級生を助け」とか、「歌の練習や民族…」とか、「壁新聞」とか、そんなことを報告していた。報告する児童の言葉が少し早口なこともあってか、スピーカーを通じての声は聞き取りにくかった。
最後に、「宿題と学習道具を忘れない運動」で模範となった学校と分団(クラス)が表彰された。

集会が終わる間際、抜け出して食堂に向かった。カレーを交替でかきまわしていた。皆が「KYC」のマークが入ったお揃いの白いジャンパーを着ている。
集会が始まる前に行ったとき、いくつかの寸胴のカレーが薄い、他の寸胴のカレーと混ぜるか、ルーを加えるか、そんな言葉が交わされていたが、解決したようだ。
一段落したのか、なんとなくホンワカムード、笑い声がもれていた。

ロビーに戻ると、階段の下で男女児童が同じ歌を繰り返し歌っていた。2部は合唱コンテストのようだ。
それを笑顔で見守る東京第6の成先生と二言三言。
「第6? 指揮をしているのは音楽の先生?」
「いや、6年生の担任です」
身振り手振りで指導する先生の表情が良い。児童たちは引きこまれるようにして声を一つにしていた。
成先生は、「最近も一千人規模の日本の小学校に行って、歌声を披露してきた」と、誇らしく語っていた。

会場に入ると、児童たちが学校別に床に座っていた。すでに舞台の上では、リハーサルが始まっていた。
大人数だ。埼玉かと思ったら、新校舎への移動も終わり、新年度も30人を越える新1年生を迎える東京第一だった。ここ数年で、二桁の新入生を迎える学校は減っている。「一多六少」の時代に入ったようだ。交通の便もよくなり、学区の概念も消え、設備もだが、教育の質や校風などを考慮し、保護者が学校を選択する風潮は強まるだろう。
2部が始まる前に、急用で会場を離れた。顔見知りの児童が多い第3や第9もそうだが、第6の本番を見逃したのは惜しい。

食堂に立ち寄ると、何人かは引き続きカレー鍋をコトコトとかき混ぜていた。
