朝大生による文科省前の「呼びかけ」 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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1122日・金曜日】
朝鮮大学生による「文科省で働くみなさまへの呼びかけ」・秋の陣。今回で7回目だ。
朝大で所用をすませ、大学前からバスに乗ったのが3時を過ぎていた。国分寺駅に出て、JRで四ツ谷、地下鉄に乗り換え、文科省に着いたのは420分を過ぎていた。
いつもの「朝鮮学校生徒に高校無償化即時適用せよ」などの横断幕の隣に見慣れない黄色地の英文の横断幕が掲げられていた。その横断幕の後ろで、顔なじみのオモニ会のメンバーが、こぶしを振り上げていた。
顔を見るなり、その横断幕を指差して「どうですか?」と、声をかけられた。
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 チラシを撒いていた女子学生に、「学部は?」と尋ねると、文歴学部、2回目だと応えてくれた。
 「文科省で働くみなさん!! 朝鮮学校と日本学校が同じでなくてはならない理由はあるのでしょうか」、「自分の国の言葉と歴史を学んではいけないのでしょうか」、「なぜ、朝鮮高校だけが排除されなければならないのでしょうか」。
 ハンドスピーカーを持って、「呼びかけ」をする学生の写真を撮っていると、帽子を深くかぶった女性が走りこんできた。
 「金さんですよ。覚えていますか?…前回は、夫と…」
 10月4日、韓国から来た市民団体の代表と、無償化連絡会のメンバーが文科省との交渉に臨んだ、その場に夫婦で参加していた西東京の女性だ。交渉の前、文科省前の抗議行動ではマイクを握り、交渉後の記者会見にも参加していた2人の姿が思い出された。その日は、朝大生による「呼びかけ」の秋の陣、初日でもあった。
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 日の暮れるのは早い。20分もしないうちに夕暮れだ。ポケットに手を突っ込んで、足早に歩く人が増え、チラシもなかなか受け取ってもらえない。 
 チラシを撒く女子学生の話を聞いた。
 「大学は暖房は?」
 「時々入りますが…」
 「今日、終わったら?」
「すぐ大学に戻ります。ノドンに行くトンムもいますが…」
「ノドン?」
「アルパイトです」
「時間もそうですが、往復の交通費が千円以上、それも痛いです」
大学の前のバス停で、バスを待っているとき、自転車で通りかかった顔見知りの男子学生も「ノドンです」と言っていた。
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 週末は「ノドン」、今日もこれからです。土曜日は大学に戻るのは深夜の2時すぎです。駅から自転車で2030分、これからは寒くなるので…日曜は早く出て、遅くならないように戻ります。学業に支障があってはならないので。
岡山出身の男子学生は、こんな話をしながら、こぶしを振り上げていた。
「年に3回ぐらいは(親元に)帰りたいのですが…」とも。
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「呼びかけ」は、今年の3月、日比谷野外音楽堂での全国集会でうたわれたテーマソングの合唱で終わった。
「…どれだけ叫べばいいのだろう/奪われつづけた声がある…4・24の怒りが蘇る…」
終わると同時に、学生たちはオモニ会のメンバーに向かって、「コマッスムニダ」。オモニたちからは、「チョデセン(朝大生) ファイト!」の声が飛んだ。
 
「オンニ、覚えていますか?」。先ほどの西東京から来た女性が、尹さんと朴さんら東京のオモニ会のメンバーに話しかけていた。
「思わず文科省の役人の腕を掴んでしまった…あの日、ご一緒でしたよね」
「あの日」とは、韓国の市民運動の代表と一緒に文科省関係者との要請行動を行った104日のことだ。
彼女たちは、その時の悔しい思いをフェイスブックにアップしている。
尹さん・文科省の対応に絶句しました。韓国からの代表もいるというのに、開き直って逆ギレ風の態度… 参加者も、こんなにひどい対応は初めてだと激怒していました。血圧上がりました。
我慢できなくて叫んでしまいました。「朝鮮人とか日本人とか全部取っ払って、人として考えて!数千人の若者が傷ついているのです。あなたたちが傷つけたの!そのこと忘れないで!きちんと上に伝えて!
ジュネーブでも同じ思いをしましたが、怒りで震えが止まりませんでした。悔しすぎる。でもだからこそ、諦められない。
 
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朴さん・本当に要請文を読み上げる時も質疑応答の時もずっと外から朝大生の声が聞こえていて…胸が締めつけられる様でした。
部屋出る時に担当者に「あの子達の声が聞こえていますか?あの子達は自分達もじゅうぶん傷ついて、後輩達に同じ思いをさせたくないから声を上げているのです。その声に耳を傾けて欲しい。私たちは子供を守りたい」と思わず腕を掴んで言ってしまいました。
 
私も「あの日」のことは、よく覚えている。
韓国の市民団体の代表がソウルでの大会で採択した「無償化」制度適用を求める特別決議を手渡した直後、外での朝大生の「呼びかけ」を取材するために途中退席した。尹さんらが言う、文科省役人の「開き直り」、「逆ギレ」は、その直後に起こった。[注・特別決議文と採択の経緯は、『風景』21号 237239頁に掲載]
交渉を終えて、記者会見場に向かう「連絡会」の長谷川代表に、「いかがでしたか?」と尋ねたが、言葉がなかった。彼もまた憤りのあまり、言葉が出なかったのだろう。
 
朝大生たちが地下鉄の入り口に吸い込まれるように、足早にその場を去っていった。
「今日は3人が参加してくれました」
東京第4のオモニ会の朴さんだ。朝からフェイスブックで「ドタキャンOKです☆体調、都合みて…無理せず…長い闘いです」と、参加を促していた。
 その呼びかけで参加した申さんは「オンニ~…始終声を掛けて頂き…。ほんとに、参加して良かったです!学生達が頑張って、オモニ達の団結力も強いなって痛感しました!」「色んな気持ちが芽生えます!意義ある活動だと思います!ほんとに、頑張りましょう~!」とのコメントを寄せた。
 後で知ったのだが、英文で「 在日朝鮮人の生徒たちに対する差別をこれ以上続けるな」と書かれた横断幕は、オモニ会によるもので、当日デビューだった。
朝大生による「呼びかけ」は、毎週金曜日、1220日まで行われる。「新たな出会い」が期待できそうだ。