【10月24日・木曜日】長野と静岡の修学旅行生
修学旅行生が来たというので、校門に向かうと、女性の先生と男子児童が1人、静岡のウリハッキョの6年生だ。しばらくすると、長野のウリハッキョの児童を乗せたワンボックスカーが着いた。
出迎えた、韓先生に児童たちは、一斉に「昆虫博士だ」といって、周囲に群がって行った。各地を講演で回っている「昆虫博士」の人気は、全国区のようだ。あいさつも終えていないのに、なぜか「ノレ プルロチュセヨ」、うたってくださいだ。
韓先生も親しげに声をかけていた。5月に北陸朝鮮初中級学校で行われた、東海・北信地域の9校による「ヘバラギ学園」で、昆虫の話をしたとのことだ。静岡と長野の児童たちは、夏のチビッ子サッカー大会でも「合同チーム」で参加したので、「久しぶりに会ったクラスメート」と言った、雰囲気だ。
偶然、車で通りかかった女性職員が車から降りると、「松本、松本からですよね」と、先生や児童に話しかけていた。長野ハッキョの卒業生だ。

まずは、絶滅危惧種のクロツラヘラサギがいるセウリ(鳥舎)へ。
韓先生・「このセウリができた年と私の年が同じです。それでは…」
児童・「30年!!」
ズバリ的中だ。
韓先生・「凄い、そうです。1982年に共和国から送られて来た鳥を飼育するめに、当時の学生が作りました…その鳥は、今は自然博物館にはく製で…」
何という鳥か、聞きとることができなかった。
「それでは、セウリに入るのは?」
児童たちは一斉に「今でしょ」だ。
スーツ姿の長野の先生は、児童の周りを行ったり来たりしながら、シャッターを押していた。濃いピンクのジャンパーを着た静岡の先生は、長ズボンをはいた児童を追っていた。

長野ハッキョからは、男性の6年生担任以外に、もう一人の女性の先生が来ていた。女子児童がいるからだろう。その先生が手にした袋からは、リンゴのいい香りが漂っていた。児童が鳥舎に入って行くのを見計らうように、その場を離れていった。戻ってきたときは、その袋はなかった。図工の先生だと言っていたので、美術科の後輩に差し入れしたようだ。

児童たちが与える餌にオシドリや、クジャク、フラミンゴが群がっていた。児童たちが来るというので、朝の餌やりをしなかったと、韓先生は話していた。
「ゲゲゲーで鳥が集まってきます」、「写真を撮ってもいいですか」、「この鳥は…」、「インコは隣の鳥舎です」。そんな声が行きかっていた。
しばらくすると、鳥舎から女子児童が担任先生と一緒に出てきた。苦手なようだ。
鳥舎に残った、静岡の先生は、カメラを児童だけではなく、長い首をポーズでもとるようにしているフラミンゴにも向けていた。

「○○、もっと鳥の近くに…」。制服のチマチョゴリに白っぽいカーデーガンをはおった、朝大生が静岡の児童にスマホを向けていた。中3の時に、小3だったとか、朝大には静岡のハッキョの卒業生が10人位いると、話してくれた。教育学部だとも。

つづいて、もう一つの人気スポットの蜜蜂見学だ。
「蜂蜜おじさん」の尹先生の到着が遅れているようだ。「鳥が頭の上にとまった」とか、「それにしても臭い」とか、「昆虫博士」を取り囲みながら、児童たちは次から次と感想を述べ合っていた。
上下の作業着に身を包んだ尹先生が、児童たちが待つ温室を通り過ぎて、鳥舎の方向に駆け抜けて行った。網のついた麦わら帽子と、ハチを追い払う煙の出る道具を持って戻ってきた。息を切らせていた。
ジャンケンで選ばれた2人の児童と一緒に、巣箱から蜜が詰まった巣枠を取り出してくると、一通りの説明をはじめた。

春の5年生の社会見学の時には聞けなかった、「越冬」についても話は及んだ。そして、いつものように、ナイスな質問をすると楊子で蜂蜜ペロリタイムだ。
2、3人が手を挙げた。「イエ」の声がひと際大きい児童がさされた。1人だけ上着を着ていない児童だ。
「えーと、えーと…」。緊張して上がっているのではない、指名された後、考えているようだ。時折、担任の先生に制止されながらも、ひとりで5回も指名された。その内ナイスな質問は2回、野球でいえばけっして悪い出塁率ではないが…。「フェロモン」を「エロモン」と言い間違えたりもしていた。「蜜蜂おじさん」は「レフリーストップがかかっているようだ」とか言いながらも、笑顔で元気な彼の質問に耳を傾けていた。
見学が終わると、静岡の引率の先生が「自宅の庭に大きな蜂の巣が…」と、個別に対処方法などを伝授されていた。

体育館をひと回りして歴史博物館と自然博物館へ。そこでも石獅子を「シ―サーだ」と言ったり、 「聖徳太子に似ている」と言ったり、笑いが絶えなかった。コブッソンについては、「リ・スンシン将軍」とか、「豊臣秀吉」とか、「鉄亀船」だとか、みんなが良く知っていた。中には、「口から火を放す」という児童がいて、案内をする先生が慌てて打ち消す一幕もあった。

児童たちは「カレーライスがいいな」と言いながら食堂に向って行った。「カレーの煮付けは夕食にでます。カレー違いか」。そんな声も聞こえた。いつもユーモアにあふれた、「昆虫博士」だ。
食堂では、4人の女子学生が静岡から来た児童の隣に座って、一緒に食事をしていた。静岡出身生だ。長野の児童にも何人かの女子大生が話しかけていた。
この日のメニューは、カレーではなく、メンチカツと海老フライだった。それでも、キムチと一緒に美味しそうに食べていた。

児童たちは昼食の時間、図書館に行って、共和国の教育関連刊行物に目を通した。この日、朝大に来た目的の一つだ。
「教員宣伝手帳」の目次で目を引いたのは、「コンピューター教育」の特集だ。

国語の文法授業のための動画像製作とか、中学生のプログラム作成能力を高める方法とか、物理の授業をコンピューター基礎知識と結びつけるためにとか、簡潔な7つのリポートが並んでいた。
筆者の肩書は、平壌ヤンガク中学校、クムソン第一中学校、平壌コンピューター技術大学コンピューター学院となっていた。
この他にも二つのレポートが掲載されていた。どれも興味深いタイトルだった。
児童の集合時間が迫ったので、他の3冊の刊行物は次の機会に見ることにした。
だれか、教育学なり、情報学の先生が、「共和国の刊行物に見る教育分野でのコンピューターの活用と実践」とか、リポートにまとめてくれればと思いながら、講堂に向った。

軽音楽団の歓迎演奏、はじめの曲の演奏が終わった所だった。
「なんとなく、かっこいい」。先ほど、「蜜蜂おじさん」に、意欲だけは買われていた、上着を着ていない、男子児童の一言に、歌い終わった学生は大笑いしていた。
つづけて3曲。他の児童は手拍子を打つだけだった。それも遠慮気味にだ。白いシャツの児童が握る黄色いタンバリンは、大きく左右に揺れ、鳴り続けていた。「私たちを見て」という曲の紹介に、「それ知っている」と大きな声で応えていた。時々、後ろに座った担任の先生が手を伸ばして肩を叩かれていた。ここでも「レフリーストップ寸前」のようだ。

食堂からついてきていた静岡出身の2人の学生は、そんな児童の姿に、口を押さえて笑いをこらえようとしていた。一度吹き出すと、もう笑い声を止めることはできなかった。

舞台に上がって、軽音楽団のメンバーと一緒に記念写真だ。中央に陣取った、白シャツ君は、ギターを抱えてご満悦、その上、女子大生に抱えられる様にして写真に収まっていた。

研究棟を背景にした記念写真も撮った。共和国の祝日や行事、見学者を迎えたときに掲げられる共和国の旗は降ろされていた。時折小雨が降り始めたのだ。児童だけで一枚、担任が入って一枚、大学生を交えて一枚…。

記念撮影が終わると、先ほどの白シャツ君が「昆虫博士」と肩を組んでと言うか、肩を抑え込むようにして一枚。2人の女子大生は、「自分撮りや」と、笑いが止まらなかった。韓先生は「ヘバラギ学園のときもそうだった。不思議と波長が合う。同じ匂いがするのかも…」と、笑顔で児童のリクエストに応じていた。「バッテリーが切れた」というので、女子学生がスマホを向け、笑いながらシャッターを押していた。

静岡からの修学旅行生も長野のバスに同乗して、次の目的地のディズニーランドに向った。翌日のスカイツリーとお台場も一緒の「合同修学旅行」だ。
小雨だ。「楽しみにしているのに…」と、静岡の先生は空を仰いでいた。「楽しみにしている」のは児童だけではないようだ。6年と4年の担任をしているという、その先生のショルダーバックにはミッキーの人形がぶら下がっていた。残してきた4年生へのお土産でも考えているのだろうか、そんなことを思いながらバスを見送った。
ワンボックスカーに乗り込んだ児童たちは、手を振っていたが、気持ちはすでにディズニーランドに飛んでいるのかも知れない。
「昆虫博士」と静岡出身の2人の女子学生、それに軽音楽団の公演終了後から付き添ったプル―のジャンパーの学生? は、校門を出る彼らを笑顔で見送っていた。
