東京第6の新校舎着工式へ | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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【10月19日・土曜日】東京第6の新校舎着工式へ
大田区にある東京第6に行くのは、十数年ぶり。駅から3分、東京で最も駅近のハッキョだ。 
 学校に入ってすぐ左手の3階建ての校舎の1階の端の部屋から、5、6人の女性たちの話声が聞えてきた。大きな鍋からは湯気があがっていた。炊事場のようだ。作業台の上には、幾つもの調味料が入ったボトルが並んでいた。
 窓から首を出して、外の様子をうかがっていた女性は「明日、雨が降らなければいいけど…」と。駅から学校に来る道の町内会の掲示板にも翌日の「コリアフェスタ2013」を知らせるポスターが貼り出されていた。ウリハッキョらしくない?、斬新なデザインが際立っていた。
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窓越しから廊下をのぞくと、バザーの商品が所狭しと置かれていた。
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1階の奥の教室からは園児の笑い声が聞こえてきた。教室の中にマットをひいて、鉄棒をしていた。両横に立った先生が、勢いをつけるためか「ハナ トェル セッ(1、2、3)」と、何度も掛け声をかけていた。幼稚班が開設されたのは、1974年4月で、1980年には屋上に幼稚班専用のフールが設置されたと、「沿革史」につづられていた。
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 運動場には、幾つかの長テーブルが出されていた。バザーの準備が少しずつ進んでいるようだ。その傍を男性が行ったり来たりしていた。
 「明日、雨が降ったらブルーシートで屋根をつくって、焼肉はその下で…」
 天候を気遣っているようだ。たくさんの食材を準備したので、順延はできない。新校舎の敷地を確保するために、すでに校舎の一部を削り取ったので、前年のようにすべて校舎の中に収容することができないようだ。
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新校舎が建つ敷地では、すでに鍬入れ用の土盛りができていた。
それをバックに「朝鮮新報」の記者が新校舎建設委員会の朴共同委員長に話を聞いていた。朴委員長は東京朝高の同級生だ。カメラを向けると照れるような仕草、あの当時と少しも変わっていない。「無理やり押し付けられたのではなく…」、「同胞の財産」、「民族教育の未来」、そんな言葉が聞こえてきた。
新校舎牽制委員会の名称は「東京第6…」ではなく、「東京西南地域新校舎建設委員会」となっている。所在地の大田を含む、学区の品川、目黒、港、渋谷、世田谷地域のウリハッキョという思いか込められているようだ。
 校舎の脇を何人かの女性が、「金色のスコップだって…」と言いながら、校舎の前に立てかけられた赤いリボンを結んだ鍬入れ式用のスコップを見に、行ったり来たりしていた。
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  いよいよ着工式だ。参加者は、全校生と教職員、翌日のフェスタの準備をしに来た学父母たち、それに建設業者。看板もなく、意外と質素な感じだった。
もう一人の洪共同委員長が挨拶をした。
「東日本大震災から3年、安全な環境で子どもたちを勉強させようとの思いが…ついに着工式を迎えることが…。西南地区に新校舎を建てることは…一世たちが食べるものも節約して、私財を投げ打って守ってきたウリハッキョ…子どもたちが祖国と朝・日友好の懸け橋になる人材に育ってくれることを…」
繰り返し強調していたのは、「安全な環境」だった。そして「1人の100歩ではなく、100人の1歩」という言葉が耳に残った。
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  幼児と児童代表と校長、2人の共同会長が着工の鍬入れを行った。
来年6月には「安全な」新校舎に学びの場を移せるとのこと、その後、旧校舎の解体と、運動場と周辺の整備に着手する予定だという。
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 着工式終了後、幼稚班と児童たちは学年別に記念写真。先生に支えられるようにして式に参加し、可愛らしく手を叩いていた3歳児の園児も笑顔で写真に収まっていた。
 「朝鮮新報」だけではなく、「朝鮮商工新聞」の記者も取材に訪れており、学年別の児童の撮影のときは、スマホを向ける学父母らも混ざり、児童よりも「カメラマン」が多いようだった。なぜか、子どもを撮るオモニたちは口を大きく開きながら、シャッターを押していた。 
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 学父母でもある「月刊イオ」の記者からカメラを任された女性が一眼レフの大きなカメラを向けていた。その女性に男性が声をかけていた。先ほど、校舎の前で天候をさかんに心配していた、アボジ会の会長だ。「美人カメラマン? 違った美人を撮るカメラマン?」。その言葉に隣でスマホを向けていたTシャツに「16」の背番号を付けた女性が「私、撮られちゃった」と、素早く反応していた。 
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 最後に、全員で記念写真だ。私は、削り取られた旧校舎が入るよう、その後ろ姿を収めた。多目的ホールが備わった新校舎や、整備された運動場から園児、児童たちの元気な歓声が聞こえているだろう、来年のバザーが楽しみだ。
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同校の「沿革史」によると、現校舎が落成したのは、1961年4月。1971年9月には、3階の講堂と研究室、図書室を増築している。その後、1986年には鉄窓をアルミサッシにかえ、19965月には全面リニューアールを終えている。
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▲新校舎完成予想図「東京西南地域ウリハッキョ建設委員会(東京第6)」のfbより