【9月28日・土曜日】東京第3での公開授業と懇談会へ。
主催は、学校と「全ての学校に高校授業料無償化を!練馬の会」と「『高校無償化』からの朝鮮学校排除に反対する連絡会」の三者。日本の市民団体と共催による公開授業はこれまでなかったことだ。
3限目と4限目の授業を参観し、昼食を挟んで懇談会というプログラムだ。
1階の会議室と教育会室、炊事室の前の廊下には、一か月後のバザーに出品する品々が積まれていた。

「提供品大募集」のオレンジ色のチラシがあちらこちらに貼り出されていた。

職員室の前のオモニ会の掲示板に貼られていた会報のトップ記事でも「バザーを成功させよう!!」、「学校を愛するオモニたちの熱い気持ちでバザーを成功させましよう」、「各家庭に眠っているリサイクル用品待っています」と、協力を呼び掛けていた。

炊事室をのぞくとオモニ会の趙会長が、食材が入ったいくつものビニール袋を調理台に並べていた。9時前だ。
私・「もう準備ですか?」
会長・「60人分ですから…海苔巻と冷やしうどんを…」
朝鮮式具だくさん海苔巻は手間がかかる。しばらくすると5、6人のオモニたちが合流、海苔巻を巻きはじめた。二つに切った茹で卵がトレーに載っていた。これは冷やしうどん用のようだ。

校門に目印として「東京第3」の大きな文字が入ったのぼりが立つ。10時半を過ぎると、受け付けはてんてこ舞いだ。懇談会参加と昼食の有無を確認して、500円の昼食代を…。スケジュール表と校内の案内図を受け取った人々が次々と待機室になっている会議室に向かっていった。いくつか、椅子を補充した。

学校の地元板橋から15人、呼びかけ団体の練馬から12人と「連絡会」から8人など、62人の名簿が埋まった。日朝議連の議員が14人含まれていた。

3時限目、低学年の「国語」、朝鮮語と5年生の「音楽」、民族打楽器の授業が人気を集めていた。1年生は大きな声を出しながら、担任の黄先生の後について、「チュ」という子音をくりかえしていた。感想文には「発音の基礎から丁寧に、楽しく学べる学習の工夫に感心した」と書かれていた。2年生の教室をのぞいていた参加者は、児童の先生とのウリマルでのキャッチボールに、盛んに「凄い」を連発していた。何年もハングルにトライしているようだ。挫折したのかもしれない。

民族打楽器を叩きながらチャンダンを刻む音は、時折2階の他の3つの教室にも響き渡っていた。朴先生の声もだ。参加者の一人は、「狭い運動場、音楽室の隣での授業、困難な環境の中で、民族教育をつづけている皆さんに敬意を表す」と、書いていた。
いつもの「風景」だったので、それがとりわけ「困難な環境」と思っていなかったが、逆に言うと、日本の学校はそれほど「環境」が整っているということなのだろう。

3年生の教室では、「無償化」連絡会の「専属カメラマン」?西中さんがビデオを回していた。カメラを向けられた数人の児童は、担任の全先生の視線を盗んで、満面の笑みで、身を乗り出すようにしてVサインで応えていた。これには参加者の中から笑いが、「普段もこんな感じなのでしょうね。のびのびして…」との声が。「外から人が来るから『緊張するように』、そんなことを言われたこともないようで…」と、いつもと変わらぬ「素顔の朝鮮学校」の姿に、わんぱく児童の振る舞いがかえって、好印象を受けたようだ。

4時限目の2年生の図工と、5年生の数学、6年生の日本語の授業は、昼食中も話題になっていた。
図工の時間は、張先生と児童とのウリマルでの自然なやり取りに感心していた。「韓ドラのワンシーンを見ているようだ」と話す人もいた。5年生の数学は「約数」の時間だったようだ。「4、5年生ともなると、算数自体が難しくなるのに、それを朝鮮語で教わって理解するなんて…」ということだ。6年生の日本語の授業は3年担任の全先生が担当していた。「いろんな先生から教わるのはいいことだ。先生の数が限られている中で、そうした配慮もなされているようで…先生と児童との『相性』というのもあるから…」との感想だ。

4年生は体育の時間だった。1階と2階の間の踊り場の窓から、授業を終えて校舎に戻る児童と4年担任の金先生と6年担任の夫先生が見えたが、授業参観者の姿は見えなかった。

そして昼食の時間、感想を述べ合う時間でもあった。
この広くない会議室が時には、舞踊部の練習場に、雨の日は体育館に、そして放課後はテコンドーの道場に使われるという話をすぐには理解できなかったようだが、カーテンで仕切られていた大きな鏡を見て、ようやく納得しているようだった。隅に置かれた低学年用の跳び箱が、オモニ会による「ベルマーク八万点の結晶」との説明に、朝鮮学校が置かれている厳しい現状を再認識する参加者もいた。

昼食が終わると、児童たちは2階と3階に上がる踊り場の水場で一斉に歯磨きだ。ウリマルでふざけあう児童たちにも参加者の視線は注がれていた。年配の男性は「あの子たちの学ぶ権利を奪ってはならない」とも、「日本学校に通って、別の学園なり、語学スクールなりでハングルを習ったとしても、こういう景色は決して見ることができないのでは…、友だちと朝鮮語でふざけあいながら歯を磨く児童たちのこの姿だけを見ても、朝鮮学校の存在価値がある」と、言い切る参加者もいた。

公開授業の後は交流会。会場は、3階の高学年の2つの教室の隔たりを取り払っての「臨時講堂」だ。始業式、修了式など、いつもは奥の6年と中間の5年の教室の「連結」だが、今回は手前の4年の教室との「連結」だ。5年担任の許先生が隔たりを両脇に寄せていた。教室では弁当を広げている4人の「遅弁組」がいた。冬服は10月からのはずだか、この何日間涼しくなったこともあってか、いくつかの椅子には紺のブレザーがかかっていた。

黒板に「懇談会」の文字を参加者の一人が、何度か書き直していた。

「連絡会」の長谷川事務局長が、多くの人に朝鮮学校を直接「体験」してもらおうという学校訪問の趣旨が述べた。金校長は、授業は児童全員参加型だが、学校運営もまた学校と学父母に、学区の同胞、卒業生も加わっての全員参加型で行われている現状にふれ、オモニ会からは、ウリハッキョを守っていくとの強い決意が語られた。
初めて朝鮮学校を訪れたという人も8、9人いた。参加者が、次々と感想を語った。
「互いの文化を大切にしなければならない。もっと交流をすべきだ」、「教育と政治問題とは別もの」、「ここで育った彼らは、やがて東アジアと日本のためにも大きな役割を果たすのでは」、「素晴らしい授業だった」、「先生が児童と真摯に向き合っていた」
ウリハッキョに3人送っているというオモニは、一か月10万円を上回る学費の重い経済的負担に触れながら、「孫が祖父母の言葉を聞き取り、話を交わす、一緒に歌を歌える、そんな風に普通に暮らしたいだけだ。祖父母と孫との断絶をもたらせてはならない、そのための朝鮮学校だ。そんな普通を受け入れてくれない社会であってはいけないと思う」と、高校授業料無償化制度から排除され、補助金がカットされている理不尽な現状を訴えた。

スケジュール表には、参加への感謝の言葉とともに「朝鮮学校の授業風景や子どもたちとのふれあい、そして教員や保護者などとの懇談を通じて、朝鮮学校へのご理解を深めていただければ幸いです」と、書かれていたが、その目的は果たされたようだ。

下校時間過ぎたというに、たくさんの児童が学校に残っていた。
2階の教室で遊んでいたのは「学童」の児童。左側通行のはずの階段の中央を歩いたり、走ってはいけないはずの廊下を速足で行ったり来たりしたり、土曜日の放課後はなんとなくまったりとした時間が流れていた。

そんな中、階段を男女が大きな荷物を抱えて何度も下りて行った。夫先生も手助けしていた。それを校庭に止めたスクールバスのステッカーを貼った見知らぬワゴン車に運び入れていた。「サラン号」、東京第4のスクールバスだ。
女性は、公開授業と懇談会にも参加した顔なじみの足立在住の学父母、男性は音楽担当の先生。打楽器と衣装を借りに来たようだ。「児童もですか?」と尋ねたら笑っていた。

運動場からは児童と女性の歓声が聞こえてきた。オモニスポーツクラブのサッカーの練習のようだ。
「11月に第4との親善試合が…」
片手で幼児の手をひきながらボールを追っているオモニがいた。「どっちのゴールに入れるの?」、「見方は誰?」と言う声も聞こえた。

「今度からは本気だから…」といって、オモニ対子どもの試合がはじまった。「パス、パス」と言いながら、ボールを味方ではなく、児童の方に飛ばしていた。

そんなオモニ集団を女の子が身を乗り出すように見つめていた。男の子を抱いた女子児童は早く終わるのを待っているようだった。 暴走は止まらない。
3年前の「東京大会」では優勝している。当時も「強豪」というより、「お笑い最強集団」だったが、伝統は受け継がれているようだ。

この後、ピーチボールバレーの準優勝祝勝会だといっていた。
2日後、オモニ会前会長・姜さんのfbには次のように書かれていた。
「東京第3オモニソージョ 」が始動して早5年…。オンマ達の「交流」、「健康維持」を目的に結成されました。
少ない人数から始まったオモニソージョも今や部員17人☆季節に応じてサッカー、バスケット、バレーボール、スケート、ハイキング、水泳等々色んなスポーツにチャレンジしています。
時には子ども達とサッカーやバスケットのガチンコ勝負をする事も。3年前の東京オモニサッカー大会では『優勝』、今年のオモニビーチボールバレー大会では『準優勝』に輝きました♪
先日、新入部員 歓迎会&ビーチボールバレー大会 準優勝祝賀会を兼ねて食事会をしました。
これからも『東京第3オモニソージョ』頑張ります♡新入部員、まだまだ募集中です‼ 楽しく運動したい人集まれー(笑)
「朝から午前中・公開授業&懇談会参加者のための60食分の昼食づくり→午後・懇談会参加→サッカーの練習→夕方・宴会とても慌ただしい、楽しい一日だったようで。みなさんタフです」とコメントしたところ、「土曜日はスゴハショッスムニダ‼私の到着が遅すぎて会えずに残念でした💧夜の食事会があったからこそみんな頑張れたのでは?って言うのは冗談ですが、今年度は定期的にオモニソージョ活動しています♪第4との交流試合は11月になりそうです。その時は是非取材(⁉)にいらしてください(*^^*)」との回答だった。