【9月18日・水曜日】
低学年の遠足に同行するために、いつもの東京チェーサムへ。
校門に入ると、出発直前、危うく置いてきぼりを食らうところだった。どうりでいつもの路線バスに乗ったのに、途中の停留所で児童が乗ってこないはずだ。
少し?、大分焦った。
半そで、半ズボン姿の児童を見て、金校長は「あそこは、やぶ蚊が多いから…」と、心配げだ。
1年生の児童の後についてバス停へ。担任の黄先生が「バスの定期券を持っていないトンムは?」、バスでの通学組が多いようだ。定期券をひとりひとり確認する。「乗るのは国際興業…〇〇トンムの定期は、西武バスだから…」そんなやり取りも行われていた。ウリマルでだ。

先に出発した2、3年生と池袋駅で合流、ここでJR山手線で品川に出て、京浜急行に乗り換えて目的地の平和島へというコースだ。

黄先生は、メモを見ながら3年生と1年生の児童の名前を読み上げ、 「手をつないで…」、「手を離さないように…」。
隣では3年担任の全先生が携帯で話していた。
「そうです…児童50人に、引率が4人ではなく1人増えました。今から…」
増えたのは私だ。目的地の公園ではなく、京浜急行の駅員に連絡しているようだ。
黄先生は「イルムスンソ トゥウジュル」、一年の児童に、学籍簿の名前の順序で2列に並ぶよう促し、「ソヌルチャブセヨ」と言われた3年生が1年生と手をつなぐと出発だ。

品川駅まで12駅、27分の声が。通勤ラッシュの時間ではなかったが、新宿駅を過ぎてようやく何人かが座れた。
「1年生、座りなさい」。「〇〇座れるから…」。あちらこちらで、そんな下級生思いの3年生の声が聞こえた。
紫色のリュックを背負い、編み込んだ髪にピンクとブルー、イエロー三色の髪飾りを付けた女子児童が、座席に座った1年生の児童の前の通路にしゃがみ込み、目線を合わせ、笑顔で話しかけていた。
フェイスブックをのぞくと、高さんが「学生たちの登校サポート終えて暫し休憩」。写真は町田駅だ。「子供達が重たいランドセルを背負いペコリと挨拶する姿に笑みがこぼれました」とも。「私も立川で見守ってきました。無邪気に登校する学生達の笑顔を見ながら、この子達の笑顔を守るのは私達の使命だとつくづく思いました」との金さんのコメントが載っていた。ツイッターにあげられた「…連休明け朝鮮学校…襲ってやろうか」との[脅迫」に驚いた父母や有志が児童の登下校を見守ることにしたのだ。
「只今、東京チェーサムの低学年、遠足、勝手にガード中?(*^^*)楽しんでいます」と返すと、高さんから「最高デスね」という言葉が戻ってきた。

電車の中では、手を交差させながら数を数えたり、ガムの包装紙で作った小さな折り鶴を発見して興奮したり、「親子丼って、ウリマルでなんというのですか?」と、 先生を困らせたりする児童がいた。
児童たちは、目的地の平和島公園フィールドアスレチックに着くと、一斉にトイレに駆け込んで行った。荷物は「トッパロ」、まっすぐに「整列」していた。

隣にもう一つのウリマルの集団が。墨田区にある東京第5の低学年だ。
ここで東京第3の児童は全員赤組に。運動会の帽子をかぶりなおした。他のハッキョの児童と見分けるためだろう。

アスレチックをはじめる前に学年別に記念写真だ。3年生は男子2列、女子2列、みんなで「キ~ムチ」だ。金校長は「キムチ モゴッスムニダ(食べました)」と言いながら、シャッターを押していた。続いて2年生、5人がVサイン、終わると一斉に「コマッスムニダ」だ。写真を撮る金校長一人、首に少年団のネッカチーフをしているように見えたが、首周りに赤い三角がデザインされた白いポロシャツだった。

1年生はなかなかポーズが決まらない。写真を撮り終えると、上級生を追いかけるようにスタートのゲートをくぐっていった。

2年担任の金先生は、児童の表情をとらえようとしてか、エビのように体をそらすようにしてデジカメを向けていた。

アスレチック広場の人気スポット、いかだや、丸太、たらい舟に乗って水辺を渡るコーナーに先回りすると、そこでもウリマルの集団が、川崎のウリハッキョの低学年とのことだ。1年生は7人で、男子が3人と、女子児童は指を差し出しながら、ウリマルで応えてくれた。川崎から電車に乗れば30分、9時に出発したという児童たちは十分に遊んだという顔をしていた。
第3の児童が着く。丸太を渡ろうとする1年生が次々と落ちる。一度落ちると、2度、3度、わざとだ。水は濁っていたが、冷たくはないようだ。

この奥のたらい舟のコーナーで、第5の児童たちと合流。第5の児童たちはぬれまいと、慎重に艪を漕いでいたが、赤い帽子の第3の児童はいきなりジャボンだ。

川崎?第5? どこの学校も先生たちは、児童たちの楽しい姿にカメラを向けていた。
「ヘリム」、「ミヒャン」児童たちの呼び合う声、「チャン・ユミソンセンニム」?を呼ぶ声。何人かの若者のグループの姿はあったが、公園のあちこちからウリハッセンたちの元気な声が鳴り響いていた。

他の学校の児童たちはぬれまいとしているのに、第3の児童は男女の区別なく、水しぶきをたてて走り回ったり、水の中に寝そべったりしていた。そう言えば、遠足の案内に、「ズボンとシャツ、靴下に下着は必ず必要です」と書いてあった。予備の靴として上履き、そして塗れた服を入れるビニール袋も忘れないようにと。
第3の児童に触発されたわけではないだろうが、第5の児童にも「ずぶぬれ組」が。シャツを絞りながら歩いていた。

3年生は、グループ別の写真を「丘」ではなく、水の中で撮っていた。
金校長は「やぶ蚊が多い」と言っていたが、確かに多かった。全先生が持参した痒み止めに何度もお世話になった。しかし、児童たちから「カンジロプタ」、痒いという言葉は聞かなかった。常に動き回っていたからであろう。
先生の「昼食時間なので、帰る支度を…」との言葉に、「もうですか…もっと遊びたいのに…」とともに「ペガコプダ」の声だ。
公園を出ようとすると、係員が話しかけてきた。
係員・「今日は…」
私・「みんな朝鮮学校の子供たちです」
係員・「土曜日でもないのに…」
私・「明日が旧盆で学校がお休みなので…」
係員・「ここは3日続けて雨が降ると2日は休園になります。アスレチックの木材が水を吸ってしまうので…天気にも恵まれてよかった」

着替えて、公園の前に整列。来るときはお揃いの体育着の白いシャツに紺の短パンだったが、帰りはカラフルだ。ここでも1年生は「イルムスンソ」で整列だ。「怖かった」とか、「落っこちてしまいました」とか、「面白かった」とか、そんなウリマルが飛び交っていた。「もっと遊びたかった」と名残を惜しむ声も。
2年生の集団からは「チョブチョルブ」との言葉が、「びちょびちょ」になったと言いたいらしい。「着替えたのでとても気持ちがいい」と、風呂上がりのような一言が聞こえてきた。3年生の女子児童だ。
3年生の男子児童が「忘れ物です」と。濡れた着替えが入ったビニール袋をいくつかと、帽子を持って走ってきた。名前が書いてあるので、すぐに持ち主の元に。「コマッスムニダ」の声が聞こえた。帽子は第5の児童のものだとわかって、あわてて返しに行っていた。

大きな道を渡って、だだっ広い芝生の公園の木陰に集まって、学年別に昼食だ。
「お菓子は、食事のあとです」黄先生の声だ。

頬にご飯粒が…お腹がすいているのか、それとも早くお菓子を食べたいのか、ご飯をほおばっていた。


ビニールシートを忘れたので、1年生の男子児童と背中合わせに座って食事をした。寄りかかったり、押し返したりしながら…そんなことも楽しいようだ。食事をしながらも児童に遊ばれていた。

しばらくすると、あちこちで空の弁当箱を先生に見せながら、「食べ終わりました」の声だ。先生が「チョッスムニダ」をすると、お菓子タイムだ。まずは「ハナトゥセヨ」と言いながら、先生に勧めに行く。友達同士ではお菓子の交換だ。

ブルーのシャツを着た男子児童が得意そうに何かを延ばしていた。紐のように延びる? 延びるグミだ。
男子児童と女子児童が入り混じっての「トゥセヨ」、あるいは「パクジャ」攻勢である。

私の手のひらにも、みたこともないお菓子が次々と載せられていた。

少し離れたところでは、第5の先生が女子児童と並んで寝転がっていた。秋空を仰ぎ、何かを話しているようだ。そんな様子をもう一人の児童が覗き込んでいた。

男性の先生は、右手を高く上げて、児童を集めて話しかけていた。笑い声が聞こえてくるよう

「トイレに行ったら殿様バッタがいた」とか、「カラスの鳴き声は本当にカウッカウッと聞こえる」とか、「一回り走ってきます」とか、児童の話し声は絶えない。
その隣では、黄先生が「ファン・ヘミソンセンニムは18歳」と言いながら、児童の口を手で塞いでいた。児童の栃木に住む叔母が黄先生と同級生。それで黄先生の本当の年齢をばらそうとしているようだ。

食事を終えると早々に帰りの支度だ。遊び続ける第5の児童を見ながら、ここでも「ソンセンニム、トー ノルゴシッポヨ」だ。バスで来たという第5の児童たちは時間に余裕があるようだ。
来る時のように3年生と1年生がペアになって、手をつないで駅に向かった。

京浜急行はすいていたが、山手線は混んでいた。ここでも1年生を座らせるよう、3年生の声が飛んでいた。座るなり、口を開けて寝入ってしまう児童が数人。私もだ。池袋までの記憶が途切れていた。
帰りは池袋駅から東武東上線で学校の最寄りの大山駅に向かうようになっていた。乗り換えるとき切符がないとあわてる女子児童が一人いた。呆れ顔の全先生と目が合う。切符はポケットに入っていたので、事なきえて改札を出る女子児童を見送って家に戻った。ポケットには児童からプレゼントされた菓子がたくさん入っていた。