【9月7日・土曜日】
「9・9節」、今年は65周年。東京朝高の校庭で「慶祝夜会」が催された。
開始時間の10分前に会場に着く。
舞台が設置された東京朝鮮文化会館前には、長テーブルと丸椅子がぎっしり並べられていた。バスケットボール場は予備なのだろう、長テーブルだけが並べられていた。
文化会館では、中央大会が続いているようだ。時折、拍手がもれてきた。

各テーブルには、オードブルと海苔巻が並べられていた。すでに何人かは飲み始めていた。子どもたちがテーブルの間を走り回っていた。
朝高の同級生に呼び止められて、席に着く。珍しく夫婦連れだ。
大会が延びているようだ。会場から出てきたイルクンは、「今手紙を…」。
しばらくすると、文化会館から人がはじきだされるように出てきた。「東京は…千葉は…」。整理員の声が飛び交う。校門から校庭に続く道も、人、人だ。席は瞬く間に埋まっていった。

乾杯が終わると、いきなり「歌合戦」だ。まずはウリハッキョのハッセン、初級部の児童たちだ。 横浜に埼玉、千葉、東京の学校の児童も何人か出ていたが、残念ながら顔なじみの第3や、第9の児童はいなかった。緊張してか、声がうらがったり、音をはずしたりする児童も…。学父母だろうカメラを向けていた。祖父母だ。
続いて子連れの家族の合唱と、兄妹?姉弟のデュエット、家族歌合戦だ。オーバーアクションに会場が沸いた。
パンチパーマの青年が出てきたときはビックリした。夫婦?後にフェイスブックを見ても兄妹だと分かった。選曲も、身振り手振りも、周囲からは「コンファグッ サラム?」との声も。歌い終わって、賞金10万円の使い道を聞かれて、「埼玉ハッキョの校舎改築に…」の話で、共和国からの特別ゲストではなく、「埼玉県人」だということが分かった。残念ながら優勝は逃した。それでも参加賞3万円だ。
どこかの地域の代表が歌った、久しぶりに聞く「共和国宣布の歌」は良かった。「白頭山天池から済州島南まで…」。高校のとき駒沢競技場で行われた「集団体操」が思い出された。ペギョンパン(カードセクション)を背景に演じた棍棒体操と、キッパルチェジョ(旗体操)…競技場一杯に波打った共和国の旗、そんなことを。
地元の北区からは4人の子どもと一緒に廉夫婦が舞台に立った。東京第3を卒業した中1の長女の笑顔がいい。第3に通う男子児童の視線は両手で広げた共和国の旗から離れない。旗の裏に歌詞が書いてあるようだ。

審査の合間に「慶祝公演」だ。女性同盟の顧問、金剛山歌劇団の歌手、東京歌舞団の公演もよかったが、圧巻は朝大の軽音楽団だった。映画「ウリハッキョ」の主題歌「私たちを見て」はリズムカルだった。同じテーブルに座った同級生たちは、「あれは…」、「朝大生?」。共和国で今流行りの「攻撃戦だ」のアレンジバージョンは、会場を一気に盛り上げたようだ。大きなビデオカメラを担いだカメラマンが人々の表情をとらえようと、行ったり来たりしていた。同級生たちも心から楽しんでいた。

中央的な催しが、こうして野外で、夜会の形で行われたのはおそらく初めてだと思う。暑さも和らぎ、天候にも恵まれ、家族連れが目立った。バスケットボール場の立ち飲みも埋まっていた。
「統一列車」の列が長く延び、笑顔がはちきれていた。閉会を告げるアナウンスを惜しむ声があちこちで聞こえた。

アボジが遊び疲れてぐったりした幼児を抱え、オモニが児童の手を引いて駅に向かう家族連れを見て、ふと共和国で流行っている「家和満事成」の5文字が浮かんだ。金日成主席の漢文の親筆が残っている言葉で、結婚式の記念写真などにそえられる言葉だ。
「가정이 화목하여야 행복합니다.그래서 나는 젊은 사람들을 만날때마다 『가화만사상』이라고 말하여주군합니다.『가화만사상』이라는것은 가정이 화목하여야 만가지 일이 다 잘된다는 뜻입니다.」
同胞社会もなにか変わろうとしている、そんな予感をさせるひと時でもあった。