東京第3のオリニフェスタへ | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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【6月15日・土曜日】東京第3のオリニフェスタへ。
オリニフェスタとは、ゼロ歳児から学齢前の幼児を対象にした遊びと保護者の交流の場だ。
東京第3では、この時期とクリスマスの年2回、催されている。
開場1時間前、教員室の隣の会議室を仕切って設けられた遊戯室からは幼児の笑い声、隣の炊事室からはオモニたち話声が聞こえてきた。
フェスタの案内チラシには、「お昼においしいカレーを準備しています」と、記されていたが、カレー大好きな在校生のお代わり分を合わせると、200人分は下らない。炊事室にはジャガイモとニンジンの山が、隣の会議室の机の上には学年別にどんぶりを入れたカゴが並んでいた。入れたカゴが並んでいた。
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会場は、3階の高学年の教室。児童たちが机を並べたり、段ボールをガムテープでとめたり、黒板にボーリングだとか、つりだとか、おりがみ、ぬりえだとか、案内を書きこんでいた。ポーリングのピン代わりに並べたペットボトルをボールで倒してみたり、椅子の上に上がって、床に並べた人気キャラクターを釣り上げてみたり、タンボールで作った箱を何段も積んで、それをバットでたたいて落としてみたり、準備半分、遊び半分、児童たちは「分担」を楽しそうにこなしていた。
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階段と踊り場には、学年別にウリマル習得の目標と、各自の決意が貼りだされていた。
「登校と下校時にも正しいウリマルを使おう」-少年団になった4年生の目標だ。その下に「日本語は使いません」とか、「分からない言葉は辞典で調べます」とか、「正しいウリマルを使うために」などと、児童が書いた具体的な決意事項が並んでいた。
1年生は、「ア・ヤ・オ・ヨ、ウリマルの勉強を一生けん命」、2年生は「美しいウリマルを学び」、3年生は「書き取りの勉強を」、5年生は「ウリマルを愛して守る」で、6年生は「ウリマルをたくさん学び使う模範学校に」だ。
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会場の3階の踊り場には、幼児の保護者たちがウリハッキョの教育に触れられるように、教科書と「学校案内」が展示されていた。「学校案内」には、教育の目的と内容、日課と年間行事、クラブ活動、 准学童システム、それに授業料などが具体的に記されている。通学定期券の購入方法や通学路の説明は、ウリハッキョならではの記述だと言えよう。
会場の3階の踊り場には、幼児の保護者たちがウリハッキョの教育に触れられるように、学年別の教科書と学校案内が展示されていた。「学校案内」には、教育の目的と内容、日課と年間行事、クラブ活動、 准学童システム、それに授業料などが具体的に記されている。通学定期券の購入方法と通学路の説明は、ウリハッキョならではの「案内」だと言えよう。
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幼児の「案内役」は5年の児童だ。玄関正面の階段に座って待機する児童からは、「○○の弟だ」とか、「姪だ」とか、「○○知っているとか」、そんな声が飛んでいた。名前を呼んで手をふる児童もいた。
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授業参観のときもそうだが、ウリハッキョの児童たちは、幼い弟や妹の面倒見がいいようだ。
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階段に並んで座って、本を読み聞かせたり、走りだす幼児に「廊下を走ってはダメ」と追いかけたり、抱きかかえたりしていた。
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いたずら書きをする幼児に話しかける児童もいた。
中には、親元を離れたくないとタダをこねたり、何が気に入らないのかむずがったり、勝手に走り回ったりする幼児がいて、あたふたする児童もいた。「セナー」と幼児の名前を呼ぶ児童の声が廊下に響き渡っていた。
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会場の片隅では、司会を任された女子児童が原稿を何回も読み返していた。
「緊張している?」と、聞くと「はい」との答えが返ってきたが、さほど緊張しているようには見えなかった。
右足は白の上履きではなく、ピンクのサンダルを履いていた。階段で足をふみはずし、剥離骨折したと言っていた。痛みはないようだ。
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いよいよ「アンニョンハセヨ」 の歌でスタートだ。
先生の「手と手を合わせて」の歌に、児童と幼児が声を合わせて、「アンニョンハセヨ」と応えなくてはならないのだが。それでも「ピョンピョン跳ねて」とか、「手拍子を打ちながら」とか、何度か繰り返しているうちに、「アンニョンハセヨ」の声が徐々に大きくなっていった。次のハンカチやタオルをもって、歌に合わせて「おにぎりつくってみよう」のときは、会場は一つになっていた。
おしゃべりに夢中になっていたオモニも、写真を撮り続けていたアボジも、幼児に話しかけたり、ピアノを弾いたりする朴先生の世界に引き込まれていた。
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その後は、児童たちが準備をしていたお遊びタイムだ。
射的-幼児が的に当てるたびに、児童が「凄い」と喝さいを送っていた。ボーリングも、ペットボトルが倒れるたびに拍手だ。 児童たちは幼児たちを飽きさせない、夢中にさせる術を心得ているようだ
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キャラクターのつりコーナーでは、一番人気はポケモンだった。「ちょうゲキレア」という言葉も飛び交っていた。幼児たちは児童たちが描いたポケモンらしき絵や、魚と思える絵を釣り上げるたびに、オモニに誇らしく見せていた。
オモニたちは時折、子どもに目をやりながらも、引き続きおしゃべりに夢中になっていた。アボジたちは話すでもなく、ただ遠巻きに子どもたちの姿を追っていた。
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おりがみ・ぬりえコーナーでは、幼児たちよりもピビンパレンジャーの塗り絵に夢中になっていた児童がいた。
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中には、ゲームには見向きもせず、 階段を上ったり下りたり、廊下を走り回ったりする幼児もいて、それでも「案内役」の児童は上手にエスコートしていた。
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まず、低学年の「一日給食」がはじまった。
カレーライスというより、カレー丼だ。あちこちから「キムチ チュセヨ」の声だ。カレーをよそったり、キムチを分けたり、オモニたちは忙しく行き来していた。
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3年担任の全先生は、そんな児童に笑顔でカメラを向けていた。
1年担任の黄先生は「おかわりはウリマルでコッペギといいます」
カレーをおかわりした児童には、「コマッスムニダといいましたか?」と、声をかけていた。
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急きょ、動員された6年生の女子児童はチマチョゴリの公演用の衣装の上にエプロンをはおって、キムチを分けたり、デザートを器に分けて入れたり、その上にクリームを載せたりしていた。
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「オンニ」と、呼ぶ低学年に、笑顔で応える6年生のオンニとヌナ(お姉さん)たち、それを見守るオモニたちの表情もほころんでいた。
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そして低学年の公演。歌いながら行ったり来たりて楽しそうに踊りはじめた。デジカメを構えたハルモニは、写すのを忘れたかのように孫の姿を追い続けていた。
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オモニたちは、ビデオを回し続けていた。連れてきた幼児のオッパ、ヒョン(お兄さん)、ヌナ、オンニたちのようだ。運動会のとこもそうだったが、ビデオ派が急増しているようだ。
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高学年は農楽だ。練習の時は立ち位置が決まらず、同じ動作を何度も繰り返していたが、「本番」に強いようだ。練習の時は座って見ていた、剥離骨折した司会役の女子児童も笑顔で踊りの輪に加わっていた。
オモニ会の吉会長のスマートホンは大活躍、たくさんの場面が収められたようだ。
公演は、金校長の「学校に気軽に遊びに来てください。年末にはクリスマス会があります。幼児も保護者もトンムに会う、トンムを作る場になればと思います」との短いあいさつで終わった。
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公演の後片付けも児童の役だ。農楽の小道具を入れた大きな段ボールを頭に載せた男子児童が少しふらつきながら廊下を歩いていた。マイクとスピーカーセットをもって階段を下る児童に「重くない?」と声をかけた。「大丈夫です」と応えていたが、息は弾んでいた。
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公演が終わると、幼児と保護者はカレータイム。
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高学年の児童も、会場になっていた教室に机と椅子を並べて昼食だ。
私も5年生の児童と並んで食べた。器を持っていると、男子児童が、机の上に置かれた弁当を温めるホットボックスをどかそうとしてくれた。「大丈夫ですよ」というと、頭をさげて席に戻っていった。隣に座った女子児童のどんぶりには、あふれるほどのカレーが盛られていた。「これくらいは」と一言。しばらくすると、「大盛り、コッペギ」の列ができていた。
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校舎を後にする親子の後ろで、「ウリハッキョは心のふるさと」と書かれたのぼりがなびいていた。
ウリハッキョは友をよび、心を豊かにしてくれる癒しの場であることを実感したひと時だった。
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