4・24阪神教育闘争から65年-1
「4・24の歌」、板橋区にある東京第3に通っていた頃、うたったことを覚えています。
「4・24の歌」、板橋区にある東京第3に通っていた頃、うたったことを覚えています。

「또다시 왔나 4・24의 날 피에 물들인」という出だしと、「그러나 보아라 그러나 보아라」の繰り返しの部分は、鮮明に記憶しています。
この歌が、同胞詩人ホ・ナムギ先生が作詞したということは昨年、在日朝鮮人歴史研究所の呉亨鎮先生の体験記を掲載するために下調をする過程で知りました。
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*警官隊が放った銃弾で犠牲になった金太一少年(当時16歳)の冥福を祈り、遺骨が眠る青山霊園にある「無名戦士の墓」の前で、たたずもうと思います。
2013年4月24日午前10時から2時間余り・「同調者」募ります。
*呉亨鎮「兵庫県西脇での『4・24教育闘争』」 ブックレット『朝鮮学校のある風景』13・14号に収録。