【9月20日・木曜日】「阿佐ケ谷朝鮮学校サランの会」の一日給食の準備へ
21日は東京チェーグー(東京朝鮮第9初級学校)で、「阿佐が谷の朝鮮学校サランの会」による2回目の「一日給食」の日です。
数日前から事務局長から、レシピーと仕込みの段取りのメールです。
「20日-タマネギを炒め、缶詰トマトを炒めベースを作ります。鶏肉をヨーグルトに漬けて仕込みます。
集合は1時半に学校の厨房です」
集合は1時半に学校の厨房です」
「集合」時間の少し前に学校に着きました。
運動場には児童の姿はありません。授業中なのでしょう。
校舎からは時折、児童の「イェ」「イェ」の声が…、歌声も聞こえてきました。

校長室に向かうと、向かい側の校舎の外の「特設喫煙所」で鄭校長と「サランの会」の長谷川代表が、いつものように「煙の中」での歓談です。
鄭校長・「ブログ読みました。私がヘビースモーカーだというのは…大分減っていますから…」
タバコを吸いながらの「指摘」は、あまり説得力がないと思いながらも-
私・「訂正しておきましょうか…」
校長・「???」
校長の許可を得て、いくつかの教室をのぞきました。
2階の2年生の教室では足し算を、3年生は理科の時間なのでしょうか?、黒板には「日当たりと日陰を比較してみましょう」とウリマルで書かれていました。女子児童が「イェッ」と手を高く上げていました。

3階の6年生の教室には誰もいません。隣の音楽室から合唱が…音楽の時間です。
「コヒャン ハヌル」、「故郷の空」という懐かしいメロディーが流れてきました。
4年生の教室では担任のカン先生が、机を回りながら児童に声をかけていました。
児童が席に着いているせいか、運動場で児童を追いかけ、追いかけられているときよりも、長身が際立って見えました。

2年生の教室からは-
キム先生・「先生が皆さんに望むことは何でしょう?」
児童・ザワザワ
先生・「勉強をしっかりやって…トンムたちの望みを叶えるには、まず先生の望みを…」
こんなやり取りが聞こえてきました。
この日も暑い、夏日でした。普段は閉まっている教室の前と後ろの扉も、開けっぱなしになっていました。
低学年の教室では児童が、大きな水筒を両手で持ってラッパ飲みする姿があちこちで見られました。

事務局長は、2、3日前のメールで、当日いくつかのスパイスの購入にて行くと書いていましたが、それに手間取っているのか、集合時間の1時半を過ぎたのに姿を現しません。
申会長と保護者のオモニの3人でジャガイモと玉ねぎの皮をむき始めました。
10分遅れで到着した、総料理長の事務局長(写真右)は、持参したマイ包丁で、早速玉ねぎを刻み始めました。
総料理長の指示のもと、ジャガイモと玉ねぎ、ニンジンを切り、カレー粉を混ぜたヨーグルトに鶏肉を漬け…。メニューは「本格インドカレー」です。
私もそれなりに剥いたり、切ったり、混ぜたりしました。
玉ねぎを炒めるのにサラダ油がみつからず、バーターで代用、香辛料も初めはスプーンで計って入れていましたが、袋ごと…「男の料理」、そのものです。
児童がときどき、のぞきに来ていました。心配なのでしょう、鄭校長もです。「ナンはでるの?」、そんな「注文」もつける児童もいました。
最近、休職した康先生に代わって、6年の担任になった鄭先生は、児童と一緒にパイプ製のハンガーを給食室のドアから外に運び出しに来ました。
オモニ・「お手伝いしましょうか?」
先生・「大丈夫です」
そう言いながらも、戻って来た時は「担任を持つのはきついです」と。そう言いながらも、いつものように笑顔は絶えなかった。
大きなお鍋に入れて炒め始めた、あふれんばかりの玉ねぎが3分の1位にしなって来た頃、長谷川代表の登場です。「急用を済ませてきた」と、言っていました。総料理長から玉ねぎ炒めをバトンタッチしていました。
今度は私に急用の電話で、途中リタイヤです。

「サランの会」による「一日給食」は、今回で2回目。前回は冷麺でした。今回は、元教員が多いという会の特性を生かして、「特別授業」付きです。長谷川代表の「急用」と言うのも、その特別授業の準備のためでした。21日の特別授業+給食を児童も保護者も、先生も皆楽しみにしていました。
校舎を出ると、低学年の集団下校の時間です。
運動場を走り回ったり、フェンスによじ登ったり…。男子児童のシャツがズボンからはみ出ています。ランドセルに黄色にカバーをしているのは一年生です。元気いっぱい、やんちゃしていると言った感じでした。特製インドカレーの準備に行った時の東京チェーグーでの一コマです。

後に、書き加えます。