【7月23日・月曜日】
東京第3の1学期の終業式へ。
各教室では、クラス別の朝礼を前に、いつもの読書の時間だ。

3階の臨時講堂の前で、男子児童が上履きを指さしながら、5年担任の許先生と何やら話していた。
「そうしなさい」との許先生の声。児童は、破れた上履きを来客用のスリッパと履き替えて会場に入って行った。
終業式の会場の臨時講堂は、いつもは3階の高学年の3つの教室の隔たりを取り除いて作られていたが、4年と5年の教室の隔たりはそのままだ。
4年生は普段通り、教室で朝礼を始めていた。
「暑いので、首に巻くクール…水に浸すと冷たくなる…」。担任の金先生は、翌日からのキャンプの話をしていた。
夏休み期間中のクラブ活動、宿題についてもだ。
「テーマは自由です。原稿用紙3枚…」、「日記ではありません。どこどこの温泉に行った、楽しかったではなく、感じたことを…」。作文の宿題の説明だ。女子児童の「楽しかったことではなく、悲しかったことを書いてもいいのですか」との質問する声が聞こえてきた。

臨時講堂では、男女の児童が黒板に「終業式」と、大きな文字を書いていた。
黒板に書く字はなぜか、右上がりになってしまう。書きなおしていたが、2日前の「ウリマル マダン」の時もそうだった。

「時の流れは速く、入学式で新しいトンムを迎え…運動会を終え、オリニフェスタも…アボジ、オモニ、ハラボジ、ハルモニにたくさんの喜びと力を与えた4か月でした」
金校長が児童に話しかけるように1学期の出来事について語り始めた。
「昨年の終業式と一つ違う点があります。毎年、3つの教室をつなげていたのに、今年は5、6年の二つの教室だけで…児童数が減ったからです」。
一人でも多くの児童を受け入れ、従来通り3つの教室をぶち抜いた終業式復活への決意が込められた言葉に聞こえた。
そして、校長は学年別に児童の名前をあげ長所を称え、2学期に克服すべき事柄としてウリマル、集団生活について詳しく述べた。
日本の学校での「いじめによる自殺」についても話は及び、「ありえないこと」、「あってはならないこと」と戒め、気持ちを一つにして団結してこそ、皆が楽しい学校生活を送ることができることを繰り返し強調していた。

学年代表に成績表を授与した後、金校長は全校児童への嬉しい「贈り物」として、共和国代表でJリーガーの安英学選手のサイン入り色紙を紹介した。前日の日曜日に訪れたとの話に、歓声が沸いた。直接会いたかったのであろう、同時にため息もだ。
安選手の母校の東京第3には、いくつもの色紙とユニホームが飾られている。

終業式は「愛校歌」の合唱で終わった。うたう前、「どこの学校にも校歌があるが、ただの校歌ではなく、『愛校歌』と命名したのはチェームだけだ。背筋をのばし、カッコよく、誇らしくうたおう」との金教務主任の呼びかけに応えてか、いつになく大きい児童たちの歌声が会場に響いていた。

その後、2、3年生は夜会でうたう歌を何度か繰り返していた。週末の土曜日は夜会だ。
その間、高学年は少年団の2泊3日のキャンプがある。
夜会が終わると、バスケットボールとサッカーの全国大会、それが終わるとこんどは、現代器楽や民族器楽、舞踊部などのクラブ活動だ。宿題もけっして少なくない。
学父母も児童も、それに先生も休みらしい「夏休み」は短い。

1年生は初めての成績表だ。黄先生は一人ひとりの児童に一言二言かけて手渡していた。
にっこり笑ったり、首を傾げたりする児童がいたが、この成績表を誰よりも待ちわびているのは、オモニとアボジであろう。

高学年の教室では、成績表を何度も開いたり閉じたりする児童がいたり、

他のトンムの成績表をのぞき込む児童がいたり、見せ合ったりする児童がいたり様々だ。

集団下校する低学年が校庭に集まり、3か所に分かれて校門を出て行く。

私は5×番のバス組に合流した。この日は、往復30分歩く私鉄の駅は、2年担任の金先生が、最寄りのバス停は金教務主任、人数がもっとも多い5×番のバス停には3年担任の全先生が引率した。
バス停に着くと、全先生は歩行者の妨げにならないように、児童を日陰で座らしていた。
私・「明日からのキャンプ、先生は?」
全先生・「一緒に行きます。体力がもてばいいのですか…」
従来、東京第3のキャンプは終業式の前に行われるので、低学年の担任は学校に残る。しかし、今年は都内の単設校合同だというので、低学年の担任も全員参加だ。
ひっきりなしに歩道を自転車が往来する。そのたびに全先生は児童に視線を送っていた。
バスがなかなか来ない。そのうち、高学年の児童もバス停へ。
全先生・「バスに乗って行くのですか?」
「帰り道です」と、答えると、全先生は「騒がないようによろしく」とのことだ。
修業式で、金校長が話していた通学・下校時、他の乗客から度々苦情が寄せられている「集団」のようだ。

途中交通渋滞で、20分遅れで、バスは出発した。
低学年と高学年、合わせて25人、「スクールバス」状態だ。
一番後ろに座った1年生の女子児童は、待ちくたびれたのであろう、ぐったりしていた。
何人かの児童は高齢者に席を譲っていた。そのせいか、途中からおばあさんに連れられて乗って来たグリーンのTシャツを着た子どもも座ろうとしなかった。
私が同乗したからではないのだろうが、特段騒ぐ児童はいなかった。それでも数が数だけに、隣同士の話声だけでも、狭い車内だ、静かとはいえない。逆に声が漏れないように、一斉にコソコソ話をしはじめたら、そんな児童の集団はかえって不気味だ。
途中、地下鉄の駅と交わるバス停で多くが降り、終点まで乗って行く児童は、何人もいなかった。
最後に降りた男子児童は、運転手に「ありがとうございました」と言っていた。
終点で降りた児童は、一斉に「アンニョンケシプシオ」と言って散って行った。
JRの改札に駆け込む児童、他のバスに乗り換える児童もいた。
男子児童2人と女子児童1人は、バスの中から手を振ってくれた。
