…………発 掘………………………………………………
在日本朝鮮人東京教育会機関紙「東京教育」が伝えた
初めて教育援助金が送られて来た日
【発掘資料の掲載に際して】朝鮮民主主義人民共和国から教育援助金と奨学金が送られてきて五五年になる。一九五七年四月、朝鮮赤十字社中央委員会委員長名義で、中央教育会会長に英国の通貨で一二万ポンドが送金されてきたのがはじまりだった。
日本社会党の高津正道代議士は当時、「朝鮮民報」(「朝鮮新報」の前身)に、そのいきさつについて次のようなコメントを寄せている。
「一昨年一〇月、私は古谷貞夫代議士と一緒に朝鮮を訪問し、金日成首相をはじめ南日外相と面談する機会をもった。その席上で、金日成首相は『日本にいる朝鮮人子弟に教育費を送付しようとするのだが、その方法を講じてくれるよう願う。また、在日の学生たちが帰国して、平壌で学びたいと希望するならば、その願いを叶えてあげたいので協力してほしい』と依頼された」「古谷氏は衆議院予算委員会で、種積七郎氏は外務委員会で、それぞれ政府の見解を質し…私もまた、数週間前に前外務次官山本熊一氏と一緒に外務省を訪れ、井上外務政務次官と中川アジア局長とこの問題について話したことがある。そのとき中川局長は『外貨が合法的に送金されて来るのを妨げる法規はない』との見解だった」「…このたびの金日成首相の措置は近来稀にみる国際的美談である」(同紙 一九五七・四・二七)
同日付の「朝鮮民報」には、韓徳銖総連中央議長が「有史以来初の出来事」と題する随想を寄せている。韓議長は「教育費と奨学金はあたかも春を迎え、芽をだし花咲こうとする樹木に降る春雨のように、私たちの教育活動に力の源泉になり、生命水になるであろう」と、書いている。
ここに紹介する、在日朝鮮人東京教育会の機関紙「東京教育」の記事は、当時の在日同胞社会の一端をうかがい知ることができる貴重な資料だ。
教育援助費と奨学金は、その後も毎年送られてきている。昨年四月に一五七回目として一億六五二〇万円、総額は四六七億五九四五万三九〇円になる。 (I・K)

教育費を送ってくれた祖国の配慮に応えるため
総決起しよう
既報のように、わが祖国朝鮮民主主義人民共和国からは、四月一九日、祖国の通貨で五千万ウォン、日本の円で換算すれば、一憶二一〇九万九〇八六円に達する巨額の教育費と奨学金を朝鮮赤十字社中央委員会リ・ビョンチャン委員長名義で、中央教育会ユン・ドクコン会長に送金されてきた。
この喜ばしいニュースに接した、在日六〇万すべての同胞は、感激に満ち、全国各地で祖国の配慮に感謝し、民族教育の発展のために決起している。
教育会中央委員会で討論、採択された基本方針
この教育費を受け取り、われわれの教育事業を一層強化発展させるために、五月八、九の両日にわたり、教育会中央委員会と教同(在日本朝鮮教育者同盟)中央委員会を総連中央会館で催された。
過去、祖国の名でこのように莫大な恩恵を受けたことがなかっただけに、この歴史的な現実に日本各地から集まった中央委員たちは感激にあふれ、熱のこもった討論を繰り広げ、
以下、隔月版ブックレット『朝鮮学校のある風景』⑫号参照