修了式へ | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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【3月24日・土曜日】東京のウリハッキョの小学校は一斉に修了式が行われました。
いつもの東京チェーサムの修了式へ。
家を出たときは、小雨がぱらついていたのですが、 バスを降りたときはやんでいました。
校舎と運動場を挟んだ道を一人の男子児童が駆け抜けて行きました。
急いで、シャッターを切ったのですが…。
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運動場では十数人の児童が、白とブルーのボールを蹴っていました。
一斉に「キム・イルウソンセンニム アンニョンハシムニカ」である。
ソンセンニム(先生)ではありませんが、名前を呼ばれることは嬉しいことです。
朝、運動場に入るためには校舎を何周かしないといけないようです。
先ほどの児童は、三周したと言って、ボールを蹴り始めました。
大きな水たまりはできてはいませんでしたが、児童がボールをよけきれないと、
制服にくっきりとその跡が記されていました。
校舎の後ろの喫煙所では2人の先生が、美味しそうにタバコをふかしていました。
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校舎に入ろうとすると、元気な男子児童が「アンニョンハシムニカ」と言って駆け込んできました。
私・「何年生?」
児童・「森永乳業に行ったではありませんか」
もちろん、ウリマルでである。先日、社会見学に一緒に行った3年生です。
「いよいよ少年団だなぁ」と、声をかけると嬉しそうにうなづいていました。
2階の踊り場には、2通の手紙が貼られていました。
被災地の東北と福島のウリハッキョの5年生からのお礼状です。
東北初中のパク・チャンリョン-…私たちのためにアルミ缶を集め、苦おカードを送ってくれてありがとう。…
僕はこれからも学習と少年団生活で模範になるでしょう。機会があれば会いましょう。その日まで頑張りましょう。
福島初中のキム・ヒィジュン-…大地震から1ねんが過ぎました。福島は原子力発電所事故のため、完全に復旧されていません。僕たちはそうした環境の中でも一日一日楽しく生活しています。…同じ年のトンムたちが空き缶を集め、クオカードを送ってくれたのですね、本当にありがとう。…互いに少年団活動で、多くの模範を花咲かせましょう。
どこの朝鮮学校に通っていても、ウリハッキョで学ぶ児童の心は一つ、同級生、学友です。
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各教室では、児童たちが壁に貼られていたスローガンやポスターをはがしていました。
新学期の準備です。
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3階の廊下では、女子児童が金先生を取り囲んでいました。バスケットボール部です。
3月中は練習はお休みですが、4月1日の入学式の翌日から6日の始業式まで、何日か体育館のある東京チェーイーとチェーサーで練習のようです。
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それが終わると、卒業式の看板の後片付けです。
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いよいよ、修了式です。校長先生は3月の大震災にはじまり、保護者にとっても心配ごとの多い年でしたと、1年間をふりかえりました。一人ひとりの児童の名前をあげ、様々な成果を称えながらも、学校の目標として掲げた「ウリマルの模範校」になることができなかった悔しさについて語りました。
そして、一人ひとりが新しい目標を持つこと、目標は力を生み出しますと、新年度での健闘を称えました。
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修了証、優等賞と皆勤賞、そして漢字検定協会からの「満点賞」、「努力賞」、「優秀賞」の授与です。
正面の初級学校の校章の背景の幕のすき間から「일」いう一文字がのぞいていました。
卒業した6年生が1年間、教室の正面に掲げ、その実践に励んだスローガン「힘들 때일수록 웃음으로 이겨내자」(辛い時こそ笑いで勝ち抜こう)の一文字です。
朝、職員室で会ったとき、6年の担任だった黄先生は、「学級が何なってしまって…昨日は5年生と一緒に大掃除をした」と、話していました。
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2階と3階の踊り間には、みなれないベンチが置いてありました。
金校長は「卒業生からのプレゼントです。担架にもなります。児童も使いこなせる優れものです」と。
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学年ごとに修了証書の伝達、その前に1年間の思い出の写真を分けていました。
4、5年生はDVDでしたが、3年生は、成先生が配る写真で、各自がアルバムを作っていました。
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先生が一言三言、児童は真剣に受け答えをしていました。
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5年生の教室からは、「よく頑張った」、「一生懸命…」、「6年生になったら…」など、先生の声が聞こえました。
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昨年11月、新入生が植えたチューリップの球根は、葉をつけ始めていました。
校舎を出で歩き出すと、「ソンセンニム アンニョンヒケシップシヨ(先生、さようなら)」、「トンムドゥル…」の元気な声が聞こえてきました。
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